魔王との邂逅
***
「――こら、さっさと起きんかユーリ!」
痛っ。
脳天への衝撃を受け、俺の意識は少しずつ現実に引き戻されていく。何だかとても長い夢を見ていた気がするけど、思い出せない。まあ夢ってそんなものか。
視界に微かな光が差し込んでくるが、眩しいほどではない。もう日暮れか……?
そうだった。少しずつ眠りにつく前の記憶が蘇ってきた。
今日は異世界研修の日だったのに、小学校から無遅刻無欠席の俺は今日というピンポイントで体調を崩してしまい欠席を余儀なくされたのだ。
「ここは……」
自分のベッドにしては硬すぎる。枕の感触も違う。
ひとまず上体を起こして――と、起き上がったところで、自分の身体の違和感に気づいた。
やけに軽かった。風邪をひいて全身に気怠さを感じて、頭もボーっとしていたはずなのにそれが全部なくなっている。
数時間眠っただけで治ったのだろうか。だとすれば高い免疫力にお礼を言いたいところだけど、だったら最初からウイルスに負けるなって話だ。
「――ようやく目が覚めたな、気分はどうじゃ?」
ん……?
何やらどこかで聞き覚えのあるような、甲高い声音が耳に入ってくる。横を向くと、頭に二本の黒い角を生やした女の子が仁王立ちしていた。
二本の……黒い角……?
あぁそうか。やっぱりこれは夢だった。俺の部屋はこんなカビ臭くて老朽化した家畜小屋じゃないし、よく見ると女の子の後ろには、ゲームに出てきそうなモンスターみたいなのが立っている。
もう一回寝よう。
そう思い、再びベッドに背中を預け目を閉じた俺の髪の毛が――毟り取られた。
「いでででででででっ! 何すんだこのっ……!」
「時間がおしているというのに、二度寝とはいい度胸じゃのユーリ!」
「痛てえ……」
頭をさすり、ちゃんとそこに毛が存在していることを確認する。よかった、完全に持ってかれたかと思ったけど、多分犠牲は数本ですんだようだ。
けど今ので、完全に頭が覚醒した。寝起きにシャワーを浴びようとした時、間違って冷水を全身に直撃させてしまったときと同じぐらいスイッチが切り替わった。
「――さてと、さっそくじゃが妾と一緒に来てもらうぞ」
「えっ……?」
推定身長150センチほどの少女が、その小さな手を俺に伸ばす。
一体これは何の格好なのだろう。深紅のように輝く赤と、漆黒と言ってよいほど濃い黒で彩られた、メイド服の少女は。おまけに角までついてるし父親の趣味か何かか?
「魔王様、まずは我々の事自己紹介が先かと」
「むっ、完全に忘れておった。ナイスじゃメルトよ!」
「いえいえ、これぐらいなんてことありません」
「魔王……?」
「ふっふっふ驚いておるな。そう、妾こそが魔王ライゼルカ・ランドピートじゃ! どうじゃ、びっくりしたじゃろ!」
「よっ! 魔王様!」
――パァン。
クラッカーが弾ける。魔王と名乗る子の配下的な存在だろうか。どこから持ってきたんだ。
「ほら、これはユーリの分だ」
「えっ」
はい、とクラッカーを俺の手に握らせてきたんだけど。
「おっと、まだ名乗っていなかったな。私はメルトと言う。魔王様の腹心として仕えている」
メルト――は、完全に見た目が魔物のそれのようだった。触れたら手が切れそうな艶やかな青い鱗で覆われているその身体は、まるで二足歩行のワニだった。
ワニと言っても見た目は人間にそっくりで、唯一大きく異なるのは、俺のウエストぐらいはあろう太いしっぽが生えているぐらいだ。
そんな風にメルトの容貌を観察していると、魔王が両手を大きく上空に掲げるという謎のポーズで停止していた。
何をやっているんだ……?
もしかして……。目を爛漫と輝かせる魔王の視線は、俺の手の中に向けられている。
「……これでいいのか……?」
――パァン!
クラッカーの紐を引っ張り、弾けた音とともに中から紙吹雪が舞う。
「わははははっ! そう、妾が魔王ライゼルカ・ランドピートじゃ!」
「ガハハハハ!」
「わははははっ!」
……帰りたい。
その後しばらく、二人の茶番に付き合わされた。
そしてその時の会話で、これが夢ではなくて現実だということを知る。
俺は魔王ライゼルカによって、異世界に転移されたのだ。
「転移させたのは魔王様ではなく私だがな!」
「よっ、メルト! さすがは妾の腹心じゃ!」
「ガハハハハ!」
……うるせえ。