第4話 私、君にだけ伝えたいことがあるの――
黒川大智は学校内にいた。
クラスメイトの高島葉月と一緒に登校し、今は教室の自分の席に座っていたのだ。
特に変わった事もなく、普段通りに教室で過ごしている。
朝のHRが始まるまで間、大智は一人でスマホを操作し、時間を潰していたのだ。
いつもと少し違う事があるとすれば、クラス委員長――佐久間愛奈の存在である。
彼女は普段から強気な態度を見せていることが多いものの、今日は少しやんわりとした表情が特徴的だった。
大智に対して、昨日、自身の想いを伝えることができたからなのか、微妙に違う。
若干、女の子らしくなったと感じる。
愛奈は女の子ではあるのだが、いつもと比べ態度が変わったからこそ、そのような雰囲気が強く伝わってくるのだ。
表情も明るくなり、他のクラスメイトはあまり気づいていないようだが、昨日本心で彼女と会話した事もあってか、それが何となくわかる。
そんな気がした。
それに昔、どこかで見た事のある面影を感じ始めていたのだ。
「今から始めるから、席に着くようにね」
教室にやって来た女性の担任教師が壇上前に立つと、その時点から出席確認を取り始める。
皆、急いで席に着き始めるのだ。
朝の連絡事項を終えると、少しの休憩時間を挟んだ後から一時限目の授業へと移り変わる。
一時限目と二時限目は、教室内での授業だったが、次の授業は違う。
今日の三時限目は体育の授業であり、陽キャらはテンションを上げながら、学校指定の体操着に着替え、体育館へと颯爽と向かって行く。
基本、体育の授業中にやる事は決まってはいない。
男性の体育教師は黒色のジャージに身を包み、面倒くさそうな顔をしていた。
その教師曰く、高校生相手に命令したりして、運動をさせるのが好きではないらしい。
スポーツであれば何でもいいというのが、この学校に勤務する体育教師の方針なのだ。
陽キャらからすれば自由に行動できる事に楽しさを感じられる。
が、逆に言えば、大智は自分から積極的に行動できない事も相まって、体育の授業も一人で過ごす事が多かった。
けれど、今年からはクラスメイトに葉月がいる事で、何とか自分の環境を確保できていたのだ。
葉月とは一緒にバトミントンをする事になり、体育館内で交互にラリーを続けていた。
一緒に授業を受けてくれる人がいて、大智は現状に感謝している。
昔から音楽を聴いていた事もあって、それがきっかけで彼女とは友達として関係を続けているのだ。
アイドルの応援をしている時期が無かったら、このような出会いはなかっただろう。
二人がバトミントンをしている最中。
他はというと、体育館の中でバスケをやったり、外でサッカーをしている人らもいる。
全員が全員、団体競技をやっているわけではなく、大智らと同じくバトミントンをしたり、はたまた別の部屋で卓球をしている人らもいた。
体育の授業が終わると、次が昼休みであり、すぐに体育館を後にして学校内の食堂や購買部に向かって行く人らを見かける。
そんな中、大智はまだ体育館に残っていた。
大智は今日、日直であり、クラス委員長の愛奈と共に体育館倉庫で後片付けをしていた。
愛奈が今着ている学校指定のTシャツは汗で濡れている。
彼女も運動していたのだろう。
皆がいる前では、大智に対して直接会話を仕掛けてくる事はなかった。
一緒に作業を続けている最中、愛奈が何を考えているのか、少し気になってはいたのだが、自発的に話しかけようとは思わなかった。
愛奈とは扉の空いた体育館倉庫で二人っきりの状況。
彼女と一緒にいると、葉月の事が脳裏をよぎってしまい、ヒヤヒヤする。
別に浮気とかではないけど、隠し事をしている事で、愛奈の方を見る事が出来ていなかった。
変なタイミングでバレなければいいと思いながらも、今日使った道具を整理しながら彼女と共に作業を続けていた。
「大智って、今日、暇? 暇だよね?」
ある程度、作業が終わった頃合い、彼女の方から話しかけてくる。
「今日って……放課後のこと?」
大智は作業していた手を止め、近くにいる愛奈を見やった。
「うん、放課後だよ」
「放課後か……」
「何か予定でもある?」
彼女は首を傾げていた。
「それが少し友達と」
「友達?」
「そ、そうなんだ」
大智は、葉月とは友達という名目で、愛奈と話を続ける事にした。
「どんな友達?」
「まあ、それは」
がしかし、葉月の名前を直接言う事には抵抗があった。
あまり、プライベートな情報をバラしたくなかったからだ。
「でも、浮気じゃないならいいけど」
「う、浮気じゃないさ。普通に友達で」
「まあ、昨日約束したくらいだもんね。浮気なんてしないよね」
愛奈は念を押すような話し口調で、大智へ笑顔を見せてきた。
満面の笑みが、今の大智からしたら心に突き刺さる。
皆がいる前とで彼女の雰囲気が全然違い、大智はそれに動揺しながらも、隠し事をしている後ろめたさも相まって息苦しさも感じるほどだった。
「まあ、今日遊べないなら無理に強要はしないけど……それと、今から言いたいことがあって。一応、言っておきたいことがあって」
「え?」
愛奈は恥じらいを持った顔付きになった。
二人は体育館倉庫内で、向き合った態勢になっている。
「だからね、私」
彼女はその時、唇を震わせながらも勇気を持って口を動かそうとしていた。
「……でも、本当に、これは君にだけ教える事なんだけど。だから、誰にも言わないって約束してくれる?」
大智は唾を呑む。
何を言い出すのかわからないまま、彼女の様子を伺う。
「内容にもよるけど。どんなこと?」
大智は彼女の約束を受け入れるかのような姿勢で、一応頷く。
「私……元々アイドル活動をしてたの。でも、今のような感じじゃ、理解してもらえないと思うけど。大智にはそれを伝えたかったから」
愛奈はハッキリとそう言った。
自身がアイドルだと――
普通は自分から自白する事はしない。
ましてや、今まで公表していなかったのだから、誰にも言いたくない情報なのだろう。
それを大智にだけ話したという事は、信頼をしている証だと思った。
確かに、愛奈を、どこかで見覚えがあった気がする。
そんな面影を昨日の放課後から感じてはいた。
その時、大智の脳裏にある事がよぎる。
それは昔、応援していたアイドルと愛奈が似ているという事。
本当にその子と、今目の前にいる愛奈とそっくりなのだ。
それはただの自分だけの思い込み的な感じではないような気がしていた。
本当に愛奈が、あのグループの元アイドルだったとしても、現実味が無さ過ぎて、大智はそれを受け入れられず、葛藤しながらも心を震わせていた。
本当に、あのアイドルなら嬉しい。
けれど、すぐには受け入れがたい事ではあった。
クラス委員長としての彼女と、あのアイドルの性格が正反対だからだ。
そもそも、あのアイドルの出身地は、大智が住んでいる街からかなり離れていたはずであり、そんな子が同じ学校に通っているとは考え辛い。
騙されているのか、疑いたくなってくるほどだ。
大智は現実だと思えず、頬を引っ張ってみるのだが、物凄く頬に痛みを感じる。
これは現実……?
それから再び、彼女と正面から向き合う。
愛奈は真剣な想いを浮かべた目で、大智の事を見つめていたのだった。