#8
「……ここ、どこ?」
薄い霧がかかっていて、何もないところに来た。ところどころ、大小さまざまな鉄骨? のようなものが床に刺さっているモノクロの場所だ。
「――どうすれば分からないけれど、まずは、ここを探索するのが一番いい……かな」
そう思って、歩き出す。十分くらい経ったのだろうか……。どこを見渡しても同じ景色だから、全て体感でしか考えられない。
遠くから、人影が見えた。僕は驚いて、足を止める。
すると、霧がさっと消えて、目の前に女の子が現れた。
「あなた……誰?」
「え、あ、えっと……」
「どうしてここにいるの? どうしてここに入れたの?」
「え、えっと……」
女の子は顔色一つ変えず、ただかわいらしい声で淡々と訊ねてくる。
僕は……どうやってきたのだろうか。まさか夢を見ているのだろうか。
「ね、ねえ、急で悪いんだけど、僕の頬つねってみてくれない?」
「……? うん……」
女の子は首をかしげながら、過ごしだけ引っ張った。
「――ッ! いたた……」
「ごめんなさい」
「ああ、別に謝らなくていいよ。僕が確認するためだから」
「確認?」
夢じゃないとすれば、スマホを触ってここに来た……のかな。
あの眩しい光を見た後、ここの世界に来たんだ。
そう思って、女の子にスマホのことを言った。
「……スマホ。それ、ルナのスマホ……だと思う」
たどたどしく言った。
「わたしの名前は『Luna』。ルナと同じ。でも、わたしはルナ自身じゃなくて、ルナの心と同じ」
「心?」
「ルナの心、ずっと空っぽ。何もない。だから、ここも何もない。あるのは拭えない『絶望』だけ。この世界はルナの心と同じ。ルナが心の底から泣けば大雨が降る。ルナが心の底から笑えば晴れになる。でも、ここが晴れたことはない」
つまり、ルナは笑ったことがないってことか。
「ルナはいつも一人。それを望んでる。でも、ずっと一人で寂しがってる。本当はルナを見つけてくれる人を待ってる。あなたみたいにこの世界に飛び込んでこれるほど、優しい人を。だから、あなたがここに現れて嬉しく思ってる。でも、あなたをルナは追い返す」
「追い返す?」
「そう。ルナは誰かを傷つけることを怖がってる。わたしはルナと違って話を聞くだけしかできないから、ここにいれるの」
「Lunaも優しいと思うよ。Lunaは何もできないの?」
そう言うと、Lunaは静かに首を振った。
「わたしはここの世界の管理者。だけど、持ち主はルナ。だから、何もできない」
「そうなんだ……」
Lunaは悲しそうに俯いた。
「ここの世界の名前は【World's End】。わたしはルナの絶望を癒すために生まれた。だから、ルナが心から笑える時が来たら、わたしは消える。それまで、わたしはルナと一緒に過ごす。それが、わたしの役目」
「消えるって、怖くないの?」
「怖くない。だって、ルナの心の中にわたしはいるから。あなたも……怖くないの? こんな何もないところに来て……」
「うん。彼女は誰よりも優しい子だと思う。だから、彼女の心を映し出した君しかいないこの世界で、いつも泣いているんだろう? 誰にも心配かけないように。僕は何もできないけど、寂しがってる人の近くにいるくらいはできるから」
その時、雨がポツリポツリと降ってきて、やがて大雨になった。
そして、水量はどんどん多くなって、僕を呑み込んだ。
「怖がらなくていい。ここの雨はルナの涙。ルナが泣き止めば、この雨も止まる。ルナは優しいから、あなたを殺そうとしてるわけじゃない。これは、仮想の涙」
また静かに言った。――これはルナの涙。僕を殺そうとしてるわけじゃない? じゃあ、この世界の持ち主であるルナがその気になれば、僕を殺せるということだろうか。
「――ねえ、何でここにいるの?」
霧を横切って現れたのは、ルナ本人だった。
「出てって」
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