第7話 俺の人生の未来は何度も変わるかもしれない
黒川大智は数分前に、愛奈と別れの挨拶をして自宅にいる。
先ほど帰って来たばかりだが、リビングに辿り着くと食事用のテーブル上に料理が丁寧に並べられてあった。
良い匂いが大智の鼻孔を擽り、今週一週間の疲弊した体を癒してくれるようだ。
「帰って来ていたんだね」
キッチンにいた妹の黒川陽菜乃が、パンダがデフォルメされたエプロンを身につけたまま、リビングにやってくる。
「うん、ただいま」
「というか、この頃、遅いよね」
「しょうがないだろ、俺にだって色々あるんだからさ」
「まあ、いいんだけど……それで、この前の件はどうなったの? 進展はあったの?」
「アレか」
妹はエプロン姿のまま、大智のところまで近づいてくると返答を伺っている。
「それは……今のところ保留という事で」
「え? もしかして、好きではない相手の誘いを断ってないの?」
妹から驚かれていた。
「もうー、そういう事をしてるから、色々と面倒事に発展してくるんだからね!」
年下の陽菜乃から注意深く指摘されてしまう。
正論染みた事を言われてしまうと、何も言い返す事が出来なくなっていた。
「それで、本当に、それでいいの? 好きではない人からの誘いを断らなくても」
「それは後で決めるから」
「そ、それ本気なの?」
妹は大智の言葉に一瞬、目を点にしていた。
「本気というか、今はそれでいいと思ってるから」
「なら、たいちの勝手にしたら? 後で厄介事になっても知らないよ」
陽菜乃から雑な言われ方をされていた。
確かに、妹のいう通りにした方がいいと思う。
けれども、もう少し自分の中でゆっくりと決めたい。
ハッキリと決められないタイミングで、断定的な結論を出したくないのだ。
「まあ、その話はいいとして、今から食事するけど、たいちはどうする? 食べる?」
「できたのなら食べるよ」
「じゃあ、ちょっと待ってて。ご飯持ってくるから。たいちは席に座って待ってなさい」
陽菜乃はぶっきら棒な言い方をすると、一度リビングから立ち去って行ったのだ。
夕食時のテーブルに置かれているのは、ハンバーグを中心とした料理だった。
ご飯に味噌汁。ポテトサラダや、水が入ったコップがある。
妹がもっとも得意としている料理の品々であり、見ただけでも完成度の高さに感心を持ててしまうほどだ。
陽菜乃は大智と向き合うように、席に座って箸を持つ。
大智も箸を手にハンバーグの中心部分から食べ始める事にした。
「どんな感じ? 味付けには結構拘ったつもりなんだけど」
妹はまじまじと大智の様子を伺っている。
「いつもと同じで出来がいいよ」
大智は咀嚼し、考えながら簡潔に話した。
「じゃあ、問題なしって事ね!」
兄である大智から評価され、陽菜乃は満足そうな顔を浮かべていたのだ。
「そういや、陽菜乃の方はどうなんだ? 学校生活とかで困った事はないの?」
「それはないわ。私、たいちと違ってちゃんとやってるんだからね!」
陽菜乃はどや顔をしていた。
陽菜乃はしっかり者で何事もそつなくこなせるのだ。
妹なら問題なく学校という環境内でもやっていけているのだろう。
勉強の成績も優秀で、運動もそれなりに出来る。
大智が心配する必要性なんて微塵もない。
さっきの質問は愚問だと思う。
自分が深く考えすぎていると感じ、それ以上、追及した言い方はしなかった。
「というかさ」
一旦、二人の間で会話が途切れていると、陽菜乃の方から突然話題を振って来た。
「んッ、な、なに?」
急な状況に、大智はハンバーグを喉に詰まらせてしまう。
咽てしまった事で、コップに入っていた水を手に喉を潤す。
「たいち、大丈夫?」
「だ、大丈夫。気にしないで」
「まあ、なんていうか。あんたって……その仮にだけど……その子と正式に付き合う事になるっていう可能性はあるの?」
「……あるかもな」
妹が言っている、その子というのは佐久間愛奈の事である。
彼女の事は元々好きではなかったけど、同時に元々好きだった。
アイドルとしての彼女と、クラス委員長としての彼女。
全然違う存在に見えるが、どちらも彼女本人なのだ。
がしかし、クラス委員長としての印象が強く、今のところは本気で好きとかではなかった。
ただ、今後付き合っていく過程で、本気で好きになる可能性も十二分にあり得るといった感じだ。
あやふやな状態ではあった。
「へえ、そうなんだ。あんたって、ちょっと変わってるよね?」
「なんで?」
「普通はさ、好きな人と付き合いたくなるものじゃない?」
「そ、そうかもな。陽菜乃のいう通り、それが世間一般的には普通かもな」
「そもそもさ。そういう考え方をする、あんたを好きになる子も変わり者?」
陽菜乃は辛辣なセリフを毒舌なセリフを口にしていたが、ちょっと言い過ぎたかもと告げ、妹は食事に集中するようになったのだ。
大智は食事後、妹と一緒に後片付けをし、それから自室にやってきていたのだ。
大智は天井を見上げるような態勢で、ベッドで横になったままスマホを片手に眺めている。
「どこにしようかな」
今はスマホのネットで明日行く場所を調べている途中だった。
今日の帰り際に、愛奈と明日遊ぶ約束を交わしていたのだ。
話の流れで、大智がおススメしたい場所に行きたいと愛奈は言っていた。
だから、難しい顔を浮かべながら、大智は真剣に行き先を悩んでいる。
女の子を上手くリードできるかはわからないが、ようやく念願の女の子とデートが出来るのだ。
初めてのデート相手は葉月ではなく、愛奈の方だった事に、大智自身も正直なところ驚いてはいた。
最終的に愛奈と高校最後まで付き合う事になるかもしれないし、そうでもないかもしれない。
もしかしたら、葉月と付き合う結論に至るかもしれない。
未来なんてわからないのだ。
元々好きだったアイドルの子と高校で出会い、それから付き合うといった展開になる事もある。
未知数だからこそ、僅かなチャンスでも逃すわけはいかないのだ。
そんな時、大智が調べている最中に、丁度いいデートスポットを見つけたのである。
大智が見ているスマホの画面には、この場所に行きたいと思えるスポットが映し出されてあったのだ。
興奮気味に、心を震わせていると――
刹那、メール音が自室に響く。
誰からだろうと思いながらも上体を起こし、ベッドの端に座る。
誰からだろ……。
今、大智のスマホにメールを送って来たのは、クラスメイトの高島葉月だった。
明日一緒に遊ばないという誘いの内容だ。
だが、明日はすでに予定が入っている。
葉月からの誘いを断る事に抵抗があったものの、やはり、ダブルブッキングだけはしたくないと思い、明日は用事があるからと嘘をついて丁寧に断る事にした。
メールを送ってから二分後くらいには、葉月から返答が返ってくる。
それならしょうがないねと、そういった簡易的な内容だった。
葉月からのメール文を見て、心苦しくなってきた。
「断って、正解なんだよな……」
少々不安を抱きながらも、嘘をついた事に関して、疚しい感情に押し潰されそうになるが、大智はスマホをグッと握ったまま深呼吸をする。
明日、愛奈と付き合い、来週の月曜日にまでには、どちらと付き合うか正式に決めようと思う。
どこかで、しっかりとした判断を下さないといけないのだ。
大智は決心を固めようとして、一度瞼を閉じ、何度も自身の心に訴えかけていた。
「……うん、次こそは――」
決心が固まってくるなり、大智は瞼を見開いて、それから明日のスケジュールを組み立て始めるのだった。