暁日
夏休みが終わる頃にはレキトのことを知らない音楽ファンはニワカとすらネットの掲示板に書かれるようになっていた。
このひと月で出した3曲は全て5000万再生をゆうに超えている。
いくつかの雑誌の表紙にも載った。
その度に高校の同級生達からメッセージが届いていた。
音楽番組の出演すら早くも決まってしまった。
順風満帆すぎてあのギターのことをほとんど思い出さなくなっていた。
マネージャーから言われたので禁煙を始めたが些細なことでイライラするようになり事務所の人たちからはあまり好かれていなかった。
元々、育ちが悪いのもあって事務所には[アンチレキト派]が生まれていた。
[アンチレキト派]はさっさと曲やグッズを売れるだけ売って売り抜けようくらいに思ってマネージャーに雑に仕事を割り振っていたのもまたレキトのストレスになっていた。
大金が手に入ったがほとんど家に帰る暇もなかったので、手放してもっと良いところに住もう、とマネージャーが提案してきた。
レキトは家そのものにはこだわりがないので任せることにする。
ある日、仕事から帰り引っ越しの準備を進めていくと押し入れからあのギターが出てきた。
あれからまだ、ふた月と経っていないはずなのに仕事に忙殺されて忘れていた。
手に触れた瞬間、あの日のことがフラッシュバックする。
自らの意思で自らの為だけに弱者を傷つけ奪ったあの日を。
胃液が昇ってくるのを感じてトイレへと走る。
ーーーー♪
マネージャーからの電話で目を覚ます。
吐いたまま眠っていたレキトはトイレから這いずり出て電話を取る。
「お疲れ様ですー。レキトくん、いきなりなんだけどネット番組とか興味ある?事務所の偉い人経由でオファーが来てね、[あの現役高校生シンガーがギターに挑戦]みたいな企画やりたいから出てくれって言ってるのよ。」
吐き気が戻ってきたので今度はスマホを持ってトイレへ向かう。
「あれ?もしかして吐いてる?」
「いえ、平気です。」
「本当に?まぁいいや、撮影始まるまで触らないでね。初心者感消えちゃうと番組的にアレだからさ」
マネージャーは言いたいことだけ言って電話を切った。
(ギター‥触りたくもねぇ。)
スマホの通知を見るとユキノリやモリくんから[留年したら来年も現役高校生シンガーだな笑]とメッセージが来ていた。
(たしか出席日数ヤバかったな、事務所が調整してくれるとか言ってたけど、)
マネージャーに確認の電話を入れるも出ない、話し中だ。
数日後、例の企画とやらでスタジオへ行くとギターが置いてあった。
スタッフが沢山いる。
気がついたらカメラが回っているらしい。
恐るおそるギターに触る。
(大丈夫だ。吐き気はない。)
奪ったギターとは似ても似つかなかったのが良かったのかその日は何事もなく撮影を終えた。
プロデューサーやらディレクターやらがわざわざ楽屋にきて褒めちぎられる。
そしてその後食事に誘われる。
おそらくこちらが本題なのだろう。
行った先には当然のような顔してモデルやら女優やらのタマゴとかいう整った顔面の女性たちがいた。
(このおっさん達俺をダシに使いやがったな)
「初めまして、レキトです。」
「きゃー!すごーい!ファンですー」
とか言いながら女性に触れられるとレキトは大量の汗を吹き出し、その場にうずくまった。
呼吸も乱れ顔は青ざめる。吐き気もしてきたのでトイレへ駆け込む。
女性陣は冷めた目つきでレキトを連れてきたテレビ関係者を睨みつける。
またもあの日のことを思い出してレキトは自信が壊れてきているとようやく自覚する。
そんな事があったにも関わらず企画は好評でレキトの人気は天井知らずに上がっていき、事務所内のアンチレキト派もその勢力を弱めていった。