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ああ・・・すんげー苦しい・・・俺、死んじゃうかも・・・
その時、ひんやりとした感触が、俺のおでこに触れた。
気持ちいー。
「ちょっと頭上げるわよ。」
うっすら目を開けると、水野 さつきがそこにいた。
何でこの人が・・・俺、夢でも見てんのかな・・・この人のことばっかし考えてたから・・・
そうだよな・・・でなきゃ、この人がここにいるはずねーもんな・・・
起き上がって確かめたい・・・でも、動けねーよ・・・
夢でもいい・・・とにかく、この人に謝りたい・・・
「さつき・・・さん・・・ごめん・・・俺・・・ほんと・・・ごめん・・・」
「39度もあるじゃない!」
なんか声がする・・・でも夢なのか何なのか訳わかんねぇ。どーにも動けねーよ、俺・・・
「苑田くん、口開けて。とりあえず、解熱剤飲もう。」
意識がもうろうとする中、言われるまま、少しだけ口を開けた。
中に、薬らしきもんが2粒はいってきた。
「水は・・・どうしよう・・・ストローもないし・・・スプーンは・・・ダメだ、こぼれちゃう・・・」
なんかブツブツ言ってる気がする・・・
ん?何だこの感触は・・・
何かが唇に触れ、そして水が口の中に入ってきた。
ゴクリ。
そして俺は、完全に意識を失った。
「ん・・・あ・・・」
俺は目を覚ました。
「苑田くん眼が覚めた?」
水野 さつきが俺を覗き込んでいる。
まだ夢見てんだ、俺・・・
優しい微笑を浮かべて、彼女が見ている。
女神みたいだ・・・
許してくれたのか・・・俺の事。よかった・・・俺はニッコリと微笑を返し、再び目を閉じた。
「うーん、昨日よりはだいぶ下がったみたいね。」
彼女の手が、俺の額に触れてる。少しひんやりして・・・
妙にリアル。
俺はパッと目を開けた。
「どうしたの?大丈夫?」
彼女が俺を覗き込んでいる。どーみたって、彼女だ。
俺は訳がわからず真実を確かめようと、手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
「どうしたの?」
彼女が戸惑っている。手のひらの感触は確かだ。
本物だよな・・・
本物だ!俺はびっくりしてガバッと起き上がった。頭がズキンと痛む。
「いてて・・・」
「ダメよ、急に起き上がったりしちゃ・・・」
彼女が優しく俺を横にならせてくれる。
何でだ・・・なんで彼女がここに・・・
俺は状況が飲み込めなくてパニックになった。
「とりあえず、熱はかって。」
彼女が体温計を差し出す。俺は素直にそれに従う。
何でだ・・・なんで彼女がここに・・・しかも超気まずい。
そういえば、いつの間にかベッドで寝ている。
どうやって・・・いつからここに・・・?
だいたい怒ってねーのか?
「あの、今何時?」
俺は、一番関係ない素朴な疑問を目を合わせないできいた。
気まずくて・・・彼女の顔なんかまともに見れねーよ・・・
「今ちょうどお昼よ。」
お昼・・・「お昼って仕事は?」
俺は少し体勢を起こした。
「私?私は今日は休みよ。日曜だから。あなたは?
今日、撮影とか入ってるの?」
彼女が再び俺を横にならせながら言う。
「今日は、入ってねえ。」
「そう、よかった。とりあえず、ゆっくり休まなきゃね。
昨日は大変だったんだから苑田くん。」
ピピッ体温計が鳴った。
「うーん、37、5かぁ。」
俺が見るより先に、彼女が体温計を取り上げ見ている。ふと、彼女の結婚指輪に目が行った。
まだ、はめてるんだよな・・・俺は、自分が言った事を思い出し、胸が痛くなった。
あやまんなきゃ・・・
「お腹すいたでしょ?おかゆ作ったけど食べる?それとも、もも缶がいい?」
もも缶・・・そー言えば俺、そんな事いったような・・・
俺はわからない事だらけのまんま「おかゆがいい。」と言った。
「そう、どこで食べる?こっち持ってこようか?」
彼女は何事もなかったかのような態度でそう言う。
「いい、起きてあっちで食べる。」
とりあえず、そう言った。
気まずい思いで柊が見ているのを知ってか知らずか、さつきは手際よくおかゆやのみ物を運んできた。
俺の言ったこと気にしてねーのかな・・・そんなはずないよな・・・
でも謝るタイミングがつかめない。
大体なんでここにいるんだ?どーやっておかゆ作ったんだ?
俺は疑問でいっぱいだったけど、出されるまま、おかゆを一口食べてみた。
うまい・・・たまごがゆなんて何年ぶりだよ・・・
そこには感動すら、あった。
「うまい。」
思わず言ってしまった。
「そう?口に合ってよかったわ。」
彼女が軽く微笑む。
そーいえばすんげー腹減ってたんだ・・・俺は夢中になっておかゆを食べた。
そして食べ終わったら、いろいろな疑問が一気にわいて出てきた。
まず、何で彼女がここに居るかだ。
怒ってるって感じじゃないみたいだけど・・・そしていつからここに居るんだ?
「あの・・・何であなたがここに居るんでしょう。」
先に謝んなきゃと思うけど、どうも切り出しにくい。
柊は気まずさから変な口調で聞いた。
「ああ、勝手に入ってごめんなさい。昨日の事は、やっぱり覚えてないみたいね。会社であなたが熱出したって聞いて・・・もしかしたら
あの日の取材の時のせいかなって思って・・・住所と電話番号調べさせてもらったわ。電話したんだけど出ないし、住所を頼りに来てみたの。
何度もインターホン鳴らしたんだけど返事がなくて・・・
ドア開けたらカギがかかってなくて・・うめき声が聞こえたから中に入ったら、あなたがここで倒れてたの。」
彼女が独特のハスキーな声でスラスラ答える。
「そいで、何時ごろ来たんでしょう。」
「うーん、昨日の6時半ごろかな。」
「6時半?6時半って事は、もしかして、寝ずに看病してくれたとか?」
まさかと思いながら、聞いてみた。
「うーん、まぁね・・・。昨日は9度もあって、大変だったんだから。
はぁはぁして意識もないし・・・ちょっとあせったわ。」
彼女が少し微笑む。
「ふーん、それはどうも・・・」
俺は気まずかった。
だって彼女には、あんなすんげーひどい事言っちまったんだから・・・
その通りねって傷ついた顔してたっけな・・・
あんな事があったなんて知らなかったとはいえ、あんまりだ、俺の言った事。
「あの・・・おれ、この間は、すいません。」
柊は意を決して謝った。
「いいのよ。全くその通りなんだから・・・」
彼女がすごく悲しげな笑みを浮かべている。その笑顔に胸が痛む。
「ほんとごめん。俺、全然知らなくて・・・勢いだけで言っちゃって・・・でも許される事じゃないって、解かってる。」
「ほんとにいいのよ。あなたの言うとおりなんだから・・・でも、あれだけ面と向かって言われたら、正直傷ついたけど。」
彼女は笑った。
返す言葉もねぇ・・・柊は思った。
「そいで、とりあえず、どーも。なんか面倒かけちまって・・・。」
彼女は大人だな・・・と思いながら、柊は言った。
「いいのよ、そんなの。この間のお礼とでも思って。
これで、貸し借りなしね。」
「はぁ・・・」
でも、すんげー申し訳ねーよ・・・柊はすごい自己嫌悪におちいった。
「とりあえず、あと、私に出来そうな事あるかしら?」
ふと部屋を見渡すと、こぎれいに片付いて居る。
台所もきれいになってるし、洗濯物まで干してある。
ってことは・・・
「あの!現像室入った?」
柊はあせって聞いた。玄関を入ってすぐ横に、現像室がある。
現像室には、あの写真出しっぱなしなんだよ・・・
「ううん、入ってない。現像室って書いてあったから。あーいうとこってやたらと光とか入っちゃいけないのよね。
だから開けてないわ。
この辺は勝手に片付けさせてもらったけど。」
「そう、よかった・・・」
柊は胸をなでおろした。