奪う側
商店街に着いた、時刻は午前3時を回っている。
元々シャッター街になっているこの場所は静寂に包まれている。
看板に書いてあった名前と住所の一部を頼りにここ辿り着いた。
着いてからここが昔、通っていた小学校の近所だと気づくが感傷的な気分になる余裕などレキトにはなかった。
目当ての時計屋の前で辺りを見渡すも監視カメラや巡回の警備員なんてものはない。
ユキノリから以前教わった方法でピッキングを試すとすんなりと開く。
中へ入るも件のギターはどこにも見当たらない。
スマホのライトをつけて初めて気がついたがレジの後方が居間のような作りになっていてそこで何かがこちらのライトを反射した。
ギターを見つけた。
すぐにそれを持ち帰ろうと土足のまま居間に上がると人の気配がした。
横を向くと小さな老人が両手を前に出して「やめてくれ」と小さく言った。
その手は震えていた。
レキトはほんの一瞬祖父のことを思い出す。
が、遅かった。
思い出すより前に押し倒してしまった。
ゴンッという鈍い音が聞こえる。
勢いでスマホを落としたのでどうなったか見えないが老人の唸るような声が聞こえた気がした。
急いでスマホとギターを持って逃げるレキトの心は本人が思う何倍も傷つき修復不可能な状態に陥っていた。
家に帰ると午前4時を回っていた。
ギターを押し入れに隠しそのまま寝る。
起きたら12時を回っていた。
滝のような汗をかいていたようで服も布団もびちゃびちゃだった。
シャワーを浴びて学校へ行く準備をする。
(昨日のこと、ニュースになってるかな。少なくとも警察は動くよな。)
テレビをつけるがその手のニュースはなかった。
ネットで検索するといくつか引っかかったがあまり大事にはなってないようだ。
安心して学校へ向かう。
途中でコンビニに寄って遅めの朝食を買って駐車場で座り込み食べているとたくさんのパトカーが通り過ぎて行った。
サイレンを鳴らしてないので署に帰るところだろう。
今度こそ学校へ向かうと何人かの高校生が向こうから歩いてくる。
「あっレキト先輩!お疲れ様でーす!」
後輩だった。
「なんか学校に用でもあるんすか?」
と聞かれてレキトは夏休み前だから短縮授業になっていることに気づいた。
恥ずかしかったので適当に相槌を打ち後輩たちと別れる。
ユキノリから着信が入る。
ユキノリの電話はとてつもなく長いので要点をまとめると「高校生シンガー募集の広告を見かけたから出てみろ、賞金も出るぞ」って事らしい。
これだけの内容に30分近くかけられるのだから上手く活かせればだいぶ稼げそうな才能が彼にはあるだろう。
レキトは歌が上手い。
特別な才能がある。というレベルでは決してないが元々の声質が良いのとルックスもそれなりなのとが相乗効果となり結果、ものすごく歌が上手いと言われている。
本人は声質もルックスも自覚がない事から、歌唱力は上の下とよく言っている。
しかし彼は昨日、いや今日の経験から非合法な生き方は自分に向いていないことを理解していた。
パトカーを見た時から汗が止まらないのだ。
ユキノリの言っていた広告を調べると応募サイトに飛べたのでエントリーをすると録音したUSBメモリも送るよう書かれていた。
どうやって録音するのかわからなかったので古谷に電話するが出ない。
モリくんに電話して事情を説明すると知り合いに頼んでみると言ってくれた。
後日モリくんの知り合いがやってるスタジオで録音させてもらい無事エントリーできた。
すると不気味なくらいにトントン拍子で話が進みグランプリを取り知らぬ間に芸能事務所の人と話す機会を得ることになったのだ。
約束の日に事務所へ行くとすぐにサインをする様に言われる。
気がついたら現役高校生シンガーとしてデビューしていた。
一度は捨てようとした明るい世界が向こうから寄ってきた。