プロローグ+α
文化祭に修学旅行。
入学して一年経って学校にも慣れ、受験までまだ多少の余裕がある高校二年生こそ、最も高校生活をエンジョイできる一年だと考えている。
特にその中でも一番の目玉が、【異世界研修】と呼ばれている、一ヶ月にわたる異世界での冒険だ。
異世界転移の技術が確立されてからおよそ十年。
それがどういった技術だとか、なぜ高校生のカリキュラムに加えられているのだとか、正直全く知らない。
そういうのは偉い大人の人が考えることであって、俺が気にすることなんかじゃないから。
これまで娯楽として、様々な異世界もののアニメ、漫画、ラノベが世に放たれ、まさかそれらのような世界に実際に行けるようになるなんて、それこそ夢みたいな物語だと思う!
けど肝心の【異世界研修】で行く異世界がどんな世界なのかは、実はそれこそ日本のトップ層の人しか知らない。
なぜなら、一ヶ月の研修を終えて現実世界に戻ってくるとき、その記憶は全て抹消されるのだから――
***
「おいメルトよ! 宴の準備は出来ているか!」
「はっ! 滞りなくバッチシでございます、魔王様!」
「うむ!」
親指を立てて白い歯をニカッと見せる部下のメルトを見下ろした、魔王『ライゼルカ』。
ようやくこの日がやってきたのだ。
とある理由により、メルト以外の部下と魔力のほとんどを失ってしまった魔王ライゼルカは、今日という日が来るのをかれこれ200年待っていた。
「おい! ちゃんとビールも用意しているんだろうな!」
「バッチシ準備しておりますぞ!」
「うむ!」
背丈に見合わぬ椅子に座り直し、今か今かと両足をばたばたさせながらその瞬間を待つ。
「ところで魔王様」
「なんじゃ?」
宴のために皿に料理を盛り始めたメルトの手がふと止まった。頭から突き出た、手のひらサイズの両耳がピクピクと震えている。探知魔法を使っているらしい。
「つい今しがた、かの男が所属する集団の転移が完了した模様です。例の女の魔力を感知したので間違いないでしょう」
「おぉ! よし、すぐに迎えに行くぞ!」
ふんっ、と、勢いよく椅子から降り立ったライゼルカが一歩目を踏み出す。
「魔王様……」
「ん? どうしたのじゃメルト? 」
なぜか口淀むメルト。小首を傾げながら続きの言葉を待つライゼルカ。
「私の探知に引っかかったのは、例の女を含めて35人。その中に、かの男の魔力が含まれていないのです……」
「ど、どういうことなのじゃ……?」
「今回、向こうの世界からの転移の第1陣は36人の予定です。1人足らないのです……」
「その1人が、妾たちが待ち望んでいた男だと……?」
「……その可能性が高いです」
「な……なんじゃとおおおおおお!!!!」
魔王の悲痛な叫びがこだました。