1話 獄中夢
浅い眠りには意味があるのだろうか
『様、様、お答えになりませんか?どうか喜びも悲しみもこの子には何も届かぬのです』
様、様ーーー
怒りは物を壊し、形だけになったーーは宙を舞、崩れる。
そんな、夢。
ふと目が覚めた。電気をつけっぱなしにして、寝てしまったんだ
何をしているのか、風呂にも入っていないじゃないか。まぁいつもの事だが。
体が重い。風呂に入ろうとさわさわと動いても一層に重さとだるさが混ざり合うだけだった。
鈍い。だるい。
というか今何時なんだよ。
唯一自由が効く、ってより自由が許された右手がスクリーンマイフォト略して
スマフォ、又の名をスマホを探し求めて布団の森を彷徨う。
あった!これだ、この感覚!この触りごごちィ!1日40時間は触っているこの感覚!!
俺の愛するシンデレラ、スメフォウ!!
いや、違う。なんだこれ。小さい、いや、なんだ、これ。
手の中で蠢く。さわさわ…ざわざわ…
ブゥゥゥゥウウウウウウン
『ぎゃああああああああああああああああああ』
こ、このここここれは!!
ブラックゴールド!!!!!!!!
略してGーーーーーーーー!!
ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!
手!手!手!手を離すな!!ににに、逃げられてたまるか!!
吹っ切れ!!掴んでしまったなら!!吹っ切れーーー!!
ガサ…ガサガサ!ガサ!
窓の鍵を開け、放たねば!!
急げ!急げ!間に合えーーー!!
トッ
何かに躓く。
床に身を重力のまま、惹かれ、
手の中の何かも、同時に…
プチ。
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そんなこんなで朝から散々な目にあったのだ。
こういう時、大概の事そんな日もあると割り切ってしまうしかなくなる。
結局俺は3限目の終わりまでその事を引きずっていたのだ。
ましてやクラスメイトに言ってしまえば笑い者にされる事間違いなしだろう。
仕方ないだろう!俺だってこける事だってあるだろう!
ふと、また朝の事を思い出す。
朝に躓いた物、あれはなんだったのだろうか
思い返すと今朝、というかあの虫を潰してから異常に体が重いのだ。
暑いし重いのだ。もしかしたら本気で疲れているのか?
手をふと見つめる。
いや、見つめるはずだった。
手が、消えている!?
消えた所から水のようなチャプチャプ、と音が聞こえる。
その透明の水のような部分と腕の部分が次第に混ざり合う
まるで腕が油で手のひらが水のようだ…
なんだこれは!?
痛みはなく、むしろ体の方が…
そう思った瞬間、
後ろから肩をぽん、と
『千賀君?大丈夫、顔色、悪いよ?』
傘霧雨凛
が話しかける。
『お、おい、傘霧!俺の手!見えるか!?』
あまりに大きな声で言ってしまったため、昼飯を用意した連中がこちらを振り返る。
『千賀君!?どうしたの!?その、手…』
やっぱりか、やっぱり消えてるのか、
『千賀君!!早く保健室行かないと、そんな大火傷、どうして放っておいたの!!?』
え
や、やけど…?
もう一方の手を引っ張られ、保健室へ連れられる。
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保健室の先生には早退を言われた。
そしてものすごく怒られたのだ。
何を考えているのですか、どうしてここまで放っておいたのですか!!
だそうだ。
先生にも火傷のように見えているようだ。
包帯を巻かれ、そのまま病院へ行く。
しかし、包帯を巻かれた手には包帯の感覚がないのだ。
手が暑かったのだが今はすごく心地の良いように何も感じない。
先生によると、骨に異常はないかも知れないが手の皮膚は完全には元に戻らないと言われた。
そんなに酷いのか?
もう俺は担任にも傘霧にも保健室の先生に聞いても全員が口を揃えて火傷と言うのに慣れてしまった。
感覚が無いと保健室の先生に言えば顔が真っ青になって
すみません、先程叱責したのは間違いでした、と
土下座をされそうな勢いで謝られてしまったのでもうこの事は誰にも言わないことにした。
病院に行き、母に手を写真で撮ってもらい見せて貰ったのだがそれはもう酷い火傷だったのだ
医師に何処が痛い…かも聞かれなかったのは初めてだった。
母は仕事から直で来てくれたようで、すごく申し訳なかった。
それと同時にそれほどまで心配してくれたのかと少し嬉しくなってしまった。
まだ自分にもどこか子供心があったのかと少し呆れつつも、何故か心地良い気がした。
ただ1つ不可解な点があった母は何処で火傷をしたのか何一つ聞いて来なかったのだ。
何故だ?そこまで心配して来てくれたのに聞かれないのはどうしてか、
それがどうしても風呂に入る時間になっても分からなかった。
さも普通のように酷い火傷をしてるかのような…
どうしてだ?皆大抵の事聞いてくるのに
よく思えば皆、俺の「傷」を「火傷」と呼ぶ。
医者も何も聞かずに火傷と言う。
なんだ?
その上俺はこうして何も包帯もせず湯船に傷口をつけて風呂に入っている。
医師からは大抵のこと風呂には入らないようにとか言われるだろ。
どうしてだ?なんだこの違和感
と言うか…手がどんどん透明に…なって…
いや、なっている…
朝は腕の半分位だった…
今…今は…
肩…くら…
ゾッと寒気がした。
暖かい湯船の中でも分かるくらい全身の毛が逆立っているような気がした。
何故気付かなかった?
その瞬間俺は反射的に風呂を出て体を拭こうとした。
湯気かなんかでそう見えただけだと思いたかった。いや、そんなことはなかった。
腕、肩、どちらも感覚がある。
まだ痛いなら痛いでいい。それは治す余地があって、まだそこに腕も肩も存在している事の証明だと思う事も出来る。
ただ、そこに腕も肩も存在しているのに、見えていないのがとても気味が悪い。
何とか感覚だけで服を着替えることが出来た。
俺は急いで母親を探した。
母さん!と呼びかけると瞬く間にきゃあと言う悲鳴をあげた。
そして
「あんた火傷酷くなっているじゃない、包帯、しときなさいよね」
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そこからは思考が追いつかなかった。
俺の知ってる母はあんなに冷たくはなかった。
ましてや火傷が肩まで広がって、冷静にいられるほど冷たくは無い。
昔、中学生の俺がたまたま通学途中で老人の逆走車に引かれて足を骨折した時
母は仕事を休んで毎日お見舞いに来てくれていた。
毎日毎日俺の好きな物を買ってきてくれて、
俺がずっと欲しかったって本とか、食べ物とか買ってくれて、
今思えば、その後会社で随分と肩身の狭い思いをしたんじゃないかな。
本当にいい母で、優しくて…
少なくとも、肩が火傷に覆われているのを
絆創膏貼っとけの感覚で言うとはとても思えない。
朝の件が関係しているのか?
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気付くと眠っていた。
眠っていてまた、夢を見た。
炎が身体を包み込むような感覚に嫌気がさして
無我夢中にそこから逃げようとして、
ただ、すごく痛い。足も、手も、腹も、頭も、
嗚呼、いつまで続くんだ。
早く、早く
そう思っていると
目の前の誰かが何かを喋る
しかし姿は無い。
そいつが喋る。
痛い、辛い、もうやめて
それと可哀想に
と、
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ブラウン管テレビの電源がぶつり、と切れたように目が覚める。
はぁはぁはぁと荒い呼吸が止まない
手は…
元に戻っていた。
写真で見たような火傷もなく、いつもの手だった。
なんなんだ、これ
嬉しい、よりも何故が勝ってしまい理解に苦しむ。
とりあえず、母さん、…母さんに治ったよって言わなきゃ…
なんだかんだ心配かけただろうし、きっと安心するだろう…
急いでリビングに行く。
この時間は朝ごはんを食べてる時間だ。
母さん!!と呼び嬉々として勢いよく扉を開ける。
母さんは案の定朝ごはんを食べていた。
しかしこちらには見向きもせず黙々と食べている。
母さん?母…さん?と何度呼びかけても、
こちらなんて何も向かない。
それどころか石像のように目が虚ろ…
まるで機能していないかのようだった。
嘘だろ…
三十分ほど呼びかけてもそのまま黙々と仕事に行く準備を進めて出ていってしまった。
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学校に行く。
これだけの事がすごく大変だということに今になってようやく気付いた。
まずバスに乗ろうと思っても誰もいない、とドアを閉められる。
それから自動ドア、エレベーター、改札口、スマホ、呼び鈴、学校の門、エアコンの人感センサー
人がいなくては機能がしないもの全て、
俺は今、使う事ができない。
ようやくだった。
朝の7時半から出て、学校についたのは昼の頃であった。
腹が空いて仕方がなかった。
校内は昼飯を食べながら談笑するなんとも明るい雰囲気だった。
そんな空気とは対局的に、俺はすごく落ち込んでいた。
やはり、見えていない。
それどころか、俺なんていないかのような空気だ。
幸い俺の机はあった。
机の中を確認したが、机の中にはいつも入っている俺の教科書や筆箱、こっそり隠し持っている漫画まで綺麗に揃っていた。
嗚呼、流石にこの中に飯は入っていないか、いや入っていたとしてもこの8月の猛暑だ。腐って食べれなかっただろう。
あのまま家にいれば良かったかな、なんて思っていると、
「千賀くん?」
突如後ろから柔らかい、凛とした声が聞こえた。
「傘…霧?」
驚いて後ろを振り返る。
振り返った瞳には…
俺が、しっかりと写っていた。
1話 獄中無 完




