3.外出許可
「ニナさん、今度わたくしのお茶会に参加なさらない?」
提出物を教えてくれた令嬢マーリアがニナに声をかけてきた。ラウノの求婚を受けてから、級友が話しかけてくれる機会が増えた。卒業前で浮かれているのかとニナは喜んでいるが、ラウノのせいだとは微塵も疑っていない。
「でも私、貴族のマナーとか分からないんだけど」
ニナの実家は裕福な商人の娘なので、幼い頃からマナーなどは家庭教師に厳しく教育されてきた。しかし貴族の作法や、社交会での振る舞いは身についていないのだ。そんなニナに貴族特有の、腹の探り合いなどできるわけがない。
「ラウノ様とご結婚なさるのでしょう? 今回は身内だけしか集まりませんの。練習がてらいかがかしら?」
「優しい! ありがとう」
キラキラとした目でニナが令嬢を見つめると、マーリアははにかんだ笑顔を見せた。
「でもすぐに結婚するわけじゃないと思うよ。色々手続きとかあるんでしょう?」
貴族は平民のように教会で結婚の登録をするだけではなく、婚姻予告を公示するか結婚許可証が必要になるそうだ。その辺の手配はラウノがしているので、ニナにはさっぱり分からない。
「人と獣人の場合はもっと時間が短縮できるのをご存じないかしら」
「そうなの? 知らなかった。どうしてだろうね」
「獣人の方が番を見つけた場合、ぼうそ……いえ、できるだけ早い結婚を望まれるのだそうですわ」
今暴走って言いかけたよね。やっぱり暴走するのか。
「ラウノが獣人なの知ってたの?」
「秘匿するようなことではありませんので、周知の事実ですわ」
そうか、知らなかったのは私だけなのか。確かに獣人を嫌がってたから言うに言えなかったのかもしれない。それは申し訳ないことをした。
「どうしてこんなに親切にしてくれるの?」
「わたくし皆様の取りまとめを任されておりましたでしょう。あなたのことはとても申し訳なく思っておりましたのよ」
級長だったマーリアは、とても責任感の強い人だったようだ。
相手にしてもらえなかっただけで、いじめられていたわけではない。特に辛い目に遭ったわけでもないので、責任を感じる必要はないのに。
「気にしてくれてありがとう。私はラウノがいたから大丈夫だったよ」
「……だからそのラウノ様が……、いえ、なんでもありません」
改めてお茶会の招待状をお送りしますねと言って、マーリアは帰って行った。
◇
マーリアにお茶会に誘われたと踊り出しそうに浮かれたニナを、眉間にしわをよせたラウノが見ている。
貴族のお茶会に参加して、何かしでかさないかを心配しているのかな。うん、やらかしそうだよね。
その心配をしたくなる理由も分かるので、多少の引け目を感じる。
「週末に外出許可を取ったんだって?」
「よく知ってるね。近所のお姉さんに獣人と結婚する秘訣とか聞きに行こうかと思って」
「なんで僕に聞かないの?」
「それって本人に聞くものなの?」
「あとお姉さんの息子くんに会いたい! ピコピコの耳、ふさふさの尻尾、可愛い肉球! 抱っこしたい!」
そこまで言ったところで、近づいて来たラウノがニナの頬にかぷっと噛みついた。歯形がつくような噛み方ではないが、突然のことにニナの思考が真っ白になる。
「なにするの!?」
「獣人は嫉妬深いものなんだ。赤ん坊だろうと僕の番が他に心惹かれるのは許せない」
「相手は赤ちゃんなのに?」
「年齢は関係ない」
週末の外出許可は学園の許可は下りたのに、ラウノの許可が下りなかった。