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ミノスの牡牛

作者: 充新

リハビリだのなんだの言いながらまた前作からえらい間を開けてしまいました。

いや、うん。もっと頑張ります

 ミノタウロス。

 ギリシャ神話に登場する牛の頭を持った迷宮の怪物。

 二十一世紀の日本においては様々なフィクションに敵として登場するメジャーなモンスターの一種である。


異世界(こっち)にはいないんだな。ミノタウロス」

 勉強になった。と出入り口の無い部屋の中央で男が笑う。

 その眼前には重力に逆らうように鏡が浮かび、それには男の顔ではなくいくつもの文字列がずらりと並んで映し出されていた。

 男が手元の石版(キーボード)を操作するとついと文字列が上下して鏡に映る表示範囲を変えるがやはりそこに彼が望んだ名前はない。

 彼は何者か。

 魔神を名乗る存在がこの世界で活動する手駒として喚びだした迷宮の主(ダンジョンマスター)の一人。

 有り体に言ってしまえば異邦人だ。

「どのような魔物ですか?」

「あー、そうね。人間の体に牛の頭でー」

 傍らに控えた魔神の僕たる銀髪の女が問うと、男は少し考えて、いくつか大雑把にゲームやマンガで得たその怪物の知識をあげる。

 それでしたら。と身を乗り出して女が石版を操作した。

 密着した体勢に男が鼻の下を伸ばす。こういう俗物なところが魔神とやらに見出されたのだろうかどうかとか適当に考えながら。

牛頭人(ブルヘッド)闘士(ウォーリア)でしょうか」

 やがて表示された牛頭人身の魔物を見て男はおおと感嘆の声を上げ、数値化されたその能力(ステータス)を見てあからさまに肩を落とした。

「あんまり強くないねー」

「こちらでは比較的ありふれた魔物ですので。その分安価ですが」

 現在ディスプレイに表示されているのは迷宮(ダンジョン)に配備するために魔神から購入する魔物のカタログに記された牛頭人の情報である。

 名付けや条件付けで強化できるだけ自然発生の魔物よりはマシでもあるという。

「向こうでいうゴブリンとかコボルドに近いのね」

 笑う。

「とは言えドラゴンとかは今のポイントじゃ手が出ないし、ミノタウロスくらいは欲しいよなあ」

 笑う。

 この男は後先考えずに牛頭人をミノタウロスに仕上げるつもりなのだ。

 失敗して迷宮を冒険者に攻略されれば自分が死ぬのだと解っていながら。

 きっとこういうところが我が神のお眼鏡にかなったのだろうと魔神を信奉する女は思う。

「では、はじめますか」

「もちろん」

 上手くいかなければ死ぬだけだ。

 男は実に愉しげに口角を吊り上げて「まずは実験」と牛頭人を購入するべくボタンを叩いた。



 倒れた牛頭人を見下ろしながら、斥候の男がつぶやく。

「……やっぱり、なんかおかしいぞ。ここ」

 寂れた漁村だけがある小さな島の海辺に迷宮(ダンジョン)が発生したと聞いて何人もの冒険者が島を訪れた。

 ある新人はありふれた弱い魔物しか見なかったと言い、売ればそれなりの儲けにはなるだろう装飾品を手に入れて戻ってきた。

 ある中堅冒険者は財宝とは名ばかりの二束三文の品ばかりを手にして「この程度の儲けじゃ帰れない」と迷宮の奥へ向かって帰ってこなかった。

 戻ってこない知り合いを探すと言ったベテランは満身創痍で帰途につき、見たことのない魔物を見たとつぶやいて冒険者を引退するといって去って行った。

 そんな様子であったから、今まさにその迷宮に挑むこの冒険者一党もここには何かあるのではないかと普段以上に警戒して探索をしているのだが、遭遇するのは新米冒険者でも相手する事のある牛頭人ばかであった。

「そうか? 牛頭人くらいならどこにでもいるだろ」

 それこそ、いない迷宮のが少ない方だろうと一党のリーダーである剣士が言うと斥候は「牛頭人がいることじゃねえよ」と首を横に振る。

「この迷宮で無傷の牛頭人を見たか?」

 冒険者の挑む迷宮に居る魔物が傷を負っていることは少なくない。だが、それならば迷宮の魔物は傷を負っているのが当たり前かというとそうでもない。

 生まれた時から傷を負っているというわけではないのだから。

「……で、どうだった?」

「解析の術を使ってみた結果」

 話題を振られた魔術使いの女が答える。

「この牛頭人には同族殺し(キンスレイヤー)の忌み名が付いていた」

 この世界において魔物はその行動などの結果特殊な称号を得ることがある。

 忌み名と呼ばれるそれはそれをえた魔物に能力の向上など様々な効果を及ぼすのだ。

 もちろん、それぞれに異なる取得条件が存在するものではあるが――――

「つまり、ここでは魔物同士が殺し合いをっしてるってのか?」

 同族殺しとは、そういうことだ。

「多分、次の牛頭人もそうだろうよ」

 斥候が肩をすくめる。残る2人は粘りつくような嫌な緊張感と共に、ごくりと唾をのみ込んだ。

 奥へ進んだ。牛頭人がいた。解析の術を通してみると同族殺しであった。

 また奥へ進んだ。牛頭人が居た。同族殺しであった。

 さらに奥へ進んだ。牛頭人が居た。同族殺しであった。

 より奥へと進み、その都度牛頭人を見つけた。やはりその大半は同族殺しであった。

「悪趣味」

 倒した同族殺しの牛頭人の数が二桁に届いたころあいで、魔術使いはそう吐き捨てる。

 己の迷宮を守る魔物に殺し合いをさせる迷宮主の意図が理解できない。或いはそういうものを好む加虐趣味の一種なのだろうかとぼやけば剣士は傷だらけの魔物に囲まれて悦に入る長を想像して「うへえ」と嫌そうに顔を歪めた。

 一方、会話と同時に警戒も続けていた斥候は怪訝な顔を見せる。

「なんか来るぞ」

「また牛頭人か?」

「いや、なんか……」

 それは、斥候の戸惑いが晴れるより先に一党の前に姿を現した。

 牛の頭、人の躯。

 先ほどまで何度も見た牛頭人と同じで、しかしながら一般的なそれの二倍近い巨躯。

――――見たことのない魔物を見た。

 三人の脳裏に満身創痍で帰り引退したというベテラン冒険者の言葉が浮かぶ。まず間違いなく牛頭人ではあるだろうが、この様な巨体の亜種の話は聞いたことがない。

 血走った目でぎょろりとこちらを睥睨したそれがあげた狂乱の雄叫びをスタートの合図にして、三人組の冒険者一党は弾かれたように駆けだした。

 どこをどう走ったかなど覚える余裕はない。行き当たりばったりにひたすら走って、たまたま遭遇した普通の牛頭人に怪物が見境無く食らいついているのをこれ幸いとひたすら走る。

 気がつけば怪物の姿はどこにも見えず、迷宮の入り口付近まで戻ってきていた。

「……なんだよ、あれ」

 ぜえはあと息を吐きながら剣士が問うたが、この場に答えを出せるものはいなかった。

「牛頭人?」

 と、魔術使い。

 結論から言えば、それは正解である。

「いやいや、まさか」

「どうやったら牛頭人があんなになるんだよ」

 蠱毒と呼ばれる呪術がある。それはこの世界の術ではないが、この迷宮の主が生まれ育った世界ではフィクションの中でモチーフとされることも少なくないものであった。

「同族殺しの忌み名……」

 次に場を設えた。この迷宮は意図的に海辺に作られ、わかりづらいが水路も張り巡らされそこには本来海に住まう魔物も配置されており擬似的に海の属性を帯びていた。

 ミノタウロスはとある王が海神への供物を偽ったためにその妻に呪いがかけられ、その結果生まれた怪物である。海とは相性が良いのではないかと、迷宮主は考えた。

 最後に、魔神による名付け(呪い)を与えた。

 ミノタウロス(ミノス王の牡牛)とは怪物としての名であり、呪われた王妃から呪いをまとって産み落とされた怪物にもアステリオスという人としての名がある。

 彼の呪われし牛頭人に与えられた魔名もまたアステリオス。

 人を呪うのに、呪う触媒を対象に似せるという話を聞いたことがあった迷宮主が蠱毒と同様「魔法が存在するなら通じるんじゃないか」とやってみた呪術が功を奏したわけだ。

 しかしながらそんなことは露知らず、冒険者たちは見た限りの怪物の情報を持って迷宮を後にする。

 そして、ようやっとこの迷宮の魔牛の存在は知られ始める。


 迷宮が出来るまで寂れた漁村しかなかった小さな島。ミノス島。

 かくしてこの世界にミノタウロス(ミノス島の牡牛)が現れた。


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