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令和人、弾丸の重さに敗北する

「船だぁ~!!船がみえたよ~!!」


見張りをしていたリジィが望遠鏡を片手に叫ぶ


「うむ、間違いない、王国の交易船だな」


アマリア船長も確認すると、ニヤッと笑う


リジィは「ジョリー・ロジャー」を掲げる

黒地に頭蓋骨と骨をクロスさせた旗だ

海賊であることをアピールし、降伏を促すために使われている


交易船の進行方向を塞ぐように、船を動かす

待ち伏せで相手に戦闘準備させる前に、奇襲する

船の側面に並んでいる砲台を交易船に向ける


アマリア船長は、降伏する様子がないことを確認すると


「よし、ヴェリーナ頼んだ、間違っても沈めるんじゃないよ、帆を狙って機動力を奪うんだ」


ヴェリーナご機嫌そうにグッドサインを送る

そして、


「服をよこせぇぇぇぇ!!じゃなくて、撃てぇぇ!!」


ヴェリーナの掛け声で一斉に大砲を発射した

度胸試しで引火したラム酒を飲んで、服ごと燃えたせいで半裸だった

リジィに修繕してもらったものの、ギリギリ恥部を隠せている、ビキニのような恥ずかしい恰好だ


ゴォォォンッ!!!


甲板が震え、雷のような砲声が海を裂いた

弾丸は命中しなかったものの、交易船を大きく揺らし、戦意を奪う威嚇になっただろう


この船に搭載されているのは、カルバリン砲

16世紀から17世紀に掛けて行われたイギリスvsスペインのアマルダ海戦で活躍した大砲だ

当時、無敵艦隊と呼ばれたスペインは、衝角戦という船首を敵船にぶつける戦術を得意としていたが、イギリスは逃げ周りながら、大砲を用いることで勝利したのだ

海戦において常識を覆した兵器のひとつである

ちなみに江戸時代初期に徳川家康がイギリスから購入し、大坂の陣で使用されたらしい


「ハーッハッハ!!この音ッ!!この衝撃ッ!たまんねぇなぁ!!」


火薬を詰めた大砲に、弾丸を入れ、次弾の装填をする


セナも手伝おうと弾丸を持ち上げようとした刹那、


「ああああっ!!腰があああぁぁぁ!!腰がアメリカに飛んだあああぁぁぁ!!」


セナは腰に電流が走った

ぎっくり腰である

カルバリン砲で発射する弾丸は18ポンド(約8.2kg)

令和人であり陰キャのセナにとって、8.2kgは重すぎた


「ふん、もやしは黙って見ていればよいものを」


激痛で動けないセナを、ミネリアが腕を組み、壁に背を預け、ペストマスクごしに見下す


「ぉまぇははたらけぇ~」


セナが何とか絞り出した声に、ミネリアは鼻で笑って


「私ももやしだ、できるわけがなかろう」


(こいつ)


セナはこれ以上はなにも言わなかった


「撃てぇぇ!!」


ゴォォォンッ!!!


次弾が発砲される

大砲は交易船に命中!!

帆が裂け、木片が空へ飛び散る。


「速度減少なの」


ネリアの声が淡々と響く

舵をとり交易船に近づく


ドォォォンッ!!!


機動力を失った船に、船首をぶつける

そして、


「服をよこせぇぇぇぇ!!」


ヴェリーナが両手に1つずつ弾丸を持ち、1番に交易船に飛び乗った

船員たちはそれぞれ武器をとると、ヴェリーナに続いた


半裸の巨漢女が弾丸を持ちながら襲ってくるとか、敵側からしたらトラウマレベルの恐怖だろうなぁ~

セナは腰を抑えながら、アマリア船長と非戦闘員の船員たちと共に甲板で見守る


「ヴェリーナっていつもうるさ……元気ですよね」


「豪快に笑っているが、砲火の下でしか笑えない女……それがヴェリーナ・グランツだ」

アマリア船長は語りだす



ヴェリーナは港町で暴れていたところを、アマリアと出会う

ガタイがよく鍛えられた肉体を持つヴェリーナを止められる者はいなく、無法地帯の港町では王国の騎士は干渉していなかった

だが当時船の略奪を目論んでいたアマリアにとって、貴重な人材だった


「その怒りは、捨てなくていい。ただ、“燃やす場所”を間違えるな」


「なんだてめぇ!!」


ヴェリーナは高圧的な態度で威圧する

今にも殴りかかりそうな勢いだ


「私の側に立てば、その火は“誰かを守る力”になる」


「うさんくせぇな、“正義”や“信念”を語る奴など、全部嘘だと決まっている」


「うむ・・・なぜそう思う?」


アマリアが訪ねた

その問いに、ヴェリーナが語りだした




ヴェリーナが育ったのは、山岳鉱山都市

父も母も、幼い弟たちも、毎日石炭と鉄鉱石にまみれて働いていた。


町には国の旗が掲げられていたが、そこに“守られている”という実感はなかった。

生活は過酷、食事は粗末、でも彼女の家族は――「それでも笑っていた」。


父の口癖はこうだった。


「この拳は鍛冶に使う。誰かを殴るためじゃない」


父は大きな掌でヴェリーナの背中を叩く


「でも、もしも誰かが家族を奪いに来たら――俺は遠慮しねぇ」


ヴェリーナは、父の背中と大砲のような笑い声に憧れて育った


16歳のある晩。

帝国軍が突然現れた。


名目は「鉱山の国有化」だったが、実態は武力による強奪。

町は封鎖され、反抗の余地すら与えられなかった。


家族は「労働者再配置」という名目で収容所送り。

ヴェリーナだけが、父に突き飛ばされて逃げ出すことができた。


最後に見た父の姿は、

銃を前にしても背を曲げなかった男の背中だった。


逃げた先の廃鉱で、ヴェリーナは“音”を失った。

世界が静かだったのではない。心が沈黙していたのだ。


何もできなかった自分。

奪われた家族。

正義など存在しなかった。




ヴェリーナは流れ着いた先で、失った音を取り戻すかのように、大暴れしていた

そしてアマリアと出会う


ヴェリーナはアマリアについて行く

案内されたのは、街やジャンクの山だった

アマリアはジャンクの山をかき分けると、キズや汚れだらけの大きな金属の塊が顔を出す

カルバリン砲を砲台だ


「砲台は拾った」


アマリアは自慢げなドヤ顔をしながら、砲台をぽんぽん叩く

ヴェリーナは反応に困った表情をして


「それをどうするつもりだんだよ」


「ヴェリーナ、君は力持ちそうだから、これをかついでくれ、私が撃つ」


カルバリン砲は長さ335cm、重さ2トン


「ふんっ、このおおおぉぉぉっ!!」


ヴェリーナは大砲のような爆音を出す

もちろんビクリとも動かなかった


「うむ、やはり無理か」


「はあ、はあ、こーいうのって普通、車輪のついた台車みたいなのに乗せて運ぶんじゃねえの?」


ヴェリーナは息を切らし、肩で息をしながら、問いかける


「そんなことわかってる、だがないものは仕方あるまい」


「大体、肝心な弾丸は?火薬もないと使えねえぞ」


「・・・・むう」


アマリアは正論を言われて、言葉に詰まる


「あとこんなもん何に使うんだよ」


「よくぞ聞いてくれた!私が求めているものは力だ、力があれば大抵のことが可能になる、あと大砲を撃ちたい」


「あんたテロリストにでもなるつもりか?」


「テロリストか……それも悪くない、だが責任なき正義は私に信念に反する」


「だから俺は正義を・・・」


「信じてない、知っている、だがそれは"王国"の正義だろう、これは"私"の正義だ」


「いきなりそんなこと言われても」


「困惑するのも無理はない、今は私の背中をその曇り無き眼で見定めればいい」


「もしかしたら、力になれるかもしれねぇ」


ヴェリーナはアマリアを案内する

そこは山岳地帯に存在するかつて鉱山都市だった場所


「俺は家族で、鉱石採掘で生計を立てていた、今は王国の連中に強奪されたがな」


ヴェリーナは苦虫を噛み締めるように、表情を歪める

よっぽど悔しい思いをしたのだろう


「だから鉱石の見分けができるし、簡単な加工方法なら知っている」


特に鉛は融点は327.5℃と金属の中でも比較的低いので、加工が容易だ

銃や大砲の弾丸に使われている


「だがここは君にとって因縁の場所なのでは?」


アマリアはヴェリーナの表情を伺い、問いかけた

だがアマリアの思惑とは裏腹に、ヴェリーナはニヤッと笑っていた


「そんなこと気にするんじゃねえぇよ、アンタは大砲をつくれる、俺は復讐ができる、winwinってやつだ」


それからアマリアとヴェリーナは、鉛を盗み、弾丸を作り上げた

鉱石運搬用の荷車を盗み、台車を作った

護衛騎士団の銃から火薬を盗んだ




1年を掛けて、アマリアとヴェリーナは大砲を完成させた

だがこれは目的の通過点に過ぎない




とある早朝

いくつもの帆船が停泊している港町

太陽が水平線から照らす中、船員たちが木箱や木樽を帆船に運び入れている


ゴォォォンッ!!!


突然、砲撃音が鳴り響く

刹那、弾丸が帆船のマストを折り、船体に穴をあける


各船の船員たちは、慌ただしく船を降りる


「何が起きたあああああぁぁぁぁっ?」「誰だあああぁぁ、誰が撃ったああああぁぁぁっ?」


港で怒号と絶叫が入り混じる

刹那、一隻の帆船が帆を上げ、出航した


一体何が起きたのか?

時は前日の夜に遡る




「明日には作戦を実行し出航しようと思うのだが、君には申し訳ない仕事を与えてしまったな」


アマリアはヴェリーナに謝罪する


「ああ、構わないさ」


「もし君がその気なら、しばらく港から離れたところに停泊して待っているが」


アマリアはヴェリーナに手を差し伸べる


「それは帰る場所のない俺への同情か?」


「私の船は流れ者を拾う場所じゃない、誇りを拾い直す場所だ」


「いや、やめておく、海賊なんてガラじゃないし、こんな王国でも俺の故郷なんだ」


大砲の製作中、アマリアはヴェリーナを何度も誘ったが、断られていた


「そうか、過去と向き合うのもよし、でも、もし“この声”が君の中でまだ響いているなら、次に目を開いた時、隣に立ってなさい」


アマリアはヴェリーナに背を向け立ち去る


そして今朝

ヴェリーナは港町の帆船から見えないところで、大砲を向ける


「ったく試し撃ちすらしていないでぶっつけ本番とかイカレているぜ」


ぶつぶつ文句を言いながら火薬を詰め、弾丸を装填する

この1発のために1年かけてばかばかしい

アマリアと出会ってからの思い出が走馬灯のように、ヴェリーナの脳内を駆け巡る


「まあ・・・楽しかった・・・かな」


悪態をつきながらも、頬が緩む


大砲を港町の帆船に向ける

火薬を詰め、弾丸を装填する

導火線に着火すると


ゴォォォンッ!!!


圧倒的な迫力に思わず、ひるんでしまう

砲声で、耳がキーンッとなる


「・・・オヤジ」


大きく、そして高らかに響く父親の笑い声を思い出し、重ね合わせる


「オヤジ・・・俺は・・・」




ここは港町付近の沖


「うむ、思ったよりスムーズにいったな」


アマリアは先ほど出航した帆船から、港町を眺める

波風よりも港から響く罵詈雑言のほうが騒がしい


前日に木樽や木箱に忍び込み、帆船へ侵入

ヴェリーナの砲撃で誘導している間に出航する寸法だ


「やはりヴェリーナは来ないか、惜しい人材・・・いや、いいやつだったな」


一緒に大砲製作をしたのは、充実した日々だった

共に船旅をすれば、さぞかし楽しかろう

だが本人を不本意に連れて行っては意味がない

何よりも"力づく"はアマリアの正義に反する


ゴォォォンッ!!!


刹那、大砲を発射する爆音とともに帆船が大きく揺れる


「もう奪い返しに来たか・・・思ったより早いな」


冷静さを取り戻した船員たちが、砲撃を開始した

奪われるくらいなら、いっそのこと沈めるだろう

カルバリン砲の射程は約2km

射程範囲を逃れるにはまだ時間がかかる

回避に専念する?それとも反撃?

こちらの船員は全員ド素人だ、どちらも現実的じゃない

時間がかかれば、出航準備を整えた他の帆船も追ってくるだろう


「一体どうすれば?」


ドォォォンッ!!!


刹那、港町から爆音が響き渡る

砲撃音とは違う音だ

先ほどまで砲撃をしていた帆船が撃沈していた


「待ってくれえええぇぇ!!俺も乗るよぉぉぉ!!」


ヴェリーナが砲撃音にも負けない爆音で叫びながら、こちらに泳いでくる


「相変わらず無茶苦茶なやつ、だが彼女らしい」


突然の帆船の沈没で、港の船員たちは混乱している

今ならヴェリーナを拾いあげられる


舵を取り船体を逆向きにする

そしてヴェリーナに縄がついた浮き輪を投げた


ヴェリーナが浮き輪にしがみつくと、縄を引っ張りヴェリーナを引き上げた


そして船体の向きを変え、王国を後にした


のちに知った話だが、帆船の沈没の原因は、ヴェリーナが大砲ごと帆船に突っ込んだらしい


「私たち1年の努力をいとも簡単に・・・まあ、あいつらしいがな」



交易船から白旗が上がる

降伏を伝えるサインだ


船員たちが略奪品を持ち帰る


ヴェリーナは半裸のまま、しょんぼり肩を落としながら戻ってくる

どうやら自身の大きな体型に合う服がなかったらしい


そんな姿を見たアマリア船長は、くすっと笑い


「ヴェリーナ、とりあえずありったけの布を持ってこい、後でリジィに縫い合わせて貰えばいい」


ミネリアが腕を組みながら


「布は包帯になる、早く持ってくるんだ」


「布くらい自分で持ってこないのかよ」


セナは突っ込んだ


ミネリアが鼻でフンッと笑うと


「私はもやしだぞ、降伏したとはいえ、襲われたらどうする?死ぬぞ」


ペストマスク越しでも伝わるドヤ顔だった


「がははっ!!もやしどもは指をくわえて待ってな!!」


ヴェリーナは、大声で笑いながら、交易船へ戻る

セナとミネリアは何も言えず、互いに視線を合わせ、俯く


「自らもやしを名乗るのはいいが、他者に言われるのはメンタルにくるな」


ミネリアはボソッと呟いた


砲火の下でしか笑えない女…それがヴェリーナ・グランツ

アマリア船長と出会ったときはそうだったかもしれない

でも今のヴェリーナは、この船で誇りを拾い直し、笑顔を取り戻した

セナの目にはそう写ったのであった


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