1
俺はさつきさんに礼をしようと、あれこれ考えた。
彼女が一番喜びそうな事・・・思い悩んだ末に俺が出した結論は、“バイク”って事だった。彼女をもう一度、バイクに乗せてやりたい。
それで、好きなとこ連れてってやりたい。
俺は取材の打ち合わせがあったから、ついでに彼女に会って誘ってみようと思っていた。
でも、いざとなるとなかなか緊張する・・・
柊は、緊張を静めようと一服してから行く事にした。喫煙所に居ると例のごとく?橘 朝人がやって来た。
お前ってほんとよく会うな・・・
「おす!」
「おー」
軽く挨拶を交わす。
「コーヒー飲むか?」橘が聞く。
「おごってくれんのか?」
「たまにはな。」橘がニヤッと笑う。
「珍しい事もあるもんだ。」
俺は皮肉っぽく言ってやった。
「そうだぜ、俺は女以外には金つかわネー様にしてんだ。ありがたく思えよ。」
そう言う橘の女性遍歴は華麗だ。
たまに飲みに行く間柄の俺たちは、よく女の話をする。
話をするといっても、橘が勝手にしゃべっていて俺は聞き役に徹するという感じだ。
奴は二人で飲んでいてもすぐに女を口説く。そのくどき文句といったら聞いているこっちが恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
ルックスも今時な感じでかなりイケてる橘は、黙っていた方が女が寄ってきそうだ。
だけど奴はそれをしないで地道な努力を繰り返す。
その光景が何だか見ていて微笑ましいと思ってしまう。
そこが、奴の良さの様な気もする。
俺はというと・・・女にはあんま興味なし。
てきとーに遊んだりした時期もあるけど、それが空しい事だってすぐに解かった。
所詮ルックスだけで寄ってくるような女なんか相手にしたところで、何にも満たされやしねぇ。
実際付き合った女もいたが、本当に好きだったかといわれれば、そーでもねーってのが正直な所だ。
女なんてそんな程度だと思っていた。
そんなもんより大切な何かがある気もしてる。
俺のこの、空虚な心を埋めてくれる何か・・・
今はそれを模索しながら生きてるってとこかな・・・
だけど最近妙に気になる水野 さつき。
気がつくと、彼女の事ばかり考えてしまっている自分がいる。
柊は思い切って聞いてみた。
「橘、お前って本命っていんの?」
奴は女を口説くだけ口説いて遊んでる女はいっぱい居るけど、本命ってのはイマイチ見えねえ。特定の女って紹介された事ねーしな・・・
「何だよ急に!」
橘は俺の質問に、かなりびっくりしたようだ。
飲んでいたコーヒーを噴いている。
「いや、お前って遊んでばっかいるから・・・どーなのかと思ってよ。」
俺は、奴がさつきさんの名前を言わない事を何となく祈った。
「珍しい事聞くねぇ苑田。お前今まで女なんか全然興味ねえって顔してたのに。」
「そうか?」
「そーだろ。どんな女が言い寄ってきたってシラッとしてたじゃんか。
お前モテるのに。今まで何人の女が泣いてきた事か・・・」
橘が奴独特のオーバーなリアクションで言う。
「そんな事・・・」あるな。
「お前好きな女出来ただろ?」
奴が聞き返してきた。
言ったモン勝ちか?と俺は思った。ズルイけど。
「ああ。」
「なんだ誰だよぉ?俺の知ってる女か?」
奴は身を乗り出している。興味本位見え見え。
「ああ。水野 さつき。」
俺は多少の恥ずかしさもあり、やつと目を合わせないで言った。
橘は一瞬動揺したように見えたけど、
「そっかぁ・・・」
とつぶやくように言った。
「お前、もしかしてマジだったのか?」
俺は聞いた。あの人はそういう女だ。遊びなんかじゃ付き合えない、遊びとなんかとは思えない、男がマジになっちまう女だ。だからたぶんコイツも・・・だけどこーいう事は、はっきりさせとかなくちゃいけねえ。
「じゃっかんな・・・」
奴は何ともいえないって顔をして、ため息混じりにそう言った。
「そっか・・・じゃ、ライバルだな。」
俺は言った。一瞬俺が身を引こうかとも思ったが、なんかそれも出来そうもねぇ。
「いーよ。俺、引く。遊び人の俺と仕事一筋のお前じゃ、最初っからハンデありすぎだもんな。それに見てくれだって、お前の方が上だしよ」
「何だよそれ。そんなんカンケーねーだろ?」
俺は少しムキになった。
「わかってるよ。ちっと言ってみただけだ。
それによ、お前の彼女に対する態度見てたら、いつかこーなんじゃねーかなって思ってた。」
奴は少し笑った。
「何でだよ。」
「お前最初っからロコツに出てたじゃん。顔と態度に。
普段は女に対してまるで興味なしって感じだったのに、
彼女にだけはガンガンに。
彼女が言い寄ってきてる訳でもないのによ・・・」
そういえばそうだ・・・言い寄ってくる女には、めんどくさくてロコツに顔と態度に出してたけど、彼女は別にそんなんじゃなかった・・・
俺は何も言えず、うつむいた。
「それってすんげー意識してるって事だろ。すんげーキライって事はすんげー好きって事と背中合わせなんだよ。」
言われてみれば、妙に納得。俺、きっとあの人のことが気になって気になってしょうがなかったんだ。キライと思っていたとはいえ、ずっと見てたんだから。あの人はそれ位、きょーれつなインパクトで俺に映っていたんだ。
女なんかどーでもいいと思っていた、俺の心に。
「それによ、彼女大変だぜ、たぶん。死ンじまったモンはいいとこだけキレーに美化されて、心から消える事なんてないからな。
幻滅させる事も無いしよ・・・とにかく相手は死んじまってんだ。ライバルは相当手ごわいぜ」
「そーかもな。絶対、勝てねーよな・・・」
俺はさつきさんの薬指の指輪を思い出した。
まだ忘れてねーんだよな・・・
「という訳で、俺は一ぬけだ。遠慮なく、どんどんやってくれ。お前が女にマジになるなんて、珍しいじゃん。それに、やっぱ水野さん、いい女だもんな~」
俺は、奴の気遣いがすごくうれしかった。俺との関係がこじれる事を避けてくれたんだ。ほんとにそれでいいのか?とも思うけど。
「ああ、そうだな。」
「けっ、なんかおもしろくねえ。まっ、あの人が年下相手にするかってとこもあるし、こりゃ見ものだな。」
そう、オチャらけて言う奴は、少しだけ強がってるようにも見えた。