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僕の番  作者: 新在 落花
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9.見込まれた婚約者(1)

 与えられた客間で手紙を読んでいたニナは、散歩をしようというラウノの誘いに二つ返事で飛びつくと、読んでいた手紙をポケットに入れた。


「結婚の打ち合わせって何をすることなの?」


 この数日、ニナは結婚の打ち合わせをするからと呼び出されて、ラウノの屋敷に滞在していた。その割に何をするでもなく屋敷でくつろいだり、王都観光したりと日々を満喫している。


「新郎との仲を深めることかな」


 それは打ち合わせと言うのかな?

 煙に巻かれた気はするが、特に不都合はないので気にしない。


 ニナの手はしっかりとラウノに繋がれていて、珍しい物を見つけて歩み寄ろうとすると、もれなくラウノもついてくる。


「手離そうか?」

「ニナが見たいものを一緒に見るからいいよ」


 エスコートされる時は男性の右腕に手を添えると習ったが、ラウノはそれよりも手を繋ぐ方が好きなようだ。普段つけている革の手袋はせず、素肌でニナの手を掴んでいる。

 ニナは貴族特有のマナーはよくわからないため、その時々の振る舞いをラウノにお任せすることにしている。


 失敗しても逆に堂々としていたら、それなりに上手くいくとお父さんが言っていたしね。


 緑豊かな庭の植栽の陰や園路脇に見たことのないオーナメントが飾られていて、あちこちを楽しんでいるニナの目は忙しい。花陰に隠れていた兎の姿見つけて、喜々としてラウノに報告をする。


「見て、可愛いよ。なんだか異国風だね」

「父が他国で買ってきた物だよ」

「さすが貴族のお屋敷には珍しいものが沢山あるね」


 目的地の四阿にはすでにお茶が用意されていて、ニナ達の到着を待っていた。ラウノにエスコートされて席に着いたニナの前に、すぐさま紅茶と菓子が給仕される。


「マーリア様の婚約が決まりそうなんだって」


 ニナはポケットから封筒を取り出すと、頬を可愛らしく上気させて自慢げに話している。なぜニナが自分のことのように喜んでいるのか。面白くない気持ちはおくびにも出さずラウノはおめでたい話だねと微笑んだ。


「お相手は?」


 社交界での噂が耳に入って来ていたが、楽しそうなニナに水を向けると、待ってましたとばかりにニナがその名を告げた。

 相手は学園で一緒だった貴族令息だ。生憎ニナは話す機会には恵まれなかったが、穏和な人柄で級友達に慕われていたことを知っている。


「週末にマーリア様のお屋敷にお呼ばれしてるの。マーリア様はいつも麗しくて眼福だから、会うのが楽しみ」


 折角王都にいるのならば是非にと、マーリアの近況を連ねた手紙に書かれていた。


 首をかしげるニナに手を伸ばすと、柔らかな頬をなでる。


「そんなのニナの方が可愛いに決まっている」

「ラウノの目は節穴だね」


 呆れた顔をしたニナに、ラウノが一欠片のタルトを差し出した。貴族的にはお行儀が悪いのではと思いつつ、美味しそうな苺のタルトをもらったニナは満面の笑みをラウノに返した。


「ほら、ニナの方が可愛い」





 招待されたマーリアの屋敷へは、ラウノの屋敷から馬車で移動する。ラウノの屋敷よりは小さいが、古き趣のある荘厳な建物で、マーリアが住んでいると言われれば納得するような落ち着きがある。


 迎え入れられたニナはマーリアに誘導されるままテラスに向かうと、勧められるまま薔薇園の見える席に座った。


「ニナさんはいつ頃王都に越していらっしゃるの? やはり結婚なさってから?」

「父とラウノが難しい顔をして話し合いをしているよ。何がそんなに大変なのか、二人とも聞いても教えてくれないの」


 ニナが貴族の屋敷に移る時期について、ラウノとニナの父は互いに一歩も譲らず調整が難航していた。


 将来の夫人として屋敷で学ぶことがあるからと言って一秒でも早くニナと一緒に暮らそうとしているラウノと、結婚するまでは愛娘を手離したくない父との間で繰り広げられている攻防など、ニナは知る由もなかった。


「そういえば、父がベールは糸から取り寄せて作るって言っててラウノに却下されてたよ」

「それが完成するまでには、随分と時間がかかりそうですわね」

「そうなの。父は職業柄凝り性なんだよね」


 なんとも言えない笑みを浮かべたマーリアに、ニナは聞きたかった婚約の話を尋ねる。


「父同士の仲が良く家族ぐるみのおつき合いをしてまいりましたので、幼馴染みの間柄なのです。結婚をするだろうという暗黙の了解のようなものはあったのですが、特に約束はなく。それがここに来て、父達の間で婚約を決めようかという話になったようなのです」

「二人はお似合いだと思うよ」


 そうでしょうかと言うマーリアは、視線を伏せながら眉尻を下げる。


「ただ彼があまり乗り気ではないようで……」


 そこに、執事がやって来ると静かにマーリアに耳打ちをした。


「ニナさん、トピアスが来ているようなのですが、こちらに通しても宜しいかしら?」


 トピアスはマーリアの暫定婚約者だ。

 予定外の客のようだが、気軽に屋敷を訪ねられるくらいに気安い関係なのだろう。


「私がご挨拶してもいいの?」

「もちろんですわ」


 やって来たトピアスは、学園にいた頃と変わらない柔和な表情をしているが、どこか緊張した面持ちでニナに挨拶をする。


「こんにちは、ニナ嬢。話をするのは初めてかな?」

「トピアス様、こんにちは」


 遠くから見たことはあれど、顔を合わせるのは初めてだ。


「トピアス、少し外すからニナさんをよろしくね」


 トピアスにそう言うと、マーリアは執事とともにテラスから離れていった。


「トピアス様はマーリア様と婚約する……んですか?」

「かたくならずに普通に話してくれていいよ。君はマーリアの友人だし、ラウノ様と結婚するんだろう?」


 えへへと照れ笑いをしたニナは貴婦人の微笑みとはとても言えないが、その無邪気な様子にトピアスは毒気を抜かれた気がした。

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