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プルル・・・プルル・・・携帯が鳴った。
“非通知”誰だろう。
さつきはとりあえず、出てみた。
「もしもし?」
「おーさつきか?」
声の主は飯田だった。
「何?」
「さつき、今日ちょっと時間取れるか?」
「うん。原稿今仕上がったから、1時間ぐらいなら抜けれるよ。」
「そっか、じゃあ俺のデスクの一番上の引き出しに、ブルーの封筒入ってるからそれ持ってこっち来てくれ。」
「うん、わかった。今から出るね。」
電話を切って、さつきは封筒を持って、オフィスを出た。
出た所で柊と出くわした。
「あら苑田くん、もうすっかりいいみたいね。」
さつきは軽く声を掛けた。
「おかげさんで。」
柊もニッコリと笑う。
「どっか行くンすか?」
「うん。飯田さんに呼び出されちゃって・・・じゃあね。」
さつきはさっさと行ってしまった。
「ちょっと・・・」
柊はなすすべなく彼女の背中を見送った。
せっかく誘おうと思ってたのに・・・
「飯田さん、こんにちは。」
さつきが入っていくと、妻の綾子が来ていた。
「綾子さんこんにちは~。」
さつきはニッコリと挨拶する。飯田が父親代わりなら、妻の綾子は母親代わりだ。
おっとりしているけど温かい人柄の彼女が、さつきは大好きだった。
「さつきちゃん久しぶりねー。元気にしてた?」
綾子がゆっくりとした口調で話し掛ける。
「はい。ご無沙汰しちゃってすいません。色々忙しくって・・・それより綾子さん、飯田さん、ちゃーんと見張ってないとダメですよ。すぐお酒買いに行っちゃうから。」
「そーね。この人ちっとも私の言う事なんて聞かないから・・そうするわ」
二人がクスクス笑っている。
「俺の悪口はいーから。さつき、封筒」
飯田がこれ以上言われたらたまんないという顔で、話をさえぎった。
「あっはいはい」
さつきは封筒を渡す。飯田はおもむろに中身を取り出した。
数枚の写真が出てきた。みんな同じ、東京タワーの写真だ。
「さつき、この中でお前が一番好きなのどれだ?」
飯田がそれをさつきに渡した。
「え?そうね・・・」
一見どれも同じに見えるが良く見るとビミョウに違う。
そう、伝わってくる何かが。
さつきは4,5分悩んで一枚を選び出した。
「これ。」
飯田に渡す。
「そうかこれか・・・何でこれがいいんだ?」
「うん・・・なんか、優しい感じがする」
「そうか、じゃあ次は?」
「次はこれ。」
もう一枚渡す。
「そうか・・・わかった。」
「でも、何でそんな事聞くの?この写真、何かに使うの?」
「いんや、いいんだ。わかった。用事は終わり。お前、もう帰っていーぞ」
「何それ?」
「いいから。とにかく解かったから。お前仕事残ってんだろ。早く帰れ。俺が居ないからって手ぇ抜くなよ。」
飯田がそっけなく言った。彼はそんな人だ。でも心は誰よりも温かい。
それを知ってるから、さつきは傷つきもしない。
「はいはい。」
「まぁ呼びつけておいてそんな言い方。今来たばっかりでもう帰れじゃさつきちゃん、かわいそうでしょ。」
見かねた綾子が横から口をはさむ。
「いいんですよ、綾子さん。本当に仕事も残ってるし・・・私帰ります。じゃあね、飯田さん。また来るわ。」
さつきは病室を後にした。
そうかこの写真を選んだか・・・飯田は少し複雑な心境だった。
その写真は自分のと、採用を決めるのに若手のカメラマンにテストとして撮らせたものだった。
俺のを一番に選んでくれると思ったら・・・
さつきが選んだのは、苑田 柊の写真だった。
俺の後がまはあいつで決まりだな。
柊が打ち合わせを終えて帰ろうとすると、編集長に呼び止められた。
「おい苑田、ちょっと。」
迫力のある声と、でっぷりと出たお腹、一見すると、かなりこわもてだ。
「何すか?」
柊は歩み寄った。
「お前明日から、水野と組んで仕事しろ。」
「え?」
あまりに唐突な編集長の言い草に、柊は少し戸惑った。
「飯田のおやっさんからじきじきの話なんだよ。俺の居ない間はお前を水野と組ませろってな。」
「はぁ・・・」
「今までの担当と、それプラス水野のもだから、ハードになるけど大丈夫か?」
編集長は試す様な、挑むような目で柊を見ている。
さつきさんと仕事できるなんて、願っても無いじゃん、
ラッキー!
「はい、俺頑張ります。」
「じゃ、残ってろ。水野が帰ってきたら、明日からのスケジュール打ち合わせろ。」
「はい!」
柊は思わず笑みがこぼれそうになるのを、必死で押さえた。
20分ほどすると、さつきが戻ってきた。
「おーい水野。」
編集長が呼ぶ。
「はい、何ですか?」
柊は、他の奴と雑談していたが、さつきを見つけた。
「お前明日から苑田と組んで。飯田さんからじきじきのご指名だから。」
「はぁ・・・」
さつきは少しあっ気に取られているようだ。柊は彼女のところへ歩み寄った。
「そーいう事なんで、よろしく。」
ニッコリと笑う。
「明日からの打ち合わせしとけ。苑田は今までのと掛け持ちだからな。じゃ、行ってよし。」
編集長の言葉を聞いて、二人はさつきのデスクへと向かった。
「えっと、その辺にあるイスに腰掛けて。」
さつきは自分のデスクでイスに腰掛けながら柊に言った。
「うす。」
柊は空いているイスの背もたれを抱きかかえるように座った。
「うーんとじゃあ・・・」
彼女がゴソゴソと書類を見ている。柊は、ふとデスクの端のほうに小さな写真立てを見つけた。
前は気づかなかったけど・・・男の写真。さつきさんの夫だった人だ・・・
柊はまじまじとその写真を見た。
清潔感にあふれる優しい笑顔をして、彼女を見つめている。
俺とは正反対のタイプだな・・・さわやかな彼とワイルド系の自分・・・
例えるなら俺が不良で彼は正義の味方ってとこだ。
この人がさつきさんが愛した人・・・さつきさんを独りぼっちにして逝っちまった人。
俺なんかが知らないさつきさんの全てを知っている人。
さつきさんにあんな悲しげな瞳をさせる人・・・
そして彼女はまだ、指輪を外してはいない・・・
「ねえ、聞いてるの?苑田くん」
さつきの声で我に返った柊は、慌てて写真から目をそらした。
「ごめん、ちょっと考え事してて・・・」
笑ってごまかす。
「また熱でも上がってきたんじゃないでしょうねぇ。ビシッとやってくんなきゃ、困るわよ。」
彼女が魅惑的な眼差しを自分に向けている。
今はいい。これからだ・・・・
「がんばるっす。」
柊は、期待に胸躍らせながらそう返事をした。