2.僕の番(2)
それから一年経ってもニナには友達ができない。事務的なことであれば対応してもらえるが、雑談には決して応じてもらえない。貴族は冷たいなと悲しくなった。
「ニナさん、提出物の期限は今日までですが覚えていらっしゃいます?」
教室で帰り支度をしていると、珍しく女生徒に話しかけられた。チラチラとこちらを気にしているなとは思っていたが、提出期限を教えてくれようとしていたのか。舞い上がったニナはがたんと椅子から立ち上がって女生徒に答えた。
「ありがとう! すっかり忘れてたからすぐに提出してくるね」
「……どういたしまして」
「ねえ、私ってそんなに浮いてる?」
「どうなさったの?」
「誰も相手にしてくれないから」
「だって……、それはほら。あの方が」
あの方?と疑問に思ったところで教室の扉が開いた。中に入って来たのはラウノだった。女生徒はびくっと肩を振るわせるとそそくさと教室を出て行った。
「聞いてよ、ラウノ!提出物の期限が今日までだって教えてもらえたの」
「僕が教えてあげようと思ったのに」
「そうなの? ラウノもありがとう」
◇
「複数人で組んで作業するって、友達いない人には酷だよね」
「どうしたの?」
次の魔法の講義は、数人でグループを作って研究結果を発表するらしい。友達のいないニナには講義よりもグループ作りの方が難しい。
声をかけて冷たく遇われたらどうしようと考えて、泣きたくなった。
「僕がいるからいいじゃないか」
「ラウノはちゃんと友達いるのに、いつも申し訳ない。私に友達がいないがために」
しょんぼりと肩を落とすニナの頭をぽんぽんと撫でると、ほら移動だよとニナの手を取った。
◇
「来月にはもう卒業してるんだね。なんだか寂しいや」
卒業間近な食堂は人気もまばらだ。今日の講義は終わって寮まで帰るだけだったが、なんとなく二人で食堂にいた。
「ニナは卒業したらどうするの?」
「実家に帰って家のお手伝いをするよ。またお見合い地獄に陥るんだろうな。いやだな」
眉間にしわを寄せたニナが頬杖をついてため息をつく。店を継いでくれそうなどこかの次男あたりが有力候補なんだろうなと今までの傾向から考える。
「お見合いで結婚するのが嫌なら、僕としたらいい」
「ん?」
ラウノの言ってる意味が分からなくて、ニナは首を傾げた。グループ講義を一緒に組もうかみたいなのりで言うのはやめて欲しい。
「僕はニナの唯一の友達なんだろう?」
「私は平民なんだけど」
「関係ないよ」
「いや、あるでしょう」
「恋愛結婚が希望なら、僕と恋愛したらいい」
「ちょっと待って、何言ってるか分かってる?」
いつになくラウノが余裕なさそうに早口で話していて、違和感を覚える。冗談なのか本気なのか、本気だったがどういう意図があるのか分からなくてニナは泣きそうになった。
集団ドッキリだったりしないよねと、思わず周りを見回した。
「結婚する予定の子がいるって言ってた」
「ニナと結婚する気だったからね」
ニナの知らぬ間にそんな予定が立っていたとは驚きだ。
「僕はニナが好きだよ。ニナは?」
「どこまで本気?」
「最初から本気」
「ラウノのことは好きだけど、結婚するって言われるとちょっと困る。そこまで考えられない。いやどうだろう。ラウノこそ高貴なご令嬢と結婚した方がいいんじゃないの? 貴族的には」
「無理だよ。ニナ以外とは結婚できないって家族も分かっているから大丈夫だよ」
「家族! どういうこと?」
知らぬ間に家族にまで話が回っていると。一体どういうことだと頭が働かない。
ニナも混乱しているが、ラウノもだいぶ錯乱しているのではないだろうか。
「だってニナは僕の番だから」
「ここにきてびっくりな発言来ちゃったよ。それ本当?いつから?」
「入学式の日に逢った時から僕の番だと分かっていたよ」
あの時驚いた顔をしたのは泣いたからではなく、番を見つけたからだったのか。
「番っぽいことはしなかったね。誘拐したり、監禁したり」
「それやるとニナは僕のこと嫌いになるだろう?」
「まあ、そうだね」
「獣人だったって知らなかった。耳とかはないね」
「全ての獣人に獣耳があるわけじゃないからね」
「何の獣人なの?」
ニナがキラキラと目を輝かせながらラウノに問う。
お姉さんのところのわんこは可愛かった。あの肉球をもう一度触りたい。ラウノにもあの肉球はあるんだろうか。ピコピコの耳も実はどこかに隠してるんだろうか。尻尾は明らかにないな。
気になるのはそっちなのか。
ニナの考えていることが手に取るように分かったラウノは、苦笑しながらニナに問いかける。
「気になる?」
「気になる!」
ラウノは自分以外の誰かがニナに近づかないように牽制し続けた。ニナに近づこうとすれば睨みを利かせ、近づかないようにさせた。
ニナは決して嫌われていたわけではない。むしろ、その素直な性根を好ましく思われていたくらいだ。だから誰も近づけないように、権威を振りかざして牽制し続けた。
獣人の番への執着は尋常ではない。それをここまで我慢してきたのだから、ラウノはニナを逃がすつもりは毛頭なかった。
「教えてよ」
髪に触れるために、近づいてきたニナをラウノが抱げる。腕の中にぎゅっと抱き込んでニナを逃がす気はない。ニナがラウノの頭を撫でてみるが耳はないようだ。
「結婚してくれたら教えてあげる」
魅惑的な微笑みを浮かべて、ニナを誘惑する。
ニナはラウノに抱えられたまま見下ろしたラウノをじっと見て、どこかの次男と結婚するのとラウノとどっちがいいだろうかと考える。
結婚、結婚。
ラウノのどこが嫌かを考えるが、特に思いつかない。穏和だし優しいし、ニナをいつでも助けてくれる。ニナが番だと分かっても、無理強いすることなくここまで我慢してくれた。
ニナが断ったらラウノはどこかのご令嬢と結婚するのだろうか。考えてみてそれは嫌だと思った。
もしかしてラウノのことが好きなのかも知れない。
意外なことに思い至って、ニナは自分でびっくりしていた。
「誘拐しない?」
「攫いたくはなるかもしれないけど、しない」
「監禁しない?」
「外に出したくはなくなるかもしれないけど、しない」
後は何だったかと考える。
「生まれてくる赤ちゃんに肉球はある?」
「あるとは限らないけど、あるかもしれない」
あるとは限らないのか。それは残念だ。それならば、お姉さんの息子くんの肉球を触らせてもらおう。
「じゃあいいよ。何の獣人か教えてよ」
これを聞いたラウノは、ニナも初めて見るびっくりするような満面の笑みでニナに耳打ちした。