第2話 砕かれたクサリ
モビルスーツとは通信端末、スマートホンみたいなものです。
機動する戦士の事ではない。
赤いモデルと白いモデルがライバル関係だったりします。
「あたし、あなたの事が好きになっちゃった♥」
「いや、お前モンスターだろ」
いきなり何を言い出すのか。
俺に付いて来るといっても、そもそもモンスターは魔力の無い場所では生きられないので世界―シャンダルキア―に居続けるのは無理だ。
シャンダルキアに魔力があるのは、各地にあるダンジョンから冒険者が魔結晶を持ち帰り、生活の糧としている為である。
「バニー辞めるわ。ほら」
ソーサレスバニーのウサミミが消えた。
溶け落ちるように、何の突拍子も無く。
「バニーって、そんな簡単に辞められるのかよ」
コスプレファッションじゃあるまいし、固定概念が覆されそうだ。
「簡単じゃないって。本当に好きな人が出来た時に耳が取れるって聞いた事があるの」
「それが俺だと? 一回エレクシオンしただけでそんなに惚れる程か?」
一回エレクシオンを経験しただけで懐かれるだなんて厄介だ。通常のバニーだとそこまで依存する事は無い筈。偶に巣にお持ち帰りされる冒険者も居るらしいが。
だがこいつはユニークだから、異例の可能性もある。
「初めてのエレクシオンだったのよ♥ あんなに素敵な体験初めてなの♥ それにあなた、凄く強いし、充分惚れるに値するじゃない♥」
「いや、俺の強さは平凡で一般的な冒険者でしかない。エレクシオンも初めてなら比べる基準も無いだろ」
世間は広い。俺は有象無象に居る冒険者の一人に過ぎない。実績を見れば所詮中の下程度な強さでしか無い。
ソロ冒険者で絞れば中の上かも知れないが、この程度では誇るものなど無い。それに、奴隷だ。俺自身がどれだけ頑張ったとしても評価はベルベティア家のものになる。
「それでも、あたし決めたの! ほらっ、こうして耳も無くなったし、もう人として生きていくわ!」
「俺、奴隷だぞ。人類として底辺だぞ」
そう、奴隷だ。俺に人権は無い。
「あら、クサリ付きなのね。待って、解除してあげるわ。あと、その怪我もね。ほら」
両手を地面に突いて立ち上がり、両掌を上向きに広げて俺に差し出す。
ここに手を置いてという合図だ。疑心暗鬼はまだ拭えないけれども、手を合わす。
「それじゃ、アイスル…」
モンスターから魔法を貰う事に警戒をしたが、これは通常の回復魔法で間違い無い。
優しい暖かさで痛みが癒えていく。俺が使うよりも断然、精度の高い回復魔法だ。流石は魔法のエキスパートたるソーサレスである。
「どう? 痛みは無いかしら」
「あぁ、怪我も治ってくれた。ありがとう」
「良かった。それじゃ、次はクサリの解除ね」
本当に奴隷から開放されるというのか。
散々ベルベティア家に戒められて来て、ようやく俺にも報われる時が来てくれたのかも知れない。
兎の魔女が俺の身体に触れる。フェザータッチで、胸や背中や太腿等を撫でていく。
「あら? ウフフ♥ 結構逞しいじゃない♥」
「おい…」
「ちゃんとクサリは解除するわよ」
いまいち信用に欠ける言葉だ。
ただ俺の身体に触りたかっただけだと見られても仕方がない。
しかしこのユニークモンスターの魔力によって、俺の奴隷だという事を示す忌々しい鎖が視覚化される。くすぐったくゾクゾクする卑猥なフェザータッチなのだが、ちゃんと意味のある行動だった。
奴隷のクサリが視覚化され、魔法の言葉を紡ぐ。
不条理なものよ 何者の許可を得て 呪い 戒めるのか
我の断りを得ぬまま 仇なすとは傲慢成り
ここに戒める呪いは 存在しない
あってはならない ありえぬ 許してはならぬ
故に 砕く 砕き 砕いて 砕いて 砕き尽くす
完膚無きまで破壊する
微塵の 欠片も 残らぬまでに
「カースブレイク!」
俺を戒めるクサリが、奴隷の印となる拘束が、砕かれた。
「解除出来たわ。これで奴隷の身分から開放されたわよ」
「まじか……」
「マジじゃなくて、ソーサレスよ」
マジシャンではなくソーサレス。マジシャンは魔術を得意とし、ソーサラーは魔力を得意とする。
今回のクサリを砕いた魔法は戒めを紐解く術ではなく、魔力に偏った力技で戒めを無理矢理砕いたという荒業だ。
「奴隷じゃ、なくなったんだ…」
しかし確かな開放感。
本当に、奴隷じゃ無くなった。戒めていたクサリが無くなったと実感が出来る。
これでベルベティア家と縁を切る事が出来るようになったのだ。まだ試してはいないから確証出来る訳ではないのだが、俺を戒めていたクサリが砕けた時点でほぼ確定して良い。
「そうか……自由か…これから、どうするべきか」
「うん。じゃあエレクシオンしよ♥」
ひっ付いて来る巨乳兎を掌で押し返す。
「やぁあん♥ 大仕事したんだからご褒美頂戴よぉ♥」
「はいはい。そういえばお前、俺に付いて来るって言っていたが、ダンジョンの外に出て大丈夫か?」
「大丈夫な筈よ。耳無しのバニーになれば、ダンジョンの外でも生きていけるって聞いているもの。無理だったら諦めるけれど」
バニーの耳が無くなるだなんて聞いた事が、あったかも知れないがしかし、そうそうあるものじゃない。
バニーが人を孕むというのは聞いた事がある。シャンダルキア最初のセラフ、セラフィエスという少女が実はバニーから産まれたのだと、エルフやオーガやヴァンパイア等の人類皆バニーが先祖なのだと、だからなのか、バニーの耳が取れるのも不思議ではなかったのかも知れない。
「そうか。まぁ、取り敢えずダンジョンから出るぞ」
「えぇ。宜しくねっ♥」
少女は気絶したまま起き上がる気配がないけれども、スゥスゥ可愛らしく安らかな寝息を立てているので心配はない筈である。
背中におぶさり、ダンジョンを出る為にカードを持つ。
【冒険者の鉄則十ヶ条】
1.危機に陥る前に即逃走
2.危機を感じたら近付くな
3.好奇心を殺せ
4.仲間の命より自分の命を優先せよ
5.全力で仲間を助け出せ
6.ダンジョンの一歩は常に死への一歩
7.喧嘩は地獄への片道切符
8.頭の後ろにも目を付けろ
9.ダンジョンに安全地帯無し
10.臆病者こそが真の冒険者である
こんな事が書かれている。
冒険者ギルドから支給されている帰還用のカードだ。魔法を唱えれば誰でも簡単に、安全にダンジョンエントランスへと転送出来る。
ただ、かなりの消耗を要求し、更に大きな隙が出来てしまう為にモンスターが側に居ると使えない。絶対に使ってはいけない。
一度失敗すると、再度の使用がほぼ不可能になってしまうからだ。
そうなると、帰還魔法用の魔力が安定するまで時間を置くか、拠点のある階層まで自力で戻るかをしなければならない。
帰還魔法を失敗して再度使用可能になるのは個人差があり、大体はひと晩の時間が経てば使えるようになる。カードの方も失敗すると壊れて使えなくなる。保険として3枚所持が推奨されるのだが、1枚損傷すると1週間分の稼ぎが無くなる。
はっきり言って馬鹿を見る。
周囲の安全を確かめて、忘れ物も無いか確認し、それから帰還用の魔法を使う。
「ほら、ダンジョン出るぞ。捕まれ」
「えぇ♥ んちゅー」
正面からソーサレスバニーが抱き着いて来ると、3の数字みたいに唇を尖らせて引き寄せる。
「どさくさに紛れてキスしようとするな。手は、塞がっているから腕を掴むだけでいいんだ」
「もうっ、あたしはいつでもどこでもイチャイチャしたいのー。けち」
「わがままを言い過ぎると置いていくぞ」
「それはもっと嫌」
「だったら我慢しろ。バニーでなく人として理性を持ってくれ」
これからはバニーではない。人として生きると決めたのだ。
年中発情中な思考をしているらしいバニーじゃ辛いかも知れないけれども、自制してもらわないといけない。
「……そう、ね…でも、時々はちゃんとイチャイチャさせてよねっ」
「そうだな」
左腕に捕まり、巨乳に埋もれる。
主人のカスミも甘えたがりだが、このバニーもかなりの甘えたがりだという事か。
ある程度は譲歩してあげよう。
「カエロ!」
帰還魔法が発動し、空間が乱れていく。
2分程の無防備な時間が経過して、不思議な空間を潜ると、ディスティアダンジョンのエントランスに辿り着いた。
青白く輝く渦のダンジョンゲート、煌々と眩いシャンデリア、大理石で磨きぬかれた地面、ふかふかに毛深い絨毯、何が良いのか分からない絵画、歪な壺に彩られた花々、緑豊かな観葉植物、広いホールの中央で沸き立つ噴水。
実に金の無駄遣いを凝らしたような、そんな場所だ。
無事に脱出が出来た。
「さて、どうするか…」
手始めにするべきはこの娘達の寝泊りする場所を確保する事。それから今後の方針を決めたい。
「そういえば、人類の社会って何をするにしてもお金が必要だったかしら」
「その通りだ。俺の場合は奴隷だから、稼いだ金は全て主人のカスミ・ベルベティアのものになる」
「つまりダーリンは無一文なの?」
誰の事だダーリンて。
「……ダーリン?」
「あたしの恋人♥ あなたがダーリンよ♥」
不本意ながら、そういう事になるのかも知れない。
無数に居るバニーは男と出来るチャンスがあればエレクシオンして来るので、バニーとはかなりの相手とエレクシオンした事がある。だというのに、一回しただけのこのソーサレスバニーから恋人呼ばわりされるだなんて正直に違和感しかない。
面倒臭いから適当に流そう。
「好きに呼べ…」
「やった! ダーリン大好き♥」
お金の問題だが、一応は有る。
「お金だが一応は持っている。ただこのお金はカスミ・ベルベティアのものだから何に使ったのか全て報告し記載する必要が有る」
「つまり?」
「自由には使えない」
「こっそり使っちゃえば良いじゃない」
今時じゃ絶対に無理な話しだ。
「無理だ。今時、会計は全て認証を通す必要があるからな」
「どういう事?」
「虹彩認証と魔紋認証、これを通さなければ商品は買えない。そして会計の情報は全て筒抜けになる」
現金という物をほぼ全く使わなくなって久しい。
モビルスーツという端末を通し、インターネットバンクを利用し買い物をする事が出来る。会計端末を視認するだけで買い物が完了になるので非常に便利な世の中になったものだ。
ただ、裏道的なお金の使い方が出来なくなったのも不便ではあるが、逆に犯罪が減ったのも良い世の中になった事に貢献している。しかしそれでも詐欺的な犯罪は、やっぱりあったりするのが嘆かわしい。
ちなみに虹彩認証は瞳の模様を確認し、一致していれば認証が通る。
魔紋認証は魔力の形状を確認し、一致していれば認証が通る。魔力にも、指紋みたいに誰とも一致しない個人の紋様がある。この魔紋により魔法を使った犯罪が極端に減った。しかし魔紋も、魔力を人体に通さない使い方、魔導機を使用すると個人の魔紋を特定出来なくなる。市販品ならナンバーの特定は出来るのだが、オリジナル魔導機では特定が難しい。
「人の文明の認証って、凄い厄介なのね……」
「その分、犯罪が減っているんだ。厳重だが悪い事ばかりじゃない」
どうすればお金を工面出来るのか、少しだけ考える。
「そうだな、素直に話せばいいんだ」
「それって大丈夫なの?」
「ベルベティアの本家は大嫌いだが、直接の主人であるカスミは嫌いじゃない。話せば分かる奴だ」
「良い人なのね。そのカスミって」
「そう、出来る事なら……裏切りたくないものだ」
おんぶしていた少女を、エントランスホール隅にあるベンチに座らす。
相変わらずスヤスヤと可愛らしい寝息を立てている。
ここのエントランスホールも夕方の時間帯で人の出入りもぼちぼち少なくなって、落ち着いた雰囲気をしている。噴水や観葉植物のおかげか澄んだ空気をしていて、無駄に長居したくなってしまう。
「ウフフ、この娘も可愛いわね♥」
「なぁ、何でお前等は俺達に襲いかかったんだ?」
ふと気になった。モンスターが人を襲う理由。
「あら、気になる?」
「そりゃそうだ」
「それはね、食事かしら」
その答えは矛盾を孕んでいる。モンスターは魔力だけで生きられると言われている。
「モンスターの食事はダンジョンの外気だけで生きられるんじゃなかったのか?」
「その通りよ。どの産まれたてのモンスターでも、直ぐに親元であるあたし達バニーから離れて、適当に遊んで寝ているだけで生きられるわ」
「それじゃ何故だ? 食事が必要になる理由は」
「だから、ダーリン言ったじゃない。外気だけで生きられるって。その外気よ」
外気が理由とは、人を襲う理由に何が関わっているというんだ。
「人を殺した時に、その外気にはモンスターにとって非常に美味しい魔力がのぼり立つ。これが、理由よ」
「……つまり、人は、美味しいお菓子っていう事なのか」
美味しい嗜好品。モンスターが人を殺して得られるものは、魔力だ。
「その通り。スナック菓子っていうのがあったかしら? 一部のモンスターにとっては、やめられない止まらないスナック菓子感覚で人を殺したくなるのも居るわね。あたしはまだ直接人を殺した事なんて無いんだけれど、人から流れる血から漏れ出す魔力は、つい、とても甘くて美味しそうって思っちゃうわ」
「……………充分、理解した」
非常に胸糞悪い真実だった。
「あたしとしても、人類はモンスターを殺して得た魔力を、機械っていう物を動かす為に使っているっていうのが残酷に見えるわよ」
こちら側もモンスターを殺して得た魔力を、様々な機械に使っている。似たようなものだった。
「どうせ魔力が欲しいんだったら素直にダンジョン内で暮らせばいいのにねぇ」
「それだと、モンスターに襲われるだろ」
「それもそっか」
俺達はモンスターにとって美味しいお菓子。この巨乳魔女も元バニーだ。
「それで、お前はどうだ? 人を殺したくなるのか?」
「あら、あたしはもっともっと美味しいものを知っちゃったから♥ 人に宿る魔力なんてべつに今更殺して得るなんて、乱暴な事する必要無いわ♥ ねっ、ダーリン♥」
人に宿る魔力か。
あの時の、このソーサレスバニーとエレクシオンした時の俺は魔力が枯渇していたが、実は本当に無くなった訳じゃない。
生き物は誰でも大なり小なり魔結晶を体の中に宿す。ダンジョンから魔力を得る事で体の中の魔結晶が徐々に大きくなっていく。魔力が得られなければ魔結晶は、無くなって魔法が使えなくなる。世界―シャンダルキア―でもダンジョンから魔力を得られない地方だと、魔法が全く使えない人類も居る。というより魔法の使えない土地の方がずっと多い。
魔結晶はいわゆる飴玉だ。個体―マテリアル―の時点では魔力として扱えない。少しづつ溶かして液体―エーテル―や気体―マナ―に形を変え、魔法を行使出来るようになる。
時間が経てばそのうち回復をするのだが、エレクシオンならば体内の魔結晶を瞬時にエーテルに変えて実用出来るように形成させられる。ついでに周囲の魔力も体内に取り込み、マテリアライズ器官を活性化させて効率良く魔結晶化させられるようになり、結果、魔力の回復にも貢献出来るので魔力が枯渇した時にはうってつけな行為となる。
「だからなのか……エレクシオンしたバニーは、人を襲わない理由は」
「殺すより、エレクシオンした方が平和的よね」
「確かに、その通りかもな」
バニー達は可愛い女の子の姿をしている為、つい殺すのは躊躇ってしまう。だがモンスターだ。殺さなければ、殺される。その殺し合いを回避出来る方法があるのならば、積極的に狙っていきたい所なのだが、どうにもエレクシオンという魔法は実践的ではないので使いにくい。
そうそう頻繁に狙える機会は無さそうだ。
さて、そろそろ主人と連絡を取ろう。
「主人と交渉するぞ」
「奴隷の時のご主人様ね。カスミっていう子」
「そうだ」
収納魔法ハコから懐中時計を出し、開いてモビルスーツを展開する。
戦闘中に紛失や故障してはいけないので、俺は毎度ハコの中にしまっている。装備変更するプリセット機能や、ハコと連動しアイテム取り出し機能もあるので戦闘補助としても有能なのだが、俺の場合はハコが使い慣れているので戦闘にモビルスーツが無くても特に問題無い。
モビルスーツにも形状が色々ある。本体は小さな宝石であり、指輪やイヤリングやペンダントやヘアピンなどなど、様々なアクセサリーに出来るので人それぞれ好みの形をしている。俺は無くしたくないから大きめな懐中時計で、常にハコの中にしまって使用時のみ取り出すようにしている。
空中にモニターウインドウが表示される。カスミと音声通話を繋ぐ。
僅か1コールで繋がった。
{もしもーしヒロくーん}
ディスティア冒険者学園卒業生のカスミ・ペルベティアは2浪で3年目に突入している。
毎日だらだらと殆ど勉強せず、ソーシャルゲームに夢中なニート三昧、通話にすぐ出られたのもソシャゲをしていたからに違いない。
「あぁ主人、今ダンジョンから出た所だ」
{今日もお疲れ様ーっ! それでどうしたの?}
要件は、この二人の為にお金を工面する事と、寝泊りする場所の確保だ。
宿を取ろうと思う。
「相談でな、今日ダンジョンで二人救出をしたんだ。その二人がどうしても困っていてな、ちょっとばかりお金を貸し与えたく思う」
{へぇー、ヒロくんが他人に関心持つだなんて珍しいじゃない。いったい何で?}
「珍しいって…他の冒険者を助けるのは意外と結構あるぞ。ただ、今回の場合はこいつらの面倒を見なきゃ危ういってだけで」
確かに毎度冒険はソロで挑んでいる。奴隷である俺とメンバーを組むという奇特な者など居やしない。
ダンジョンの中では他の冒険者も見掛け、危うい場面があれば助けに入る事もある。珍しいと言われる筋合いは無い。
{なるほどね。いいよー。どうせ、本当はヒロくんが稼いだお金だもん、ヒロくんが自由に使っていいんだよ}
「主人はそういうが、本家が煩いからな。けじめは付けんといかん」
鬱陶しいベルベティア家の方針がある。俺の主人はカスミだが、カスミはベルベティア家の3女、頭の硬い親が厳しくて煩い。
奴隷を雇う家庭故に、俺とカスミが出会えたのもあるから一応少しばかりの恩はある。
{実家は実家、私は私。私はヒロくんが居てくれるだけで幸せなの。実家なんていらないわ}
「主人のお陰で俺も気が楽だ」
ディスティア冒険者学園へ通う事を決めた時から、俺とカスミの二人暮らし生活は決まった。カスミの奴隷として冒険メンバーに加わって色々学ぶ事もあったのだが、カスミは勉強が苦手な方であり、年下である筈の俺の方が頭の出来が良いらしく、授業を受けて無いにも関わらず家庭教師の真似事をする羽目にもなった。
あえていう、カスミは馬鹿だ。
本人は普通だというが、授業を受けていない俺が家庭教師役を勤めている時点で色々と察する。
{そうだねー。所で、その救出した二人ってどんな子なの?}
「新人ぽいのと、魔法使いだ。どっちもお金を持っていなくて、身寄りも無くてな、困っている」
{詐欺って可能性は?}
わざとピンチを装って不意打ちをする強盗。
皮肉にもそういう連中がたまに居る。ソロで弱そうに見えるらしい俺はカモらしく、よく狙われて返り討ちにしてきた。カモというよりこっちがサギっぽいのに。いやトキか。
「凄い命懸けの場面だったんだ。可能性は無いに等しい」
{ふむふむ、男の子? 女の子?}
「どっちも女だな。おそらくは人間だ」
この少女は人間でほぼ間違いない。ソーサレスバニーは、バニーと言える筈も無いから見た目通りの人間という事にしておいた方が良い。
{女の子ねぇ、可愛い? 惚れちゃった?}
「あぁそうだな可愛いと思う。でも惚れた云々な下世話は却下だ。単純に人助けだ」
黒い髪の少女は、驚く程可愛い。間違い無い。
ソーサレスバニーも可愛い。あと胸が大きい。カスミも1メートルあるが、このバニーはもうひとまわり大きそうだ。
俺が惚れたかどうか、それはまだ分からない。この黒い髪の少女は何となく、気になってしまう。儚く折れそうで、助けなきゃいけないと感じてしまった。
{えー、怪しいなぁ。せっかくだからうちに連れて来なよ。その方が安く済むでしょ。可愛いなら見てみたいし}
「俺個人がちょっと貸すだけだ。深く関わるつもりもないし、恩を着せるつもりもないし、見返りも求めん。あっ、あぁー……俺の方が、恩があったな…」
一番大事な恩、奴隷のクサリを砕いてくれた事。
これが一番大きい。お陰様で自由の身になれたのだ。
早い所、大空を自由に翔んでみたい。
その為には、主人、カスミを――
――裏切る必要がある。
{なになにどうしたの?}
「魔法使いの方には、助けて貰った。だからその礼もしなきゃいかん」
{じゃ、うちでパーティねっ! ご馳走が食べたいわ!}
カスミに、最後のお別れを告げなきゃいけない。
「それはご主人が食べたいってだけだろ」
{えー、良いじゃない。ヒロくん、ご馳走作ってぇ}
「…分かった分かった。二人とも連れて行く。ご馳走も作ってやる」
{やったぁ!}
長年、一緒に暮らして来た主人、カスミには親愛を感じている。
カスミには、ちゃんと本家に戻って親の恩恵を受けた方が良い。俺が養えるのも、これで最後だから。
最後のお別れをしよう。