僕と不良少女の関係another 篠崎に届いた手紙。
家のポストに届いた手紙。
それは俺の心を少しだけ懐かしくさせる。
中1の自分に3つ上の兄貴はrock 'n' rollを教えてくれた。ローリングストーンズに憧れて手にしたギターが、中学生の俺の全てになるまで、そう時間はかからなかった。
「自分は音楽で喰っていきます。」
中3の三者面談の時、そう口にした僕を力一杯殴りつけた親父。
中2の夏にバイク事故で兄貴が死んでから、取り残された次男坊。いつしか俺は次男から長男的な立場となり、何かとかかる重圧にウンザリもしていた。
17の春、自分の気持ちを抑える事が出来なくなった。
右手に聖書、左手に僅かな手荷物とデモテープ。クシャクシャになった有り金は、くたびれた兄貴のかたみのスカジャンの内ポケットに突っ込んで、二宮駅に立った。
ここから先はノープラン。
East or West?
1枚のコインに運命を委ねた。
「…表、か。」
East of the Eden!
滑り込んだ電車に乗り込むと、東にある花の都を目指した。
東京に辿り着くと、音楽雑誌に載っていたレコード会社にデモテープを持ち込む為、恵比寿に向かう。
17歳の世間知らずのクソガキの胸には、挫折や失敗なんて言葉は微塵も存在してなかった。
あるのは一筋の栄光の光。
メジャーデビューする事だけだった。
握りしめたデモテープを持って、無礼にもアポなしで単身レコード会社に乗り込む。
馬鹿とクソ度胸。
手に持った荷物以外に俺が持ってる唯一の武器。
数分後、そいつは見事に砕け散ってしまうんだけど、代わりにチャンスを手に入れる。
「若いってのはいいね。僕もね、昔はそうだったんだよ。デモテープを何回持ち込んだ事か。なかなかね、いい返事は毎度貰えないんだけどさ、次から次へと曲と詩が浮かんでくるんだよ。」
その人は古田と名乗った。
「何十回目だったかな〜。ある時気付いちゃったんだよね。自分の音楽に圧倒的に足りないものをさ。」
今までの俺だったら、多分きっとそんな話に耳なんか貸さなかったと思う。
だけど古田と言う男の話には、どこか重みを感じた。
古田は続ける。
「少年、今の君には成功やら栄光みたいな言葉しか頭にないんだと思う。僕もね、そうだったからわかるんだ。でもな、挫折を知らねーヤツはさ、素敵に輝く事なんて出来やしねーんだぜ。」
親指を立てながら、アイドルさながらウィンクを決める。
多分それは栄光の光を知ってる人の言葉だった。
「たかが一回のかすり傷程度の挫折に、絶望した顔してんじゃねーよ。そんなもん、ツバでも付けておけ。そのうち治る。それよりも前を向け!上を見ろ!今お前が見つめてる汚ねー地面には何一つ落ちちゃいねーんだよ。」
田舎から飛び出した俺は、その足でデモテープをレコード会社に持ち込み、メジャーになる予定だった。いやなるはずだったんだ。
辺りの景色が急激に滲んで見えた。
溢れかえる人混みの中、俺はボロボロに泣いた。
「少年、君みたいな若者はさ、正直この世に五万といるんだ。ここで諦めるのか否か。そんなもん自分で決めればいい。全てが思い通りにうまくいく人生なんてのはさ、万に一つもないんだ。…やるか?逃げるか?どうする少年?」
音楽でやっていくと決めた俺に迷いはない。
なけなしの意地をビンビンに張りながら涙を拭う。
「ちっぽけな俺の言葉なんて、今は誰の心にも響かないだろう。だけど偉大なるストーンズの言葉を借りるなら、I can’t get no satisfaction!いつか俺は俺の言葉で裸のメッセージを届けたい!」
誰だか知らない声を掛けてきた男に、俺はありったけの胸の内をぶち撒けた。
「…少年、名前は?」
古田と名乗る男は尋ねる。
「篠崎次郎。」
古田は俺の名前を聞くと、いつしか険しい顔から笑顔になっていた。
「さっきのデモテープ、まんざら捨てたモンじゃなかったぜ。磨けば光るが、自己満足はお前自身を錆させる。止まるな!走れ!ってのが、僕から君に届けたいと思った言葉だ。だから追いかけて声を掛けた。」
後に古田がレコード会社の社長って事を知るんだが、それはまだ先の話。
久しぶりに届いた便りのせいか…少し昔を懐かしんでいると、店の扉が勢いよく開く。
「篠崎さん、谷田さんから電話来ました!」
少年が慌てるなんて珍しいと思ったが、なるほどね。
「落ち着け小次郎少年。取り敢えずヘルメットは脱いで店に入ってこないと。ここがコンビニか銀行だったら強盗に間違われてるぜ?…ほら水。」
金髪に絆されたのか?
少年はフルフェイスをかぶったまま、俺の出した水を飲もうとしてヘルメットの中にソレをぶちまけた。
「うっ!ヤベぇ溺れる‼︎…何するんですか篠崎さん⁉︎」
いやなんもしてねーし(笑)
「とにかくだ!ヘルメット脱げ。んで、そこに座れ。そら息を吸って〜吐いて〜。落ち着いたか?少年、最近金髪に毒されてきたんじゃないの?気をつけねーと、進級できねーぞ?で、何があったんだ?」
だいたいは予想ついてるが、小次郎少年が話た内容と俺が思っていた事は完全に一致していた。
錆びた髪のあの子とベンがどうなったかなんて、小次郎少年の慌て具合と届いた手紙からだいたい予想はつくと思う。
だから今は敢えて俺からは何も言わない。
くるべき時が来たら、物語はまた進むだろう。
その時まで…so long。