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「ところでここは一体何処なのかお聞きしても?首無し騎士の住む国って言ってましたけども」
騎士の後ろを歩きながら質問をする。どうやら紳士と自称するだけはあって、ありがたいことにこちらの歩幅の事も考えてゆっくり歩いてくれている。彼が普通に歩いたら完全においてきぼりだろうからその気遣いは素直に助かる。
「この国の名前はアルトスと言ってな、俺はこの国の騎士団長でもあるんだ。凄いだろー?んでここは騎士団の詰所であり城でもある。」
「エッ、うそでしょ。ほんとに偉い人だったんだ…」
「やだー信じてくれてなかったのー、俺めちゃめちゃ悲しいんだけどー」
「そのノリで騎士団長なんて言われても中々信じられないんですよねー」
「能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?」
そう言ってドヤる騎士に対して何故か少しだけイラッとした。
「王様は?」
「王は居ない。騎士団の団長達が国の運営をしているんだ」
「騎士団長は政治家でもあるのか…あっ、ところでお名前聞いても?」
「ナンパですかあ?お主中々やる…アッちょっと待って凄い、凄い顔になってるから!ゴメンナサイちゃんと答えます!」
どうやらイラッとしたのが表情に出てしまったらしい。顔に出やすいのも色々考えものだ。
ゴホンと咳払いをした騎士は長いマントを翻して格好をつけ始めた。
「俺の名はアルト、この国で一番の騎士で紳士だ!」
「はあ、左様で」
「反応薄っ!そこはホラッ、ときめくものなんじゃないの!?」
「生憎とそういう感性は持ち合わせていないもので…そもそもそれは一体何処情報なんです?」
一体何処の転移者もしくは転生者から聞いたんだか。というか私みたいなのにときめかれても面倒なだけではと思わないでもない。悲しくなるだけだから言わないけども。
「一応私も名乗るだけ名乗っておきます。実乃都…ミノトですはい」
「ミノトちゃん!何か可愛い名前だね」
「ちゃん付け普通に止めていただきたい」
「冷たい!でもそんな対応もちょっと癖になるかも…」
「それよりもハロワ…じゃなかった仕事の斡旋所みたいなとこ教えてほしいのですが」
「スルー!?でも何で?」
「何でって…お金がないと何も出来ないからですが。先立つものがないと」
そう、何をするにも大抵お金が必要になる。逆にお金がかからない事なんてあるのだろうか。食事にも衣服にも住居にもお金が必要、つまりお金を得る為に働き口を得なければならない訳で。それをアルトに説明すると、転移者なのに現実見過ぎだと言われてしまった。
現実見て何が悪い。
「いや、でも転移した人間が就ける職なんて限られてるが…それでもいいのか?」
「え、どういう事?」
「んーそうだな…娼館くらい」
「極端だな!?いやいやおかしいでしょ!?どこのエロ本の世界設定!?」
「おかしくないぞ?この世界じゃ人間という種族がそもそも少数だし何よりその人間の異世界からの転移者となると身分証明するものがないから娼館で働かされるか、保護されて騎士に引き取られるかとかって感じだな!因みにまともな職はとにかく騎士に引き取られて身元の保証が出来てからってとこ」
「うっわ…もう二度と自分の勘など信じぬ」
そう呟いた私の表情が相当やばそうだったらしい。アルトが慌て出した。多分漫画とかならアセアセみたいな効果音が周りに出ているのではなかろうかと思える位だ。
「あっ、言ってもちゃんと双方の合意のもとで引き取りになるしその後はちゃんとお世話されるから危険は一つもないぞ!?嫌なら保護施設で過ごす事も出来るし!そ、それに」
「それに?」
「俺、ミノトの事引き取りたいと思ってて」
なんて?初対面だぞ私達。自分で言うのもどうかと思うが失礼な対応しかしてない人間をよく引き取りたいなんて思えるな。
ぽりぽりと兜の頬の辺りをかいて少し照れくさそうに言うアルトの姿は嘘を言ってるようには見えない。しかし自分の勘はクソ、そう判明した今あっさり信じて引き取って下さいと言うのもどうかと思う訳で。
「はい!引き取りたい理由!3・2・1!?」
「突然だな!?いや、なんつーか、こうビビッときたっつーか。ぶっちゃけ一目惚れデス!!」
「生憎と一目惚れは信じぬ」
「ねえそれ何のキャラなの?あとバッサリ過ぎない?俺泣くよ?」
「私みたいな見た目悪い人間に一目惚れなんて言われても困惑するだけですけども?」
「あ、見た目じゃなくて魂の方だからそこは安心して」
間。大体十秒程経過しただろうか。
じゃあいいか。なんて思い始めた私はもう末期だろうか。魂って何だ、見えるのかそんなものが。それはそれでちょっと怖いのだが。
「俺達は魂の状態で相手を見るから外見…顔とかは特に重要視していないんだ。安心した?」
「少しだけ。それで、私の魂とやらは一体どういう状態だって?」
「程よく卑屈で程よく善人で程よく俺の好きな色なんだよミノトの魂!だから一目惚れです俺に引き取られて下さい!」
お願いしますとばかりに差し出されたアルトの右手。いや、どうしろと。というか、程よく卑屈とか程よく善人とかって何だ。悪かったな程よく卑屈で。
しかしまともな職に就くには引き取られて身元の保証をされなければならないとは。とはいえ保護施設で私なんぞを引き取りたいって物好きがアルト以外に出てくるのかというと正直一等の宝くじが当たるかどうか位怪しい。それならばいっそ相手の気が変わる前に引き取ってもらうのも十分選択肢に入る。どうする、今ある確実なチャンスを掴むか棒に振るか。
「アル、」
「敵襲ー!魔獣の群れが入り込んできたぞー!」
「はい?」
間が悪すぎませんか。
アルトはその報にすぐ迎えに来るからとがっしょんがっしょんと音を立てて走り去ってしまった。いや、置いてくなよ。どうしたらいいのさ私一人こんなとこでポツーンて。
「仕方ない。追っかけるか」
魔獣というのも気になるし、この世界の諸々を見て情報を仕入れなければ。まずはアルトが走り去った方向へ向かってみる。起きたことの規模を考えると大きな騒ぎだろうから何かしらの手掛かりはあちこちにあるだろう。
そして鑑定を自分に掛けた時に見たスキルと思わしき文言。これは案外役に立つんじゃなかろうか。走りながらもう一度自分に鑑定を掛けてスキルの詳細を読み込んでみる。
「なんぞなんぞ。スキル【エンチャント】。様々な効果を付与したり能力の強化をする事が出来る。はいはい所謂バッファーて事ね、よくありそうな感じのスキルだけどこれは中々いい感じのスキルなのでは?ってちょっと待て。ただし自分には使えない?何でだよ!?意味ないじゃん!?どうしろってか!体力10で更にスキルも自分の為に使えないってクソゲー過ぎませんか!!」
酷い話である。自分のスキルなのに自分の為に使えないとはこれ如何に。こんな話あってもいいんですか、よくないでしょ。体力からスキルまで踏んだり蹴ったりである。
「はあはあ…おのれ…いや、まあ…スキルを使ってみて、その有用性次第か。それからもう一度判断するべきか」
何事もまずはやってみなければ。何もしない内から文句を言ってはクレーマーになってしまう。とにもかくにも実践が大事だ。
確か漫画とかではスキル名を口にしながらイメージして使ってたりとかあった。私の場合もそんな感じでいいのだろうか。試す為にもまずは自分以外の誰かを見つけなければ。自分にはスキル使えないってんだから不便でしかた無い。
爆発音や金属のぶつかり合っているような音が近付いてくる。どうやら騒ぎの現場は近そうだ。
何とか無い体力振り絞ってその現場に辿り着く頃には当然ながら混乱の真っ最中で、私が探していたアルトは魔獣と思わしき怪物達と交戦していた。
アルトには悪いがこれはスキルを試すには好都合な状態。まずはアルトを見据えてどの能力を強化するかをイメージする。何か魔力的なイメージがないから素早さと、筋力辺りだろうか。うん、攻撃は最大の防御って言うしな。
決めたら後はアルトに強くなれと念じながら集中、ぶっつけ本番だ。
「エンチャント!」
ぶわっと突風が起きたような錯覚。思わず目を瞑ってしまい、その場に尻もちをついてしまった。恐る恐る目を開けると、なんということでしょう。その場にいた魔獣達はみんな地に伏していた。そして、いつの間に近づいたのかアルトが私の目の前に。
「ミノト」
「はいはい」
「俺に、一体何をしたんだ?」
「多分強化?バフを盛った?まあそんな感じかと」
どの程度強化されたのかはアルトのステータスを確認していないから分からないが、どうやら相当強化をされてしまったらしい。強化をした側が強化の度合いを把握出来ていないのはちょっと問題だ。
こっそり、こっそりとステータスを覗き見る位なら許されるだろうか。気分はまるでこう、盗み見をする輩のような気分で心臓が妙にばくばくする。聞こえない程度の小声でアルトに向かって鑑定と言うとアルトのものと思わしきステータスがずらずらっと現れた。
そして私は思わず
「ステ…ごりらじゃん…」
と呟いた。