12.祝福の歌(2)
先触れがあったとはいえ、屋敷へ帰った早々ラウノを待ち受けていたのはマーリアとその婚約者の来訪だった。
執事に案内され応接間にやって来たふたりに、ラウノは慣例的な歓迎の言葉を告げて招き入れた。促されたトピアスが先に礼をすると、続いてマーリアも膝を緩め腰をかがめて礼をとる。
「こんな突然の訪問とはマーリア嬢らしくないね」
令嬢の鑑と名高いマーリアが、こんな無理を通してくるのは珍しいことだった。
「急を要しましたので礼を欠いたことはどうかご容赦下さいませ。早速ですが、ラウノ様はニナさんとご家族の元に小鳥が一羽迷い込んでおりますのをご存じでして?」
「小鳥?」
マーリアから手渡された報告書に目を通していたラウノだったが、一枚をめくるごとに眉間のしわが深くなっていった。
ニナとひとつ違いの少女はベルタといい、数年前から王都の歌劇団に所属している金糸雀獣人だ。
ベルタは一年前から、歌劇場に近い集合住宅の屋根裏部屋で暮らしていた。
そもそもは物置として利用されていた部屋のため、天井は屋根の形に斜めに切り取られており、場所によっては屈んで歩かなければならないほどの歪な作りだ。そのため安価な賃料で済んでいたという。
しかし、裕福な家庭の子息が屋根裏部屋に住んでみたいと言い出し、条件に合ったベルタの部屋に目を付けた。話を持ちかけられた家主は今の倍の賃料と聞いて、あっさりとベルタとの契約を打ち切ったのだった。
ベルタは歌劇場ではそれなりの評価を受けているが、人手の足りない歌劇団では雑用が主な仕事で、先日の演目での出演も急病による代役だったとのこと。
応接間でラウノの反対側に座ったトピアスは、ラウノの後ろで明々と燃えている暖炉の炎を眺めていた。
未婚の令嬢が婚約者ではない男性の屋敷を訪問したと知れると、醜聞として広まることがある。トピアスはそれを避けるため、マーリアに請われて付添として同行したが内容が内容である。
最愛の番に二心を匂わされたラウノは当然怒るであろうし、なんなら隣のマーリアはすでに静かに怒っている。
呼吸音すら辺りに響き渡りそうな重苦しい空気の中、ラウノは報告書をテーブルの上に放り投げると吐き捨てるように言い放った。
「この金糸雀が僕の番だって?」
「ニナさんが番は複数いるのかとお尋ねになったのを、不思議に思って家人に調べさせましたの。その小鳥は自分が番なのだと偽りニナさんに近づいたのだそうですわ」
「ニナ以外の番なんてあり得ない!」
「それだけでも許し難いのに、なぜか今はニナさんのお宅のお世話になっているようですわ!」
「なんだって!」
ふたりの声が荒くなるのを遮って、トピアスが話に割り込んだ。
「ラウノ様。念のためですが、無理矢理などではなくご両親の了承は得ているようですよ」
普段は冷静沈着なラウノとマーリアだが、ニナが絡むとなぜか感情露わになる。
ふたりが暴走し始めたら宥めるのは自分の役目なのだろうかと、トピアスはふたりが冷静になるよう両手のひらを上下に振る。
「そもそもなんでニナの家で暮らすことになった?」
「わたくしが聞きたいくらいです。住んでいた部屋の明け渡しにニナさん同行で赴き、少しの荷物を持って帰ったと聞いてわたくしも耳を疑いましたわ。ニナさんは脅されてという風でもなく、むしろ率先して小鳥を連れ回していたようですわ」
しばらく考え込んでいたマーリアだったが、意気消沈という体で肩を落とすとぽつりと呟いた。
「こんな勝手をして、ニナさんは不快に思われるかもしれませんわね」
いくら友人が心配だったとはいえ、後をつけさせその後の動向を調べあげるとは少しばかりやり過ぎである。マーリア自身もそれを自覚しているため、ニナに知られたらと考えると不安で仕方がない。
再び沈黙が少しの間部屋を満たしていたが、次に口を開いたのはラウノだった。
「……ニナは悲しんでいた? そんな金糸雀なんか知りもしないのに、その嘘を信じていた?」
ラウノは恐る恐るマーリアに問いかけた。
すぐにでもニナの元へ駆けていきたいが、予定外のマーリアたちの来訪もあり本日はまだ残務が残っている。明日の日中も別の訪問予定が入っているが、相手は貴族のため簡単に予定を覆すことができない。
「いいえ。ニナさんはいつもどおりでした。怒るでも悲しむでもなく、何でもないことのようにお話していらっしゃいました」
マーリアは目を伏せながら、あの日のニナの様子を思い出しながらラウノに語って聞かせる。
「軽蔑されていたらどうしよう」
「嫌われてしまったらどうしたら……」
頭を抱えるふたりを見ながらトピアスは静かに呟いた。
「なんというか彼女は底が知れないよね」
◇
ベルタが暮らしているのはニナの家の客間のひとつだ。
寝台がありちょっとした作業のできる机もあり、何より立って歩いても天井に頭をぶつけるということがない。以前の屋根裏部屋と比べると快適さは雲泥の差である。
その部屋にニナとニナの母親が集まっていた。
「お母さん、ベルタちゃんにこの服着てもらってもいい?」
ニナが出してきたのは白を基調とした踝まで丈のある服だった。
胸の切り替えに部分に小さな飾りがついて、裾に向かってなだらかに広がっていく作りになっている。幾重にも重なった薄布が、動くたびにひらひらとまるで舞っているようだ。
腰下から裾にかけて虹色に染められた布は、薄桃色から始まり橙から黄色へと段階的に薄い色が変化し幻想的ですらある。
「とても綺麗な服だけど、ニナの服なんでしょう?」
「それがね、これ私だと丈が余ってしまうんだよね」
「ニナは私に似て小柄でしょう? 着たら引きずってしまうのよ」
確かにニナは小柄だ。女性にしては比較的長身なベルタと比べると、拳ふたつ分くらいの身長差がある。ぱっと見ただけでも長めの作りに見えるため、ニナの身長では着用が難しいのかもしれない。
「踵の高い靴を履いてもだめだったから、もう着ることはないと思うの」
丈を調整しようかという話も出たが、ニナの身長に合わせて裾を切ると色が半分に減ってしまうと言われ断念したのだった。
仮にもベルタは歌劇団の歌手だ。身なりに気を遣うようにと支配人に言われているが、金銭的に不自由しているベルタでは食事を抜くことも日常で、衣服にかける余分な金など持ち合わせていなかった。
非常にありがたい提案ではあるが、そこまで甘えていいものかとベルタが逡巡しているところで、客間の扉を数回叩く音が聞こえてきた。
ニナが返事をすると静かに扉が開かれ、ニナの父親が顔を出した。
「楽しそうなところ悪いけど、ベルタさんちょっといいかな?」




