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幼馴染みが別れる度に慰めているが、元カレがどんなんだか分かりやす過ぎる。

作者: しいたけ

 夜の10時、インターフォンが鳴った。

 カレンダーを一目、三ヶ月保たなかったかと玄関へ向かう。


 ──ガチャ


 ドアの前、酷く涙ぐむ幼馴染みの三春がいた。


「ま、とりま飲みに行くか」

「……うん」


 上着を羽織り、鍵を閉めてふらりと出かけた。

 アパートから五分もしない近所にある小さな居酒屋は、平日なのに騒がしかった。


「いらっしゃい。カウンターでもいいかい?」

「はい」


 三春と二人、並んで座る。

 カウンターは前を向いてお互いの顔を見なくても良いのが時には嬉しい。今がまさにそうだ。


「……」


 三春がゆっくりとシルクハットを脱いだ。中から鳩が首を出し、クルッポーと鳴いた。

 どうやら今度の彼氏はマジシャンらしい。


「三ヶ月保たなかったな」

「……うん」

「どうした?」

「アシさんと浮気してた」

「どっちの?」

「切断マジックで下半身担当の方」

「そか」


 何度か彼氏のマジックショーを見に行っていた俺としては、実にショックな報告である。

 誠実な好青年だと思ってはいたが、英雄色を好むとはこの事か。


「ま、飲めよ。今日はおごるよ」

「うん。ありがとう」


 酒を飲み、愚痴をこぼし、酔いが回り、すっきりとした辺りで三春を家まで送り届ける。

 今度こそはいい恋が出来るといいなと、別れ際に振った手に力を込めた。



 それから二週間後、三春から『彼氏が出来た』とメッセージがあった。

 俺は一言『お幸せに』と返した。




 夜の10時、インターフォンが鳴った。

 寝ようとした矢先の事で、俺はカレンダーを見た。あれから半年経っており、完全に油断していた俺は慌てて風呂から上がって服を着た。


 ──ガチャ


「悪りぃ、風呂入ってた」

「……」


 ベストを着た三春からは、生臭い匂いがした。


「……飲み、行くか?」

「うん……」


 歩いて五分もしない、いつもの居酒屋は今日も賑わっていた。


「いらっしゃい! カウンターでもいいかい?」

「はい」


 三春と二人並んで座る。ベストのポケットから柔らかいミミズのグミみたいな物がこぼれた。

 どうやら今度は釣り人らしい。


「……船酔いする奴はダメだって」

「そか」

「……頑張ったのに」

「だな」


 ベストからこぼれるワームやらルアーの数々がそれを物語っていた。


「ま、飲んでよ。俺のおごり」

「ありがと……」


 グッとビールをあおり、愚痴と一緒に吐き出そうとしたであろう涙を流し込む。そっとお通しの穂先メンマの皿を差し出した。

 

「美味しい」

「知ってる」


 お通しのレパートリーがそう多くない店なので、何度か来れば三春の好みくらいは把握できた。


 一通り落ち着いた三春を送り届け、家に戻ると二時を過ぎていた。煙や酒臭い服を脱ぎ、もう一度シャワーを浴びた。



 一週間後、三春からメッセージが届いた。

 どうやら新しい彼氏が出来たようだ。

 俺は一言『おめでとう』と返信をした。




 季節が巡り、すっかり忘れていた頃の事だった。

 夜の10時、インターフォンが鳴った。

 カレンダーを見てもいつのことだったのか思い出せない。少なくとも一年は過ぎている気がする。


 ──ガチャ


「久しぶり」

「……」


 久方ぶりに見た三春は、パツパツのシャツを着ていた。

 雰囲気もガラッと変わり、妙にたくましい。


「……行くか?」

「うん」


 徒歩五分、いつもの居酒屋はまたしても賑わっていた。


「いらっしゃい! カウンターへどうぞ!」

「はい」


 三春はショルダーバッグから、プロテインの入ったカップを取り出し、そっとカウンターに置いた。

 どうやら今度はボディビルダーのようだ。


「モツ煮食べたい」

「好きなだけ食え食え」

「もう食事制限する必要無いから……」

「だな」


 俺よりたくましい腕でビールジョッキを持ち上げ、勢い良くモツ煮にありつく三春。

 もう何度目の正直か分からないが、今度こそ上手くいけと願いを込めた。



 一ヶ月後、三春から『彼氏が出来た』とメッセージが届いた。

 俺は『頑張りすぎるなよ?』と、送った。



 夜の10時。カップ麺をすすっていると、インターフォンが鳴った。思わず先日送ったメッセージを見た。僅か三日前の事だった。



 ──ガチャ


「……行く、か?」

「イクYO」


 いつもの居酒屋、いつものカウンター、いつものお通し。全てがいつも通りだ。


「今回早かったな」

「YO-YO-、アイツとの出会いはマジ運命、ココの焼き鳥もマジうんめー! 彼ピは売れないラッパー、気分アゲアゲアッパー、出会ってすぐに二人はマッパー! でも──!」

「でも?」

「お薬で捕まっちまったんだYO!!」


 ビールを置き、そっと涙を拭う三春に、俺はおしぼりを差し出した。


「ありがTO……」


 泣きじゃくる三春の背中をそっとさする。小さく丸い背中は相変わらずだった。





 一週間後、三春から『彼氏が出来ました』とメッセージが届いた。

 俺は『おめでとう』と返事をした。




 それから二年が過ぎ、三春から『結婚決まりました。もうすぐ赤ちゃんも生まれます』と、メッセージが届いた。

 俺は『おめでとう! お祝い送るね!』と返信をした。



 月日は流れ、五年が経った。

 三春の旦那さんがどんな人かは未だに分からないが、幸せに暮らしているそうだ。

 時々メッセージや写真が送られてくる。


 一方俺は、未だに夜の十時になると時計に目をやってしまうダメな奴だ。






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― 新着の感想 ―
[一言] 切ない。 でも、主人公の気持ちもわかる気がする。 自分の気持ちと役割が ちょうどそこにいい感じであるから そこから変わりたくない、変えたくない という気持ち。
[一言] 天才がおる……!
[一言] (致命傷だが最初の男女の友情みたいな前振りがなかったら即死だった)
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