不惑女と、魅力的なイケオジ ~四十歳になった途端イベントが目白押し!?~
私の名前は豊崎柚子。
中小企業の社内カンパニーに勤める40歳の平社員だ。
世間的にはオバサンに分類される年齢でありながら、未だ結婚をしていない。
100人規模の小さな会社なことに加え、基本的に男性主体の職場であるため、女性社員の比率は1割弱程度だが、30過ぎで未婚の女性は私だけである。
そんなこともあって、周囲からは無駄な気遣いをされることが多いのだが、私自身は全く気にしていなかった。
普通の女性であれば25を過ぎた辺りから段々と焦りだすものだが、残念ながら私は結婚に全く興味がなかったのである。
若いころからずっとこうだったワケではない。
学生時代には交際していた相手もいた。
しかし、最終的に私の出した結論は「めんどくさい」だったのである。
男と付き合うと色々な衝突がある。
食べ物の好み、音楽の好み、趣味や生活時間など、様々な齟齬が発生するのだ。
そういったものを合わせるのが、私は非常に苦手だった。
付き合っていくうえでは、必ず何かを我慢しなくてはならない。
しかし、私にはそれができなかった。
私は、私の生き方を貫き通したかったのだ。
世の中には、きっと私と合う男性も存在するのだろう。
しかし、そんな男性を選り好みできるほど自分に自信はないし、探す気にもなれなかった。
そんな面倒なことをするくらいなら、独り身でいい。
セックスもそこまで好きにはなれなかったし、子どもだって別段欲しくはない。
いや、正直に言おう。子どもはいらない。
夫の面倒も、子どもの面倒もみたくない。
私は趣味に生きる人間だ。プライベートな時間を失うのは耐えられない。
そう思っていたからこそ、私は今の今まで独身でいたのだが……
「おはようございます! 豊崎さん!」
「……おはよう、有坂君」
有坂君が、今日も元気に挨拶をしてくる。
私はそれにそっけなく挨拶を返すが、内心ではフワフワした不思議な感覚を覚えていた。
この感覚は、半年以上経った今でも慣れない。
有坂智也君は今年入社した新人で、私とは一回り以上も年齢が離れた若手である。
私は歓送迎会にすら参加しないので、これまで若手とは全くの無縁だったのだが、教育係を任されたことで仕事上の付き合いが発生してしまった。
有坂君はかなりグイグイくるタイプで、私のプライベートをどんどんと侵食していった。
ついには、私の最も大切にしている趣味の領域までも……
「豊崎さん、豊崎さん」
有坂君コソコソとした感じで顔を近づけてくる。
毎度毎度心臓に悪いが、彼がこうして顔を近づけてくるのは趣味の話をするときだ。
「実は先日、ついに一日のPVが1000超えたんです!」
「それは……、おめでとう」
彼は、私の趣味の領域まで足を踏み入れてきた。
それは私にとって最悪の展開。
しかし驚くべきことに、彼は私と同じ趣味を持っていたのである。
……小説を書き、webに投稿するという趣味を。
「これも豊崎さんのお陰です!」
有坂君は小声とはいえ、全身で喜びを表現してくるためヒヤヒヤする。
また余計な疑いをかけられるかもしれないと思うと、少し気が重い。
「わかったから、抑えてね?」
「あ、はい、すいませんでした」
有坂君は素直なので、私の言うことはしっかりと聞き入れてくれる。
そのせいもあって、色々と迂闊な部分があるのにも関わらず憎めないのだ。
「でも、嬉しくって」
「その気持ちはわかるわ」
「え、でも豊崎さんの作品って1時間あたりに数千PV出すのばかりじゃないですか」
「今はね。でも、私だって少し前は、一日のPVが1000超えたら上出来ってレベルだったのよ」
PVとはページビューの略で、閲覧されたページのアクセス数を表している。
実際私は一年くらい前まで、一日のPVが100に満たないような作品ばかりを書いていた。
今年になってからようやく読者が増え始め、PVが安定しだしたのである。
さらに言うと、有坂君と出会ってからは一日のPVが爆発的に増えている。
彼は根っからの陽キャだが、それは『小説家になろう』でも一緒で、彼の逆お気に入りユーザは1000人を超えているのだそうだ。
そんな彼と交流し始めたのをきっかけに、彼の逆お気に入り様方が私の作品に興味を持ってくれ、読者が一気に増えたのである。
結果、私の作品の日間平均PVは10万を超えるようになり、ポイントも1万超えの作品が増え始めた。
さらには先日、ついに書籍化の打診まであり、まるで夢でも見ているかのような状態になっている。
まだ公開できる段階ではないので有坂君にも秘密だけど、これを伝えたら彼はどんな顔をするだろうか?
きっと私なら、嫉妬すると思う。
でも彼なら、心から祝福してくれる気がする。
……ダメだな。今の私は、無条件に彼を信頼し過ぎている。
これでは裏切られたときダメージが大きい。もう少し距離を取らないと。
保身を考えるのは情けないと思われるかもしれないが、この歳にもなると臆病になるのは仕方ないことなのである。
そもそも、有坂君が現れなければ、私は今でも結婚なんて考えていなかったのだから……、慎重になるのは当然だ。
「そうだったんですね……っと、これ以上話し込むとマズそうですね。続きはまた昼休みにでも」
そう言って有坂君は自席に戻っていった。
代わりに今度はハゲ(課長)が私に近づいてきた。
どうやら有坂君は、それを察して離れたようだ。
「豊崎君、ちょっといいかな?」
私はまたしても嫌な予感がした。
◇
「主任になるんですか!? おめでとうございます!」
「しっ! まだ決定じゃないから!」
私たちはいつも昼休みは外に出ているので周囲に社員はいないハズなのだが、偶然通りがかる可能性もある。
不確定な情報を流布するワケにはいかない。
「すいません、嬉しくてつい」
「なんで有坂君が喜ぶのよ」
「そりゃあ、好きな人が昇進するんだから喜びますよ」
「……アナタって、どうしてそういうことを恥ずかしげもなく言えるのかしら」
四十路の女子としては心臓に悪い。
「誰もが昇進を喜ぶワケじゃないでしょ?」
昇進すれば給料は上がるが、仕事も増えるし責任も増える。
私は独身なのでお金には困っていないし、正直あまり昇進することは望ましくなかった。
それに、仕事が増えて時間が減れば、趣味に影響も出てくる。
私的にはそれが一番のマイナスだ。
だから最初は断る気満々だったのだけど……
「豊崎さん的には嬉しくないってことですか」
「正直に言えばね。ただ、今後のことを考えると、受けた方がいいかもとも思うの」
25歳くらいの頃に同期の男性が主任に昇格し、その後も次々に主任になった人が増えたが、女の私には関係ないと思っていた。
それが40になった今になって声がかかるとは、正直意外である。
――女主任。
女性の多い職場では女主任も珍しくはないが、ウチの会社では初めてのケースだ。
つまり、私がモデルケースになるということでもある。
私が主任になれば、今後他の女性社員にも昇進の可能性が出てくるため、上昇志向の人にとっては希望になるだろう。
しかし私が断れば、その可能性は再び薄くなるかもしれない。
そう考えると、安易に断るのもどうかと思うのだ。
それに、主任とは管理職ではないものの、平社員とは違いリーダー的意味合いが強くなる。
今の私と有坂君の関係は先輩と後輩ではあるものの、上下関係自体はない。
教育係をやっているというのに、なんとなく情けない気がするので、何か肩書があればと思うことがあったのだ。
要は、年上として見栄を張りたいのである。
それをオブラートに包んで有坂君に伝えると、有坂君は少し悩んだような顔をし、その後満面の笑みを浮かべた。
「それって、俺のことを考えてってことですよね?」
「ち、ちが、私はただ、もう少し先輩らしくなりたいだけで……」
「やっぱり、俺のことを意識してじゃないですか。だって、豊崎さんの担当って、俺しかいないですよね?」
「そ、そうだけど……」
はっきり口にされると物凄く恥ずかしい。
こんな歳にもなって、年下にからかわれるなんて……
「……豊崎さん、昇進の件、受けてください」
有坂君が私の手を握り、真剣な目をしてそう言ってくる。
「俺、全力で豊崎さんのことフォローします。プライベートの時間を削らせたりしません」
「~っ!」
この子は、いつもこうだ。
こんな私のことを、立ててくれるのだ。
本来、女が男を立てるのが普通だというのに、彼の場合は全て私に合わせてくれる。
申し訳なさを感じる反面、正直に言うと非常に心地が良い。
私は自分を貫いてきた女だ。
人に合わせるのが苦手で、自分の時間を大事にしたい人間だ。
だからこそ、そんな自分に合わせてくれる存在は非常に有難い。
こんな彼を手放して良いのか?
答えはきっと否だ。
でも、どうしても勇気が出せない。
……ああ、そうか、私のような自信のない人間が、酒の力に頼るのか。
正直苦手だが、彼となら一緒に飲みに行くのも良いかもしれない。
そしたら、きっと……
「豊崎さん!」
「はいっ!?」
「ぼ~っとしていたので、どうしたのかと」
「え、えっと、その、うん! 私、昇進の件受けてみることにする!」
「本当ですか!? やったー!」
しまった。
テンパって、つい昇進の件を受けると言ってしまった……
全然別のことを考えてたので、完全に勢いである。
自分のことのように喜んでいる彼の手前、やっぱりやめるとは言い出し難い。
……仕方ない、腹を括るか。
「あ、でも、ずっと豊崎さんの下だとカッコつかないので、いつか追いつき、追い越しますからね!」
笑顔がまぶしい。
若いっていいなぁ……
◇
「あの、課長、先ほどのお話の件ですが」
「おお、受けてくれる気になったか!」
「えっと、はい……」
「良かった良かった! 彼とはもう話はついていたからね。断られたらどうしようかと思っていた」
……彼?
なんの話だろうか。
「沢城君! ちょっと来てくれるか!」
ハゲが声をかけたのは、隣の部署の主任である沢城道行であった。
私でも名前を知っている、女子社員の間では有名なイケオジだ。
何故あのイケオジが……
「私が呼ばれたということは、この前の話は確定したということですか?」
このイケオジ、声までイケている。
具体例を出すと声優の諏訪部さんに近い。
これはモテるワケだ。
私も風の噂で聞いただけだが、この男の前に玉砕した女性社員はかなり多いのだという。
それでいて女の影はないため、実はゲイなんじゃないかという噂も流れていた。
ソレはソレでアリという腐った派閥もあるので、色々な意味で大人気のオヤジである。
「そうそう、例の件ね。受けてくれるそうなんで、これからは君にお願いするよ」
「かしこまりました。……豊崎さん、これからしばらくの間、君の指導を任された沢城だ。よろしく」
ああ、そういうことか。
主任になるといっても、いきなり口頭で言われてポンとなるワケではない。
ウチの会社は課長までは昇進試験がなかったハズだが、主任にも手続きや覚えることは沢山ある。
その指導を、この沢城主任が受け持つということらしい。
「……宜しくお願いします」
早速面倒なことになったが、受けると決めたからにはある程度は覚悟していたことだ。
大人しく指示に従っておこう。
「早速だが、少し意識合わせをしようか。別の要件でミーティングルーム3を予約しているので、そこで少し話をしよう」
「はい、わかりました」
私は一旦自席に戻り、ノートPCを持ってからミーティングルーム3へ向かう。
昨今は紙媒体を使うということがほとんどなくなっているため、メモは全てノートPCで取っている。
意識合わせで何をやるかはわからないが、とりあえずノートPCを持っていけば問題ないだろう。
「失礼します」
ミーティングルーム3には既に沢城が待っていた。
狭い部屋なので距離感が近く、何となく気まずい。
「豊崎さん、資料を見せるから、隣に座ってくれ」
「あ、はい」
隣に座ると、良い香りが漂ってくる。
派手に主張することなく、ほのかに香る心地よい香り。
間違いなく私よりも高級な香水を使っている。
ニオイまで良いとは、どこまでイケオジなのだろうか。
「では早速だが――、私はずっと君のことが気になっていた」
「……はい?」
……To Be Continued?
最後のシーンでエンディングテーマが流れるイメージで書いています。
皆さんはどんなエンディングテーマが流れたでしょうか?
「ラブ・ストーリーは突然に」とかが万能感ありますよね^^