第26話 初めての夜
改装した部屋に引っ越してから、初めての夜だ。
べつに怖いとかない。
今まで泊まっていたからな。
遠く聞こえるモンスターの咆哮もいいBGMだ。
インターホンが鳴った。
「はい」
『藤沢です。モンスターの声が怖くて眠れません。中に入れてくれませんか』
「しゃあないな。入れよ」
藤沢を部屋に招き入れる。
「わぁ、これが先輩の部屋」
「汚い部屋だがな」
「そんなことないです。よく片付いてます」
インターホンが鳴った。
またかよ。
「はい」
『上溝です。怖くて眠れないのです』
上溝さんもか。
「入って下さい」
藤沢の舌打ちが聞こえた。
「こんばんわ」
「こんばんわ」
「こんばんわ。ちっ」
「こうなったら、3人で夜を過ごしましょうか」
インターホンが鳴った。
またか。
「はい」
『香川です。部屋を紹介する冒険者のリストを持ってきました』
「入って下さい」
香川さんが入って来た。
「お邪魔だったですか?」
「いえいえ」
「ちょうどよかった。上溝様、私の訓練を受けてみませんか」
「どんな訓練だ」
「魔力を自由自在に動かす訓練です」
「ちょうど暇だったよ。3人でトランプするより訓練した方が良い」
「【マジックアイ】。気合を込めて魔力を動かしてみて下さい」
ぐぬぬと気合を入れる。
魔力が動いた感じが少しもしない。
藤沢も眉間にしわを寄せているがどうなんだろう。
「上溝様は少し、動いてますね」
「魔力が抜け出る感覚を思い出して、動かしてみました」
「あとのふたりはピクリとも動いてません」
「香川さんはどうなんですか。見えるのなら動かすのも容易いでしょう」
「スキルを使うと目に魔力が集まってしまって、訓練出来ないのです」
香川さんのスキルにそんな弱点があったとは。
しかし、動かないもんだよな。
上溝さんは出来ているのに俺は出来ないのか。
「上溝様、手に魔力が集まってます」
「コーヒーカップをお借りしても良いですか」
「ええ」
上溝さんはコーヒーカップを握ると粉々に砕いてしまった。
「スキルをスキルなしで再現しますか」
香川さんが研究者の目になった。
頼むから、藤沢には魔力操作ができないでほしい。
ゴリラ女はちょっとな。
上溝さんがどうということではないんだが、彼女はよわよわし過ぎて、ゴリラというイメージがない。
どちらかといえば、よわよわしいのにゴリラ並み、そのギャップが良い。
「わあ、魔力が見える目ってこんな感じなのですね」
「私のスキルも再現しますか」
「じゃあ、俺のスキルも再現できる【リフォーム】」
壁を少し変形してみた。
「ええと魔力を外に伸ばして壁を変形させるのですよね。すいません。体の外に魔力を出すのが怖いのです。病気の感覚が甦るので」
「出来なければ良いよ。無理にやらなくても」
となると上溝さんは肉弾戦オンリーだな。
それか、筋力を強化して背丈ほどある大剣を振るうのも面白そうだ。
パーティメンバーに困ったら勧誘してみよう。
「先輩、眠くなってきました」
「そうか、上溝さんと藤沢はベッドで眠れ。俺は床で寝袋を使うから」
「ちっ、でも先輩の匂いに包まれたらよく眠れそう」
「女子高の合宿を思い出します」
「上溝様、技を開発したら、あとで教えて下さい」
「ええ、分かりました」
3人で寝る。
俺は床だが。
女の子がいるとなかなか眠りにつけない。
「あんっ。うへへっ、先輩駄目です。いや駄目じゃなくてオッケーの駄目です」
藤沢が色っぽい声を上げる。
ベッドをみると上溝さんが藤沢に絡みついていた。
抱きまくらのつもりかな。
上溝さんは良い所のお嬢様なんだろうな。
運転手付きの、高級外車だものな。
ゆくゆくは、魔力欠損症の患者をこのダンジョンに住まわせたいな。
最初の上溝さんは、死相が見えて生きていくのを諦めているような雰囲気があった。
今は生き生きして生きていくのが楽しそうに見える。
ダンジョンに住むことで生きることを思い出すような人もいるんだな。
お金さえなんとかなれば、そういう人をたくさん救えるのにな。
いや俺がなんとかするんだ。
今は無理だが余裕ができたら何か考えよう。
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俺の収支メモ
支出 収入 収支
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繰り越し 10,197万円
上級ポーション 304万円
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計 0円 10,501万円 10,501万円
相続税 2,000万円
遺産(不動産) 0円
ダンジョン -94億円
上級ポーションが毎日出るのが嬉しい。
相続税は、1階層を制覇したあとに払おう。
まだ、お金は手元に置いておきたいからな。




