奪われる側
祖父の遺してくれた家に帰ると人の気配がした。
玄関に置いてある中学校から盗んだ金属バットを握り気配のする2階へと静かに登りガラッと勢いよく祖父の部屋の扉を開けると小汚い水商売風の女がいた。
レキトはそれが自分の母親だと気づけなかった。
「テメー!人の家で何してやがる!」
バットを振りかぶる。
「びっくりしたぁアンタか、脅かすんじゃねーよ!」
その声を聞いてその女が母だとレキトはようやく気づく。
「かあさん…?」
数年ぶりの再会に驚く。
それもそのはずだ、出て行った頃から比べるとずいぶんと老け込んでいたのだから。
「アンタ、ジジイが通帳どこ隠してるか知らない?さっきから探してんのに見つかんないのよ。」
よく見ると部屋は物取りにでもあったかのように散乱していた。
恐らくこの女が全てひっくり返したのだろう。
「アンタ何言ってんだよ。爺さんは死んだよ。」
と伝えると女はタバコに火をつけこう告げた。
「じゃあ遺産あんだろ、アレよこしな。」
レキトは絶望した。
自分の親の死を知った上でこんな態度を取れる人間が自分の母親だから、ではない。
レキトはすでにこの女に何も期待していないから。
それよりも問題なことがある。
それは遺産の話だ。
遺産は確かにある。
が、それはレキトが高校を卒業するまでの生活費と考えてギリギリの金額だ。
もしそれを今奪われたら彼は高校をすぐに辞めて日払いの仕事に就くしかなくなる。
だから絶望した。
そうすると祖父の遺言だった[高校だけは卒業してくれ]という願いを達成できなくなるのだから。
レキトの祖父は娘(レキトの母)を中学卒業とともに家から追い出したことを後悔していた。
もっとも、娘が家にほとんど帰らず中学生とは思えない遊びに没頭していたからという理由はあるが、その事がずっと心残りだった。
そして祖父は亡くなる直前にそのことを全てレキトに告げた。
仲が良かったとは言えないが祖父の遺した想いにツバを吐けるほどレキトは堕ちていない。
膝から崩れ落ち、笑うことしかできないレキトを無視して女はレキトの部屋に向かう。
「懐かしいな、この部屋元々アタシんだったんだよ。」
レキトに話しかけるように大きな独り言を言うが彼の耳には入らない。
バタンという扉の閉まる音でレキトは放心状態から戻る。
部屋に戻ると祖父の遺した現金を隠していた洋菓子の缶がカラになって床に落ちていた。
レキトは財布の中の数万円以外全てを失った。