夢と妄想と現実に(脳内で)揺れる電子機器
「……もう少し……もう少し書かなきゃ。この文字数じゃ、ページ埋められない……」
うつらうつらと舟をこぎながら、キーボードに載せた指が意味のない文字を画面に打ち出していく。
はっ、と我に返ってワードを覗きこめば、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAの羅列。
「……なんか、馬鹿にされてる気がする……」
Aの文字にそんな意図はないけれど、眠くて仕方がない私にはなんか嘲笑われている様な気がしてならない。被害妄想だろうがなんだろうが、眠気を邪魔された私にポジティブに受け取る気持ちの余裕は一欠けらもない。
もう一度続きを書こうと画面に向き直ったけれど、どうしても眠気が勝ってしまう。私はプロのお話書きではないけれど、サークルで本を出していて、その締め切りがもうすぐ来てしまうのだ。
理由は、確実に花粉症の薬。
眠くなりにくいと言われて処方されたけれども、確実に眠い。がっつり眠い。
体質的に、眠くなってしまうようだ。
かっくんかっくん頭を前後に振ったところで、私は諦めた。
「もー駄目、諦める! 一回寝る! 悪いのは薬だ私じゃないっ!」
パソコンにインストールされているスケジュール機能を呼び出して、一時間後の今日の予定にカタカタとタイトルを打ち込む。
――起きる 起きやがれ私
どれだけやさぐれ気味か、お分かり頂けるだろう。
しかし我慢せずに眠れるという素敵な誘惑に、私は幸せ気分で目を閉じた。ちゃんと起きられるように、パソコンを置いてある机に伏せるようにして。
――はぁ。このお嬢様は、言語というものを一体どう思っているのでしょうね
……?
ゆらゆらと揺れる思考の中に、響く低い声。
眠い私には、お経を読むお坊さんの如くに聞こえる。
つまり、とても眠くなる←オイ
何かぶつぶつ言ってるけどまるっと無視して、私は反射的に開けようとしていた目を再び深く閉じた。
何も聞こえなーい、まったく聞こえなーい。
――なんで男の目を見つめて言う言葉を「して」じゃなくて、「シて」と変換するんでしょうね。おかげで優秀かつエリートな私の脳(辞書学習機能)は、普通のシチュエーションでも「シて」と変換するようになってしまいましたよ
……シて? あぁ、R-18書いた時のか。
でもさー、仕方がなくない? 「シて?」って書くだけで、意味深状態にとってくれるんだもん。
――御子息が報告書を作成してらした時に、どれだけ苦労なさっていたか。
……御子息……? 弟?
何で私のノーパソ使ってんのよ、そこからして……
『ふざけんなクソ姉! なんで自販機設置提案書が猥褻文書になるんだよ! 貴社の社員宿舎が駅に面シてすべて勃っているロケーションを考えまシてもって一体どんな変態会社だよ! 売れねぇよ、置いてもらえないよ、上司のハンコ貰えるわけねぇだろ!!』
……っ!
弟の声真似に、思わずびくりと肩を揺らす。
しかしそれに気付いているのか無視しているのか、低音ボイスな愚痴は止まらない。
――御子息はそう嘆いておりました。
御子息の嘆きは、優秀かつエリートの私にとって同様の怒り。
全くでございます、建っていると私も予測させて(予測変換機能)頂きたかったのです。
しかしいかんせん、私の心も体も一番頻繁に使っているお嬢様の思うまま。
私こそいつも涙をのむ羽目になっている事だけは、御子息にもお伝えしたかった。
……。
さめざめという感じでため息をつくその声を聞きながら、やっと覚醒してきた頭が現状を把握し始めた。
伏せていた顔を上げて、その手元をのぞき込む。
そこには私の愛用のノートパソコン。名前はクロ。カラーがブラックだから。
「……予測変換機能って、言ってたよな……」
ぼそりと、ノーパソを指でつつきながら首をかしげる。
「今のは、夢? か?」
すごい突込みがかまされていたように聞こえたけれど、ドアが開いた雰囲気ないしなぁ。弟じゃないよなぁ。
「それにしても、エリートとか自分で言うか。私の脳内腐れ物書き、夢だというのにいい仕事するよねぇ」
思わずにやにやと口橋を緩めると、書いていた文章画面を保存して新規作成画面を開いた。
「優秀かつエリートの私……。どっちだ、受ける方か攻める方か。どっちもイけそうじゃないですか、優秀かつエリートの私くん!」
パソコンを打つ私の指先が、しばらく止まることはなかった。
――誰が私をネタにしろと言いましたか!!
再び居眠りした後の夢で、盛大に『優秀かつエリートの私』に怒られるのは、すぐそばの未来の話。




