1
“人との出逢い”が、人生で最高の贈り物だと誰かが言った。
もしそれが本当ならば、俺は間違いなく、最高の物を手に入れた。
そう、君という、最高の贈り物を・・・
「おい、あれってよぉ、編集部の水野さんだよなあ」
カメラマン仲間の橘 朝人が、不意に後ろから声を掛けてきた。
「お前も来てたんだ・・・」
急に現れたヤツに少しびっくりしながらも、あいさつをかわす。
俺たちは並んで歩き始めた。
ヤツとは一年ぐらいの付き合いだ。ヤツの方が一年先輩だが、歳が同じこともあり、仕事以外でもたまに飲みに行ったりしている。
せわしないヤツだがどこか憎めない男だ。
その、ヤツの視線の先にいるのが、このビルの数ヶ所にしかない喫煙所で煙草をふかしている、
“水野 さつき”だ。
「今日もきれいだね~。色っぺ~。あのけだるそうな感じ、たまんね~」
ヤツは絶賛する。
「そうかぁ?」
俺はいかぶし気な顔をして、彼女を見た。
グレーのスーツに白い大きな襟のブラウスを着て、
大きくスリットの入ったタイトなスカートからは、太ももがチラリとのぞいている。けだるそうな感じで足を組み、煙草をふかしている。
大きく開かれた窓からは、午後の日差しが射し込み、彼女の髪をキラキラと照らしている。
確かに美人だけどよぉ・・・別にタイプじゃねーし・・・
俺は、なんとなくあの女が嫌いだ。なーんかイヤなんだよ、あの雰囲気。
1人でいると、いつもけだるそうで、それでいてたまにフッと寂しげな瞳をする・・・その姿は何かに必死に
耐えているような・・・
そんな自分に浸っているような・・・
とにかく、私、不幸背負ってますって感じ?
だけど仕事をしている姿を見ていると、“私仕事できます”みたいな感じでやたらとテキパキしてて、少し冷めたいようにさえ感じる位のサバけた態度。
だからって、誰かが話し掛けると、ふんわりと笑って柔らかく相手をする・・・
なーんかつかみどころがねーっていうか、ウソくせえっていうか、何考えてるかさっぱりワカラねえ。
人間性ってモンが見えてこねーんだよな・・・まったく。
俺は、苑田 柊 25歳。カメラマン。
報道カメラマンになりたくてこの世界に足を踏み入れたが挫折して、今は若者向けの雑誌のカメラマンをしている。仕事以外はいまいちぱっとしねぇ。
な~んかしらけてるってのが現状だ。
だけど一応、好きな仕事を生業としている。
たいがいの写真は撮る。食べ物に人物に風景に・・・。基本的にはフリーだけど、今はここの編集社の専属みたいになってる。
だからこうして週に何度もここを訪れる。
そして、その編集部にいるのが、"水野 さつき”だ。
俺より4つ年上の彼女は、ここの編集部のNO.3だ。美人で仕事も出来る・・・
そこがまた気にいらねぇ。
なんとなく、カワイゲのない女だ。
「水野さん、どーも。」
橘が臆することなく、声を掛ける。柊は、一服しようと思っていたが、彼女が居たから素通りして帰ろうと思っていた。しかしいつの間にか橘に肩を組まれ、一緒に来てしまっていた。
「あら、こんにちは。2人とも、今帰り?」
さっきまで気だるそうにしていた彼女が、ふんわりと笑う。
その表情は、悔しいけれど、ほんとに綺麗だ。綺麗に整えられた眉にやや、上がり気味で終わっているはっきりとした二重まぶたに黒くて大きな瞳は、廊下に反射した光が当たってキラキラと輝いている。
通った鼻筋、なんとも言えない形の整った、艶やかな唇。
セミロングの髪の毛は品のいい光を放ち、サラサラと無造作にウェーブしていて“大人の女”という色気と、
ミステリアスな感じをかもし出している。
何度か顔をあわせるうちに解かったのだが、その髪をかき上げるのが、彼女のクセだ。
そう思ってる間に今もホラ、髪を軽くかき上げた。髪がサラサラとくずれおちる。
その姿は、確かに色っぽい。柊は思わず、見とれてしまっていた。
「水野さん、もしかして、サボりっすか?」
橘がイタズラッぽい笑みを浮かべて彼女に話し掛ける。
橘はちゃっかり彼女の脇に座っている。
柊は、彼女とは反対の向かい側のイスに腰掛けた。
「そーんな訳ないでしょ。でも・・ちょっぴりそうかな・・。仕事一段落したから、ちょっと遅いランチとって、休憩してるとこ。」
彼女がクスッと微笑む。柊はそんな彼女を横目でチラっと見ながら、煙草に火をつける。時間はもう、二時半を回っている。
「あーあ。俺も一緒にランチ食べたかったなぁ・・・水野さんみたいなキレーな人と食べたら、600円やそこらのランチも、そりゃあもううまいだろーなー。」
橘がオーバーリアクションで言う。橘が女性にこんなコトを言うのは、挨拶みたいなものだ。
ったく・・・女を褒めさせたら、右に出もんはいねーだろーな・・・
柊は思わず苦笑してしまう。
「あら、ありがと。こんなおばさんにそんなこと言ってくれるなんて、お世辞でも、嬉しいわ。」
彼女が独特のハスキーな声で言う。
「お世辞なんてとんでもない。今だって苑田と、水野さんてほんとにキレーだなーって話しながら来たんですよ。な、苑田。」
おいおい俺にフルなって・・・俺、そんなこと言ってねーじゃん・・・
柊はそう思ったが、その場の雰囲気で、思わず
「そうだな」と軽く微笑んでしまった。
橘は怒涛の勢いで水野 さつきに話をしている。歳が何個違うだの、なんだのと、次から次へと・・・さすがにちょっと引いてるみたいだ。
クダラねえ・・・こーいうタイプの女にそーんな態度で接したら、ガキ扱いされちまうだけだぜ、橘。柊は心の中で言った。
柊は、なんとなく帰りずらくて2本目の煙草に火をつけた。
ここに居ることは本意ではないが、帰ると言い出す
タイミングもなんか掴めない。
その時、橘が急に慌てて時計を見て
「あっ、ヤッべ~。次の撮影あるんだ。ホントはもっと水野さんと話して居たいけど、仕事だ。しょうがねー。おい苑田!お前、後はまかせたぞ。じゃ、水野さん、また今度。」
と、これまたすんごい勢いで行ってしまった。
まかせたってどーすんだよ・・・柊がそんな風に思っていると、
「忙しい人ね、橘くんて。」
と、さつきが橘の後姿をクスクス笑いながら見て,言った。
「あいつはいつもああなんですよ。」
柊はムリに笑ってそう言った。
ヤだな、この人と2人だけになるのは・・・俺だって早く帰りてーっつーの・・・あーあ。
柊は心の中でため息をついた。
2人の間に沈黙が流れる・・・。
この子って私のこと嫌いなんだろうな・・・さつきは思う。
苑田 柊は、さつきが思うにいわいる“今時の男”だ。橘もそういったたぐいだが持っているキャラの雰囲気が明るいので、かなり親しみやすい。
だけど・・・さつきは柊を見た。
少し長めの髪を茶色く染め、黒いTシャツに古着のジーパン。
少し汚れたスニーカーに、いまどきのイエローのサングラスをしている。
顔は悪くないんだけど・・・無愛想だ。顔に出てるのよ、私をキライだって・・・
さつきはぎこちない作り笑いを浮かべる彼を見て、
なんとなくこの場にいるのが
イヤになった。
「じゃ、私は戻るわね。」
ふんわりと笑って、その場を立ち去った。




