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僕の番  作者: 新在 落花
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5.運命の赤い糸(2)

 ニナの目の前を重たそうな荷物をかかえた女性が歩いている。石畳に足をとられて不安定な足取りになっているのは、食堂の女将だ。


「こんにちは。荷物持つよ」

「ニナちゃん、久しぶり。ありがとうね」


 そのまま二人で話しながら食堂まで歩く。まだ準備中の店内はひっそりとしているが、どたばたと足音が聞こえたかと思うと店の主人が顔を出した。


「ニナちゃん結婚するんだって?」

「おじさん耳が早いね」

「……まあな」


 ニナの結婚はまだ一部の人にしか言ってないはずだが、流石おじさんは情報通だと感心する。


 大きな店ではないが料理と酒が美味いと評判で、ニナの父も常連だ。


「お店は順調?」

「最近は高い酒の消費が早いんだよ」

「お金持ちのお客さんがいるんだね」


 金払いのいい上客がついているということはいいことだ。


「娘が嫁に行くからって、泣きながら酒を飲むんだよ」

「困った大人だね。うちのお父さんもお酒を飲むと泣いちゃうもんね。そんな人が他にもいたんだ」


 普段はしゃきっととしているのに、ニナの父親は泣き上戸な上に絡み酒だ。分かっているから家では深酒をしないようにしている。妻と娘に嫌われたくないからだ。


「泣き出すと止まらなくて大変なんだよ」

「娘さんが大好きなんだね。うちのお父さんなんかさらっとしてるよ。私が結婚するのも平気みたい」


 ニナの父親は求婚されたと聞かされた時も、ラウノ実家に行った時も、ラウノが実家に来た時も、これは商談かな?というくらいの淡泊な対応だった。


「……」

「……」


 店内に生温い沈黙が流れる。なんだろうこの雰囲気は。


「おっとニナちゃんそのままで。肩に虫が止まってるよ」


 食堂の主人がニナの肩を軽く叩くと、耳元をかすめて飛んでいく羽音がした。


 主人と女将に別れを告げて、ニナは店を出ると赤い糸を辿った。





 どこまでも続く赤い糸を辿っていると、街のはずれに赤い夕日を背に長めのコートを着たラウノが立っていた。紳士の装いをしたラウノは、よく知っているニナですら見とれてしまいそうだ。


「わあどうしたの、今日はいつもと雰囲気が違って素敵だね」

「君は本当に率直にものを言うね」


 照れたように髪をかきあげるラウノの左手に赤い糸が見えた。ニナは目を見開いて、急いで自分の左手も見てみる。

 ニナの赤い糸はラウノに繋がっていた。


「どうしたの?」

「ちょっと混乱してるの」


 ニナの左手とラウノの左手を交互に見ては首を傾げるニナを見ていたラウノが、不機嫌そうに口を開いた。


「……それよりもどうしてこんなに色んな人の匂いをさせているの?」

「匂い?」


 ラウノがニナを引き寄せて上からじっと見下ろしている。ラウノは手袋をはずすと、素手でニナのおでこを撫でた。


「額にキスをされたね?」

「お父さんが朝の挨拶にキスをくれたよ」


 次はニナの頬に触れている。


「君の頬を誰かが舐めたね?」

「お姉さんのところの息子くん! ちょっと大きくなっていて可愛かったよ。前はちゃんと声が出てなかったけど、今はきゃんって可愛く鳴くの!」


 今度はニナの手首を大きな手が覆っている。


「誰かが君の手首を掴んだ?」

「えーと? 食料品店の幼馴染みかな。高級な茶葉をもらったの」


 肩のゴミでも払うかのように、ニナの肩を軽く叩く。


「肩にも誰か触れたね」

「食堂のおじさんが肩の虫を払ってくれた。凄いね! なんで分かったの?」


 ラウノはふうと大きなため息をつくと、正面からニナをすっぽりと抱き締めた。ニナの肩口に鼻先をぐりぐりと押しつけると、耳元で物騒なことを言い出した。


「ニナを縛ってしまいたいよ」

「……糸で?」

「糸じゃ心許ないな。縄くらいは欲しいところだ」

「なんと! 縄はこっちだった!」


 父は大丈夫だったと油断をしていたら、伏兵はここにいた。


 そのまま手を繋いで、夕日で染まる街を歩く。目的地はニナの家。先触れもなくやってきたから、今日は遅くなる前に送るとラウノが言う。


 ニナは一日にあったことをラウノに話していると、お姉さんのところで気になることがあったのを思い出した。


「お姉さんと話していて番が分からなくなった。決められた相手しか好きになれないって、まるで呪いみたいじゃない? 嫌じゃないの?」

「呪いどころか祝福だと思っているよ。獣人側だけに分かる、君達で言う運命の赤い糸の相手だ」


 運命の赤い糸。それはニナの小指とラウノの小指に繋がっている。


「なるほど。それはなんかしっくりきた」

「しっくり?」

「だって、私の赤い糸はラウノに繋がっているから」


 ちらっとラウノを見ると、背中の夕日に染まったかと思うくらい赤い顔をしていた。


「わぁ、ラウノも赤くなったりするんだ」

「君が突然、予想もしないことを言うからだよ」


 照れた顔を隠そうとするラウノの手を、無理やりほどいて顔を見ようとするニナ。普段は見せない姿にニナが大喜びする。


「ニナの気持ちも考えず、一方的に結婚に持ち込んだ自覚はあったんだ。本当は嫌がっているんじゃないかとかも色々考えた。でもどうしても君を手放すことはできない。だからそんな風に言ってもらえるのはとても嬉しい」


 顔を見せないようにニナを胸に抱き込んで、赤い顔をしたラウノが言葉を続ける。ニナも自然にラウノの背中に手を回す。


「番でも番じゃなくても、ニナを好きになったと思うよ」

「そうだね。私もそうだったと思うよ」


 赤い糸が繋がっているから好きになったんじゃない。目の前でひらひらと赤い糸を振りながら、ふふとニナが笑った。


「何がそんなに楽しいの?」

「秘密」





 翌朝目を覚ますと、ニナの小指からは赤い糸が消えていた。


 ラウノの番がニナであるように、ニナの赤い糸の先にいたのもラウノだった。


 ニナが番であることはラウノにしか分からない。しかし、ニナの赤い糸がラウノに繋がっていることもニナにしか分からない。

 自分達の結婚は、上手くいかないはずがないと幸せな気持ちになれた。



 ラウノは街の宿屋に泊まったので、ニナは起きてすぐに宿屋に向かった。


 ニナの家の客間に泊まればいいと誘ったが、父君に悪いからと固辞されたのだ。ニナの家は来客が多いので気にしないと言ったが、ラウノは苦笑いを浮かべただけだった。


 その日はラウノがニナの育った街を見たいというので、ニナの行きつけの場所を案内する。


 ニナが骨抜きにされている獣人の赤ちゃんにも会いに行った。

 どうしていい大人と赤ちゃんが臨戦態勢に入るのかが理解できない。


 ヘンリのお店に行ってお菓子を買ってもらった。

 引きつった笑顔のヘンリと、目は笑っていないが表面上ご機嫌なラウノの間に微妙な空気が流れていた。


 食堂の主人はあんたが結婚相手かと呟くと、店が開く前に帰った方がいいと言った。

 会ったらまずいお客さんでも来るのかな?

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