第2話 なぜか、彼女は俺にだけ明るく振舞ってくれる
放課後の、誰もいない教室内。なぜか、目の前にいる彼女と付き合うことになった。
彼女というのは、クラス委員長の佐久間愛奈の事である。
半場成り行きみたいな流れで関わることになったのだが、黒川大智は承諾した後も少し悩んだ顔を見せていたのだ。
「私と付き合ってくれるんでしょ?」
普段は強気な発言の多い、クラス委員長な愛奈が、大智に優しく話しかけてきてくれる。
その行為には違和感しかなく、大智の心臓の鼓動が変に高鳴り始めていたのだ。
だが、付き合うと言ってしまった以上、ここから断るという事は出来なかった。
そして今まさに、目の前にいる彼女から真剣な瞳を向けられている。
「ねえ、付き合ってくれるんだよね?」
再び彼女から問い詰められる。
愛奈がなぜ告白してきたのかわからないまま、大智は目の前に佇む彼女と強制的に向かう事となったのだ。
「でも、本当に俺でいいの?」
「いいのって、いいから、そういう風に言ってるんだから! 何度も聞かないで」
普通、好きでもない相手に対して告白するという行為はしない。
大智は俯きがちになり、考え込んでしまう。
という事は、本当に好きなのか?
委員長が⁉
学校生活において、まったく自分に対する想いがあったとは感じた事もなかった。
どう考えても、学校行事とかで親しい間柄になった経験があるわけでもなく、好きになるきっかけがあったわけでもなかったはずだ。
大智は再び、彼女の顔を見やる。
愛奈は、ジッと大智の顔を見ているのだ。
彼女は普通にしていると美少女である。
どこかで見た事のあるような面影があった。
しかし、思い出せないのだ。
「ねえ、これから時間ってある?」
「時間?」
「そうよ」
「一応あるけど」
「だったら、一緒に帰らない?」
「なんで?」
「付き合うことになっただし、別に一緒に帰宅してもいいでしょ?」
「そうかもしれないけど」
急展開過ぎないか?
それにしても、委員長はここまで恋愛に積極的だったのか?
「それに、ここでこんな話をしていて、誰か聞かれたら困るでしょ?」
「そ、そうだな」
「あと、課題は終わったの? 文化祭の件と、先生から出された課題は?」
今日中に、文化祭の企画書を彼女に提出する必要性があった。
それは早急にやらないといけないのだ。
色々と彼女を待たせてしまっている以上、今以上に迷惑をかけるわけにはいかなかった。
「それは今やってる途中で。すぐには帰れないんだけどね」
「なら、早く終らせなさい。一応、先生から出された課題も終わるまで教室で待ってあげるから」
愛奈は真剣な眼差しでそう言い、自身の席に座り、それから大智の席へと体の正面を向けていた。
彼女は本当に最後まで残るらしい。
しょうがないと思い、大智は再び席に座り、机の上に置かれている用紙と向き合うのだった。
課題が終わった頃には、教室から見える景色は薄暗くなっていた。
大体、夜の六時頃。
普段はこんなに帰宅する事はないのだが、いつもと景色が違って見えていた。
「ねえ、街中でも寄って行かない?」
「今から?」
二人は学校の校門を抜け、通学路を歩いている最中だった。
「そうだけど。時間あるんでしょ?」
「まあ、ある程度は」
「なら、いいじゃない」
愛奈は小声で言っていた。
恥じらった口調になりつつも、そんな姿を隠すかのように彼女は駆け足で進んでいく。
「早く来て」
「え? あ、ああ」
学校にいる時の愛奈は殆ど笑顔を見せる事はない。
今の彼女を見ていると、何かから解放されたかのような印象を受ける。
本当の彼女は、もう少し優しいのかもしれない。
街中に到着すると、街頭の明かりでアーケード街周辺が照らされてあった。
学校帰りに夜の街を通る事は殆どなく、逆に新鮮な感じがする。
「それで、どこに行く予定だったの?」
「それはグッズを購入するためよ」
「なんの?」
「行けばわかると思うから」
彼女の後を付いていくように進んでいく。
愛奈と到着した場所は、アイドル関係のグッズが取り扱われている店舗。
アイドル活動している女の子らと関連する商品が棚には並べられているのだ。
一週間に二回ほど、近くの劇場でアイドル活動をしている女の子らがいたりする。
昔、大智もアイドルグループを応援していた経験があり、彼女とは親近感が不思議と湧いてくる。
もしかして、委員長もオタクだったりするのか?
そんな事を考えながら、大智は彼女とその店の中で買い物をする事になった。
三十分ほど、二人で店内を回って歩き、愛奈は欲しいと思ったモノをまじまじと見ながら選んでいた。
近くの棚には、アイドルが着ている衣装や、アイドルの写真付きのCDなどが売られてあった。
「もしかしてだけど、佐久間さんはアイドルが好きなの?」
大智は勇気を持って話しかけた。
「……好きというか、まあ、そうかもね」
愛奈は後ろめたい表情を見せつつも、大智から視線を逸らしていた。
あまり聞かれたくない趣味だったのだろうか。
誰にでも知られたくない趣味や過去の黒歴史はある。
大智も昔、今よりも陰キャでかなりのオタクだった。それに関しては、あまり高校生活でバラされたくない情報なのだ。
まあ、余計な発言はしないように心がけ、大智は彼女の買い物に付き合うのだった。
「今日はありがとね」
店屋から出た直後、愛奈からお礼を言われた。
「別にいいよ」
「でも、あなたも何か買ってから帰る?」
二人は歩きながら会話し始める。
「それは……今日はそのまま帰るよ」
「そう。私は寄って行きたいところもあったんだけど」
「でも、俺。早く家に帰らないといけなくて」
「じゃあ、しょうがないね」
委員長は本当に学校にいる時とは違う。
別人だと思えてくるほどだ。
「ねえ、本当に明日からも付き合ってくれるんだよね?」
愛奈からまじまじと見つめられる。
「そ、そういう約束だからね」
「なんか、少し不安だから連絡先を交換しない?」
アーケード街の入り口付近に到着した頃合い、愛奈は立ち止まり、スマホを取り出してアドレスを要求してくる。
「い、いいけど」
大智も流されるがまま、スマホを取り出して彼女と交換することにしたのだ。
「じゃあ、明日からもよろしくね」
交換が終わると、愛奈は元気な顔を見せてくれる。
大智は、街中から少し離れた場所で彼女と別れた。
愛奈は、大智が普段から使っている道とは違う方向の道へ向かって駆け出し、走り去って行ったのだ。
大智は、そんな彼女の後ろ姿を見ていた。
暗くなった道から愛奈の姿が見えなくなるまで――