リュウゼツラン
何気なくテレビのチャンネルを替えると、とある場所で数十年に一度咲くというリュウゼツランが今まさに開花の時を迎えていると紹介されていた。
随分前にもどこかで似たような話がありちょっと話題になっていたような気がするのだけれど。
数十年に一度しか開花しないのかとネットで“リュウゼツラン”と検索してみると、いつの話か詳細はわからないけれど花が咲いたという写真が幾つかヒットした。
樹齢数百年という有名な桜や、楠、銀杏等の御神木、確か千年以上前の種から開花したという古代蓮の話など植物の生きる時間軸の長さに感心する事は一杯あるから
『へぇ~そうなんだ』くらいしか思わなかった。
余談だけれど、高校生の頃学生向けの雑誌に前世占いというのがあり、やってみると前世は植物という結果になった。
質問にはい・いいえで答えていくというような代物だったけれど、だから時に鳥肌がたつ程虫が苦手なのかもとちょっと納得した事と、もし生まれ変わりなんて事があるのならずっと同じ場所でしか生きられない植物より自由に動ける動物の方が断然いいなと思った事を憶えている。
けれど大人になって、植物は根差した場所は変えられないけれど時を越えることが出来るのだとその凄さに感動するようになった。
話を戻すと、次の日も何気にテレビをつけると同じようにそのリュウゼツランが映し出された。毎日の開花状況を紹介しているのだ。
そしてその場所が意外に近場だと知り、数十年に一度なら次はもう見られないだろうと見に行く事にした。
テレビの力は大きいから多くの人で混雑しているのではと思いながら行ってみると、その川縁の花を見るために一時停止した後走り去っていく車や、立ち止まって写真を撮る人の姿がちらほら見られた。
近づくと空に向かって真っ直ぐに高く伸びた茎の下の方から半分程、上を向いた細い沢山の黄色い花が咲いているのが見えた。
青空ならこの黄色い花がもっと映えただろうなと思いながら、曇天を背景に何枚も写真を撮った。
私は仏像の33年に一度の御開帳のようなものと思い違いをしていたのだけれど、この花は数十年の生涯でただ一度だけ開花し、開花を終えるとともに枯れてしまうのだと知った。
どこにでもある川の土手の草むらにまぎれて大きく垂れた葉の塊を見て、一体誰がこんな所に植えたのだろうと思った。
この花はこの数十年、誰にも気にかけられずどこにでもある街中の土手でただじっと静かに成長を続け、そして今まさにその生涯の全エネルギーを使って高く空へと向かい精一杯花を咲かせているのだ。
茎の先端まで花を咲かせた後枯れてしまうというその花の最後に近づく様を私は目にしているのだと思うと切なくなってしまった。
空高く伸びた茎の姿をちゃんと目に焼きつけておかなければいけない気がして立ち去りがたい思いで見上げ続けた。
先端まで花を咲かせる最後の日は、黄色い花が映える真っ青な青空でありますようにと願いながら。




