第5話 どっちを好きになればいいのだろうか
放課後の時間帯。
授業も終わったし、帰るか。
準備を終えた黒川大智は、予定通りに葉月と共に教室を後にする。
今から向かう先は、街中である。
朝。高島葉月と登校する際に、街中のCDが売っている場所に向かう約束をしていたからだ。
大智はすでに日直のすべきことを終わらせており、日直としての業務連絡事項も担任教師に報告を済ませていた。
ゆえに、心置きなく帰る事が出来るのだ。
二人は校舎の階段を下って、昇降口へと向かっている最中。
大智は先ほどの教室内での出来事を振り返っていた。
クラス委員長の佐久間愛奈は大智の事を信用しているようで、帰宅する時には、そこまで追求した発言はしてこなかったのだ。
むしろ、人がいる前では話しかけづらかったのだろう。
愛奈の事は好きとか嫌いではなかったが、隠し事をしている時点で疚しさを感じていたのだ。
二人は昇降口で外履きに履き替えると、校舎を後にするのだった。
街中に到着すると、大智は葉月が入りたいと言っていたお店に直行する。
他にも色々な店がある中、彼女は迷う事はなかった。
アーケード街の中心らへんにあるCD関係のお店に入る。
入店直後から、今流行りの音楽などが店内に響き渡っていた。
アイドルソングなども流れており、久しぶりに聴いた気がする。
中学生のあの頃から、大智はアイドル関係の曲すら聴いていなかった。
懐かしくも、悲しくもある。
それに、あの応援していたアイドルが、クラス委員長とは未だに信じられていなかった。
やはり、疑っているのだ。
昔の彼女は黒髪のロングヘア。
髪を切るだけで人の印象が変わると言われているが、本当に髪で雰囲気とかも変化するならば、ショートヘアな今のクラス委員長が、あのアイドルで間違いないかもしれない。
悩み込んだ顔をしていると、隣にいる彼女からヘッドホンを渡された。
大智はそれを受け取り、耳に当て、一先ず聴いてみる事にしたのだ。
「でも、何か違うような……」
大智はCDが置かれている棚の前で、心の声を漏らしてしまっていた。
「え? 大智には合わなかった感じ?」
「ち、違うよ。俺の独り言で」
大智は不審に思い、隣を見やると、彼女はどうかしたの、といった顔を浮かべていた。
彼女に誤解を与えないためにも、慌てて説明しておいたのだ。
「そうなの? でも、人がいるところで独り言は話さない方がいいよ。勘違いされるかもしれないし」
「そ、そうだな」
今は、葉月と一緒に、店内の新曲タイトルが置かれているエリアにいる。
葉月とのやり取りを考えればいいだけであり、この場所にはいない愛奈の事は一旦、忘れようと思った。
今、ヘッドホンをつけ、聴いている曲というのが、今季のアニソンを担当しているアイドルグループだった。
昔と比べると、全然違う。
黎明期の頃から応援していたグループとは別物に感じてしまうのだ。
時代というのもあるが、やはり、過ぎ去った過去を振り返ると、思い出が湧き上がり、悲しくもあった。
昔、大智が応援していたアイドルは、テレビとかに引っ張りだこで、日々活躍していて見ない日はないほどだったのだ。
毎日、彼女らはテレビの画面や舞台で輝き続けていた。
今では昔のような勢いもなく、あのアイドルが引退してから、トップで活躍していた子らも次々に抜け、テレビにはあまり出なくなっていた。
中心となる、あのアイドルがいなくなってから、芸能界でも下火が続き、普通の状況に落ち着いてはいた。
ただ、ネットニュースでは、たまに活動をしているという記事をチラッと見た事がある程度。
誰が今、リーダーを担当しているかはわからないが、もうあのグループを応援する事を辞めた大智からしたら、どうでもいいことだった。
「……」
ヘッドホンを耳にして、今聴いている曲は、全盛期だった頃の、あのグループの面影を感じさせてくれるようだ。
「ねえ、大智ー」
その時、微かに声が聞こえた。
それは隣にいる葉月からの呼びかけだった。
大智はヘッドホンを耳元から外す。
「どうだった? 気に入ってくれそう?」
隣にいる葉月から感想を聞かれていた。
「ま、まあ、そうだね」
「なんか、嫌だった?」
彼女は不安そうな顔を浮かべている。
「そうじゃないけど。でも、この曲自体は好きな方かな」
大智は彼女を心配させないために、明るく返答した。
「本当? 良かった。やっぱり、この曲なら大智も気にいると思ってたから」
葉月も、この曲が好きらしく、テンションを上げながら話してくれていた。
そんな彼女を見ていると、ますます、このアイドルの事を知っているとは言い出せなくなった。
二人は店屋でCDを購入すると外に出る。
CDについている特典というのは、アイドルらのチェキ的なモノだった。
今の人数はわからないが、昔は三十人ほどいたはずだ。
全種類を集めると、かなりの額がするだろう。
本気で応援しているなら、数十万。いや、数百万円とつぎ込むとはずだ。
昔に比べ下火だとしても、全国にガチ勢という人種はいるものなのだ。
葉月は、そのアイドルの事に関しては、つい最近知ったみたいであり、そこまでのガチ勢ではないらしい。
「私、この曲のアニメを見始めてるんだけど、大智も一緒に見ない? 今週中の休日とか、時間があれば、どうかなって」
「今週中か」
特に予定はないのだが、多分、愛奈から誘われそうな気がして、すぐには承諾する事は出来なかった。
大智は返答を濁らせながら、彼女と共に帰路に付くのだった。
その日の夜。
大智は一人で自宅の自室のベッドで仰向けになりながら、白色の天井を見上げていた。
元々は、葉月に告白する事を目的に、今まで学校生活を過ごしてきたのだ。
けれど、不思議と告白したいという気分にはならなかった。
好きではなくなったとかではないが、上手く自分の中で定まらなくなっていたのだ。
愛奈の事は好きではなく、最初は妹の陽菜乃からアドバイスを貰った通りに断ろうとしていたが、現状、それを実行出来てはいなかった。
「やっぱり……でも、俺はどうしたらいいんだろ……」
クラス委員長の愛奈が本当に、あの憧れていたアイドルなら、正式に付き合えるチャンスなのだ。
念願の夢でもあった。
「……今日は、もう寝よう……」
大智は自室から出ることなく、そのまま就寝する。
電気を消した瞬間から、その部屋は真っ暗になったのだった。