職業決定
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そこから先は事務的に話が進んで行った。
散々俺にプレッシャーをかけていた真優にさえ、同情される始末。むしろ罵ってもらった方が、精神的に楽になれたかもしれない。
「四人のバランスを考えた結果、やっぱりこれが一番だとおもうんだけど、どうかな?」
拓己が提案した各々の職業はこんな感じだ。
・秋月真優→【巫女見習い】
・三条瑠美→【白銀の魔術師】
・北川拓己→【忍者】
・水波悠吏→【魔王の弟子】
「まあこれが妥当っちゃ妥当よね……」
真優の大きなため息がこぼれ落ちる。
三条は言うまでもなくアタッカー。真優と拓己は主にサポート役。じゃあ俺は?
レア度☆のクソ職業を二つも引いてしまった俺に残されたのは、このレア度☆☆☆の【魔王の弟子】しかなかった。
「でも、この会得可能スキルが不明ってなんだろうね?」
三条の言う通り、俺たちがガチャで引いた職業の中で、この【魔王の弟子】だけが開示されている情報がほとんどなかった。
レア度が☆☆☆ということもあって、さすがに大ハズレではないと信じたいが、それとは別に一つだけ懸念点もあった。
「魔王ってさ、今回の【異世界研修】におけるラスボス的な存在だったわよね? あんた大丈夫なの? 最後の最後に裏切るとか勘弁よ」
机に肩肘をついた真優にジト目を向けられる。まだ職業が決まっただけだというのに、早くも信頼ガタ落ち状態。
「さすがにそんなことは起こらないと思うけど……それに万が一にも悠吏が寝返った
としても、こっちには三条さんがいるから問題ないよね」
「おい拓己、それ全くフォローになってないからな」
「わたし頑張るね!」
そして三条さんは一体何を頑張るというのだろう。今はその小さな握りこぶしが俺に向かないことを願うばかり。
——その後俺たちはAWPを操作して、正式に職業を決定した。
異世界への転移は明日。担任の前川先生からは、やることが済んだらもう帰っていいと言っていたから、明日に向けて今日はもう家でゆっくり休もうということになった。
そもそも、俺たちは今回の【異世界研修】の説明を事細かく受けたわけではなかった。
百聞は一見に如かずというのか、実際のチュートリアルは現地—―つまり異世界に転移してから行なわれるのだそうだ。
現時点で知らされている概要は……
・敵を倒す→レベルを上げる→強力なスキルを覚える→魔王を倒す。
こんな感じだ。適当にもほどがある。
「じゃあ今日の所はもう解散でいいわよね?」
職業さえ決まればもうやることはない。俺たちはカバンを持って立ち上がり、教室を後にしようと真優が扉に手をかけようとした時だった。
「—―よぉ真優。もうお帰りか? 何の職業引いたか教えてくれよ」
それを遮るかの如く、野太い声音とともに、一人の男がズカズカとこちらに歩み寄ってきた。
――村山大成
膨れ上がった胸と腕の筋肉はシャツの上からでも、その存在を大きく主張している。恐らく拓己と同じくらい背が高く、ツンツン頭が特徴の村山は剣道部で去年は一年生ながら、個人、団体ともにインターハイに出場していた。
スポーツも勉学もこれといった実績のない、よくある公立の中堅校であるうちの中では、村山はそこそこの有名人でもある。
そしてその村山が真優にちょっかいをかけるのも、このクラスでは珍しいことではなかった。
「あんたに与える情報なんてないわ」
対して、真優は村山に見向きすらせずぶっきらぼうに言い返す。それはまるで日課のように一日一回は行われている。実は裏では、村山の方が真優に言い寄っているみたいな噂を耳にしたことがあるけど、真偽のほどは不明だ。
「オレはレア度☆☆☆☆☆の【聖剣使い】を引いたぜ。オレと同じパーティーじゃなくて残念だったなぁ。あっ、でもそしたら、あの約束がなくなっちまうか——」
「ふんっ」
村山はまだ何か喋っている途中だったけど、真優は最後まで聞くことなく扉を勢い良く開けて廊下に出ていった。
「……僕たちも帰ろうか」
「……うん」
「そうだな」
職業ガチャで盛り上がっていたであろう教室が、気がつけば静寂に包まれていた。原因はもちろん村山と真優だ。地声が常人の倍ほどあるであろうこの男が声を発するだけで、その周囲は注目の的となってしまうのだ。
拓己に続いて三条と俺は、身体を縮こませながら真優の後を追うようにいそいそと歩き出す。
「——おい水波、お前にだけは負けねぇからな」
謎の決意表明じみた叫びが廊下に響き渡った。
今『水波』って言った……?
「……悠吏、村山と何かあったの?」
「全く身に覚えないんだが」
「仲良いんだねー」
ほんわかとした、三条の見当違い甚だしい呟きに毒気を抜かれた俺は、二人に別れを告げて帰途についた。
***
「……ねえ、ちょろちょろ後ろついてくるのやめてほしいんだけど」
「帰り道が同じなんだから仕方ないだろ」
今朝の天気予報では、今日は昼から雨予報になっていたため、いつもの自転車ではなく徒歩で登校していた。歩きだと大体十五分ぐらい。
真優も俺と同じことを考えていたのか、傘の先でアスファルトをリズム良く叩く音がさっきから耳に入ってくる。
それだけ聞くと機嫌がいいと思ってしまうが、その表情はうかがえない。
陽射しに照らされた煌びやかな金色の長髪が、真優が歩みを進めるために小さく揺れている。
イギリス人の血が混じっている真優は、昔はそれが理由でよくからかわれて泣いていた。
小学校一年か、二年生ぐらいの頃は、目を腫らして鼻水を垂らす真優の手を引っ張りながら帰っていたはずなんだけど、今となってはその記憶も正しいかどうか分からない。
——あの頃の真優は、今と違ってもっと可愛げがあったな……。
別に今が可愛くないってわけではないんだけど、顔を合わせるために不機嫌そうに眉根を寄せるようになったのはいつの頃からだろうか。
そんなことをボーッと考えながら歩いていると、眼前に真優の華奢な背中が迫り、思わず息を止めてしまう。いつの間にか真優の家の前に着いていた。
「……明日さ」
「明日?」
「やっぱなんでもない。遅刻したら承知しないからね! じゃあ!」
——バタンっ。
俺が口を開く前に、玄関のドアを開けて中へ駆け込んでしまった。何か言いたげな様子だったけど、まあいいか。
真優の言う通り、興奮して夜寝つけなくて寝坊でもしたら洒落にならない。今日は明日に備えて家でゆっくり過ごそう。