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第1話 記憶喪失の少女

同名の作品がありますが、設定は投げ捨てました。

「バニー、いや、違うか……」


 こんなダンジョンの木陰で倒れ込む少女を見付けた。

 死んでいる訳では無さそうに見える。もし仮眠だとしたら、ダンジョンに安全地帯無し。仮眠するなど自殺行為だ。


「おい、大丈夫か」


 声をかけても反応無し。

 既に死んでいるのかと、脈を確かめれば鼓動有り。呼吸も安定。外傷は所々に軽傷を負ってしまっている。


「生きてはいるか……こんな軽装でダンジョンに来るだなんて、それとも装備をハコに閉まっているのか、何にしても不自然だな」


 とても可愛らしい顔をした少女だ。

 しっとり濡れたカラスの羽毛のように艷やかで長く美しい髪。高級シルクのように白く滑らかな肌。整った眉目に長いまつ毛、朱く潤う唇。ふっくら女性的に大きく膨らむ果実。折れそうに括れた腰に安定感のある大きなお尻。細く非力さを漂わすしなやかな手指に長い脚。

 身に纏う服は紺色のブレザーにフレアスカート、胸元に大きなリボンが飾られている。短いソックスに革靴、とても冒険には向いていない、教卓に齧り付く方が合っているような学生服である。所々傷付き破れ、血が滲んでいる。


「おい、起きろ。いったいどうした」

「んっ…うぁ……」


 肩を揺らすと、反応が帰ってきた。


「ふぐっ……助け、て…助けてっ…!!」


 起きるなり、涙目になって必死に助けを求めて来た。

 察するに迷い子か。

 冒険者ならこんな軽装でここまで来る筈も無い。何かしらの事故に遭ったのだと想定される。


「落ち着け。ここが何処だか分かるか?」


 ぶんぶん首を振る。勢い余って綺麗に整っていた長い髪もバサバサだ。


「分かりません……何が何だか、何もかも」


 混乱している様子だ。

 時間を置きつつ、もっと落ち着いて会話をするべきだ。


「ほら、これでも飲め」

「ありがとう、ございます……」


 こういう時は取り敢えずお茶に限る。

 収納魔法ハコを展開し、左手からよく冷えたピッチャーの紅茶を取り出し、右手に持ったグラスに注いて少女に手渡す。

 受け取ると「わっ、冷たい!」と軽く驚いた。

 恐る恐るひとくち啜ると、はっと驚きの表情に変わる。


「冷たくて、美味しい……それに甘くて爽やかですっ」


 セラフィエスは茶葉の産地としても有名だ。大半の茶葉はセラフィエス産になっている。

 この紅茶もセラフィエス王国セフィロン州を産地とし、上白糖を溶かして甘味を作り、シグナス産有機レモンで仕上げてある。

 レモンの甘酸っぱさと紅茶の爽やかな香りで、疲れも苛立ちも青空の彼方へと葬り去られる事うけあいだ。


「こんな美味しい紅茶、初めてです」

「それは良かった。おかわりも有るぞ」

「お願いします!」

「はいよ」


 ピッチャーの紅茶を再度グラスへ注ぎ、少女に手渡す。すると今度は凄い勢いで飲み干していく。余程気に入ってくれたのであろう。喉が渇いていたのもあるのかも知れない。

 俺も自分のグラスをハコから取り出し、紅茶を適量注いて口にあおる。なかなか良い出来栄えだが、少しばかり甘みが強くて砂糖を入れ過ぎてしまっていた。けれどもこの少女には程良い甘味であったのだと思う。

 ダンジョンの中でも、暑い日差しに爽やかな風が吹き、涼し気な木陰で紅茶を飲むというのも中々風情があって良いものだ。


「そうだ、おやつもあってだな……ほら、チーズタルトだ。食べるか?」

「美味しそう! 是非ともっ!」


 追加で収納魔法ハコから、とろける出来立てチーズタルトを取り出す。陶器のお皿にひとくちサイズのタルトが複数並べられている。

 木陰に腰掛けたまま膝にナプキンを敷き、その上にお皿を置く。

 デザートフォークでタルトをひとつ掴み、ひとくちで頂く。


―さくり、さくり、チーズがとろぉーり、ほんのりと甘い。ドライフルーツ達がプチプチプチと、甘ずっぱさがじゅわあっと広がる。

「お、おぉ、美味しいですぅ♥」


 レアチーズにドライフルーツでアクセントを加えたタルトだ。なかなか美味しく仕上げられたと思う。

 こうして笑顔で食べてくれるのを見ると、自分も作った甲斐がある。頬が緩み切って今にも落ちて来そうだ。

 俺もタルトを齧る。

 なるほどと唸る。まだまだ伸び代が見えるので改良点を模索していく。


「んふふ、美味しい♥」


 なかなか良い食べっぷりだ。

 程良くお菓子も紅茶も減って、そろそろ落ち着いた頃合であろうか。

 本題に入りたい。


「それで、何処の誰だ? ちなみに俺の名前は……」


 ヒロ、そう名乗ろうとしたが躊躇った。

 奴隷の身分で関われば迷惑が及ぶからだ。

 主人のカスミ自身はただのソシャゲに夢中な引き籠もりニートだが、実家のベルベティア家は悪質だ。根無し草が居たなら早速とクサリを掛けて奴隷にしてしまう。


 ふと、空を見上げる。

 青い、どこまでも青色の広がる、ソラ。


「ソラ、だ」


 俺の一番好きなもの、空。

 空を翔んでいる時が一番大好きだ。

 見上げれば、このダンジョンにも青く澄んで広がる、爽快な空がある。

 あの大空に向かって俺の羽を満開に伸ばすのがとても気持ち良い。翼を広げれば、ほんのり桜色の入った白い羽根が散る。


「ソラ……ですか。とっても素敵な名前ですね」


 もぐもぐもぐと、口を動かすのが止まらないまま言う。ほっぺたに食べかすが付いてしまっている。

 最初の鬼気迫る緊張感はどこかに忘れ去ってしまったらしい。

 それにしても良い笑顔だ。この少女、とびっきり可愛い。眩し過ぎる程に良い笑顔をしている。


 ふと少女の瞳に、俺の散らした羽根が映る。


「羽根? えっと、その羽、本物なんですか?」

「本物って、いや、当然本物だ。セラフだからな」


 セラフ族なら羽があって当然だ。

 四枚翼ならハイセラフ、六枚翼ならアークセラフと呼ぶ。羽が多くても身体能力に大差は無いと聞く。むしろ不便だとも。

 セラフに限らずハイ・アークと付く種は血統に煩く、貴族様達は特に上流種族への執着が強い。

 俺の羽は桜のようにピンク混じりな白、いわゆる朱鷺色の二枚翼。二枚翼なのでハイもアークも付かない雑種なセラフだ。髪の毛も羽根と同じ様にピンクい朱鷺色だ。


「セラフ?」

「セラフ族を見た事無いのか? 人間程じゃないが、それなり多く居る筈だが」


 再び首を振り長い髪もバサバサ揺らして否と答える。

 セラフを見た事が無いだなんて、いったいどこの出身なのであろうか。


「そうなのですか……」


 バサバサ髪を揺らしたというのに、すぐ後にはサラサラ綺麗に整う綺麗な黒髪だ。

 風に靡いてほんのりとフローラルな良い匂いが漂う。


「それで、えっと、私の名前は……あれ、えっ…そんな……私の名前…」

「記憶喪失?」


 名前が思い出せない。漫画やアニメ、小説やドラマの類いではそう連想される。


「ううっ、どうもそうみたいです……すみません待って下さい。もう少しで思い出せそう」


 少女が必死に記憶を呼び起こそうとする。

 しかし、状況が、悪化した。

 俺達に、危機が迫る。


「いや、そう待ってられないようだ。のんびりし過ぎた」


 危機。

 接敵。

 そう、モンスターがわらわらと集まり出した。

 流石にダンジョン内でお茶を啜りお菓子を頬張っていればそのうちモンスターにも出くわす。

 休憩は、終わりだ。


「ひっ、いやっ、来ないでっ!」


 色々と気になる部分のある、記憶喪失と思わしき少女だが、今はモンスターを倒す事が先決となる。


「1、2、3、4、5、6…多いな」


 多い。

 ダーディリザードが2体、ヘビーブルが1体、シーフバニーが2体、ソーサレスバニーが1体。

 6体も囲まれてはソロだと死亡をま逃れない事態だ。しかも、ヘビーブルとソーサレスバニーが、どうも怪しい。そこ等で見る類いと一味違った雰囲気がある。もしかしたらユニークかも知れない。

 このまま戦えば危険過ぎる。しかし、俺にはまだ手段がある。

 羽を大きく広げて羽ばたき、羽根を散らす。


「アセンションフェザー!」


 20枚程の羽根がダーツのように勢い良く飛び、敵達に突き刺さる。

 羽根が鷺色に光り輝いて爆発した。


「「「グギャァアアアア!」」」


 爆発に包まれた敵は大ダメージを負う。突き刺さった場所から傷をこじ開けるように裂けるので、爆発の規模にしてはかなり強い。

 有翼の種族であるセラフが得意とする技、アセンションフェザー。セラフの羽根は魔力の塊であり、魔力がある限りは羽根が尽きない。攻撃や防御や回復など、魔力の塊だけに用途は多岐に渡る。

 爆風が止めば、大きく負傷したのはシーフバニー2体、追撃すれば倒せる。ダーディリザードは中傷、ヘビーブルは軽傷、ソーサレスバニーには攻撃を外してしまった。

 ただ、ここで追撃に移っては挟み撃ちにされてしまう。


「付いて来い!」

「は、はい!」


 この場に留まれば囲まれたままで不利になる。少女の手を引き、急いで移動をする。

 俺と少女は手を繋いで駆け出し、モンスター達も後を追い掛けて来た。

 俺は空をかなりの速度で翔べてモンスターを振り切る自信があるが、この少女の飛行能力を知らないので空を移動するのはリスクが高い。流石に人ひとり抱えてモンスター達を振り切る自信は無い。まだ地上を移動する方が対策のしようがある。


「何処に行くんですか」

「近場に渓谷がある。狭い場所なら敵に囲まれる可能性は低い」

「なるほど」


 林から、渓谷へ。

 この少女には長距離を走るという酷を強いるが、致し方ない。

 四方八方から攻撃されればひとたまりもないがしかし、左右を壁で阻む場所ならば敵の動きも制限出来る。

 モンスター達の中で特に脚が速いのがヘビーブルだ。猛牛ともいうべき、重量級で有りながらも大変素早く、苛烈で力強い突進に注意が必要である。

 ヘビーブルが先頭に立ち、角を怒らせて猛進して来ている。


「追い付かれます!」

「大丈夫だ。フェザーファイア!」


 羽根を手に持ち、狙いを定めて投げ付けた。


「ブモォウウウ!?」


 ヘビーブルの眼に直撃。羽根は鷺色に光り輝いて爆発し、ヘビーブルを大きく怯ませた。

 ヘビーブルは一時的に脚を止め、その巨体で後続の進行を妨害する。


「時間を稼げたな。急ぐぞ」

「はぁ、はぁ、はいっ…」


 少女の体力が心配だ。冒険者の様に身体を鍛えていない一般人ではスタミナが持たない。息切れをしてしまっている。


「着いたぞ。後ろで休んで居てくれ」

「はぁ、はぁ、はぁ…」


 林を抜けて崖に囲まれた渓谷に着いた。

 少女はもう全力を尽くして完全にへばってしまった。


「あ、あの…」

「なんだ?」

「頑張って下さい!」

「勿論だ」


 心が洗われる気分だ。

 見目麗しい美少女の笑顔で激励をされたら、頑張るしかない。


「グルルルルル……」


 モンスター達も追い付いて来た。

 だが、数が増えている。槍を持ったアマゾネスバニーが3体に、巨大な蛇のアナコンダが1体。

 合計10体。これでも囲まれる心配が無い分、状況は前よりは良い。

 残念ながら先程与えた筈のダメージも回復されている。きっとあのソーサレスバニーが回復魔法も使えるのかも知れない。つまり、長期戦は圧倒的不利になる。

 収納魔法のハコを展開し、右手に棘鉄球付きの棍棒バトルメイス、左腕に小型の盾バックラーを装備する。


「来い!」


 先手を切ったのはシーフバニー、蛮刀を持った盗賊風なウサミミ女だ。


「やあっ!」


 ボロ布を胸と腰に巻き、革の篭手とブーツを身に付けている。装備は年季が入ってボロボロだがしかし、髪は上質で爽やか、顔立ちは美麗でとても可愛い。

 バニーは一見可愛い女の子だが、これでもモンスターだ。魔力のみで育ち、倒すと魔結晶を身体から出す。死ぬと魔結晶を出すのがモンスターの特徴なのである。人類も魔結晶を体内に持つのだが、物理法則が強い為に体内に残る。

 シーフバニーの放った斬撃をバックラーで受け止め、反撃にメイスで腹部を突く。


「ぐふっ!」


 溝を抑えて倒れ込んだ。大ダメージを受けて暫くは動けなくなる。

 もう一体のシーフバニーが雪崩込み、蛮刀を真っ直ぐに構えて突き刺して来る。体制を低くして回避。

 顎にバックラーをぶつけ、横殴りに頭部へメイスを直撃させた。脳震盪を起こして気絶する。

 次はアマゾネスバニー、民族的な化粧をしている槍使いが乱れ突いて来た。


「今日は死ぬには良い日だ!」


 意味は、この狩りに恐れはしない。勇気を奮わす為の言葉である。

 独特なデザインの装束で着飾る勇ましい美少女。勇ましくもウサミミは可愛く映る。

 巧みな素早い槍裁きには隙が無い。

 槍は3メートルほどの槍。重そうに見えるというのに軽快に振り回している。


「どうした! 腰が退けているぞ!」


 正面からは不利だ。接近戦は避けた方が良い。

 槍裁きも切れがどんどん増して、回避も際どくなっていく。

 周囲には俺が動き回って散った羽根が落ちている。

 アマゾネスバニーが苛立ちを見せて、大振りな攻撃をした。ここだ。


「なにっ、槍を掴んだだと!?」


 左手で槍の柄をキャッチ。

 一瞬の隙が出来上がった。


「トラップフェザー!」


 周囲に散らばっていた羽根が勢い良く飛び、アマゾネスバニーに突き刺さって朱鷺色の爆発を巻き起こす。


「きゃあああああ!!」


 肉が削れ、即死。胸元から魔結晶が出現し、倒れた。

 掴んでいた槍を投げ捨てる。小型の盾であるこのバックラーは手に持っている訳ではなく腕にベルトで硬めている。手が空いていると咄嗟に便利だ。

 ようやく1体倒せた。敵はまだ9体残っている。

 次に来たのはダーディリザード、二足歩行で鋭い爪を武器にするトカゲ型モンスターだ。


「キシャァアアアアア!!」


 左右から2体同時に迫る。

 まずは右から攻撃。


「でやぁああ!」


 大きく振りかぶって頭部を直撃。クリティカルヒットし、首が吹き飛ぶ。血が噴射し、魔結晶を出して死亡した。

 後方の敵は羽根で攻撃する。


「スプラッシュフェザー!」


 羽根の弾幕。


「グギャギャギャギャギャ!?」


 間近から羽根による無数に輝く朱鷺色の爆発が巻き起こる。

 細切れに肉片を散らし、死亡した。魔結晶が浮かび上がる。

 3体目。残りは、7体。

 猛牛が猛突進して来た。

 片目が潰れ、凶悪な形相をしている。

 倒れ付していたシーフバニーの1体が突進の巻き添えを食らって踏み潰され、死亡。残り6体。

 推定1トン以上もある猛牛たるヘビーブル、その突進の破壊力は計り知れない。10倍以上もある体重差では小細工など簡単に蹴散らされてしまう。


「くっ、空に逃げたい所だが…」


 本来は翔んで対処する所だがしかし、今は、後方には儚気な少女が居る。この脅威を受け止めなければ、少女の命が無い。

 左腕にはスモールシールド、こんなものじゃ蟷螂の斧だ。何か策は、有った。


「これだ!」


 咄嗟に先程倒したアマゾネスバニーが使っていた3メートル程の長さを持つ槍を拾い、構える。

 だが、この程度の槍では突進に対処出来ない。金管で出来ているというのに頼りない。それに俺の足腰程度じゃ吹き飛ばされてしまう。ならどうすれば、一瞬の判断、石突を地面に突き、切っ先をヘビーブルに定めた。


「これで……」


 迫り来る致死量の重圧に、俺の心拍数が跳ね上がる。

 頭蓋の狙いじゃ、槍が負けるかも知れない。更に重心を下げる。


「ブムォオオオオオオオオオオッ!!」


 けたたましく咆哮を上げてヘビーブルが迫り来る。

 槍の切っ先が、ヘビーブルの顎を掠めた。


「ここだぁあああああーーーーーっ!!」


 槍を引き上げ、直撃。

 石突が地面に深く沈む。

 肋に突き刺さり、心臓を貫いた。切っ先が背中から飛び出している。

 間違い無く即死。ひときわ大きな魔結晶が出現した。

 残り、5体。


「そんなっ、ヘビーブルまで倒した!?」


 ソーサレスバニーが驚愕している。

 俺自身もびっくりだ。

 巨体が力尽きて倒れ伏す。巨体に潰される前にスライディングで潜り抜ける。

 槍が地面に刺さった石突との間で急激に折れ曲がる。


「きゃあ!?」


 勢い良く引き摺られた大きな図体が少女の側まで迫った。潰されやしないか肝を冷したが、無事なようだ。


「ラメナノ! コゴエル! ヘキレキ!」


 間髪入れず追撃がやって来る。

 ソーサレスバニーから中級魔法が次々と飛び出して来た。一度に3種もの魔法を撃つだなんてただのソーサレスバニーではない。やはり、ユニークの可能性が高い。


「マモルゾ! くぅ…っ、強い!」


 障壁を展開するが、恐ろしく強い魔法に押されてしまっている。

 ぱっちりと見開く瞳は琥珀色の宝石のように輝き、長いまつ毛が釣り上がって強気な印象を持つ。ふわりとボリュームのある赤い髪はキューティクルでちょっとだけ癖がある。魔法使いだというのに不釣り合いに思う程の肉感的で活発的な体格をし、胸元はメートルオーバーな迫力満点の巨大果実。お尻も相応に大きく、しかしくびれは見紛う細さ。肩幅は広めで太ももも大きく女性の魅力を醸し出す。

 魔法使いのつば広帽子を被り、帽子からふたつの赤いウサミミが飛び出している。スリットが大胆な革のタイトスカートに革のビスチェがとても艶やかだ。ヒールの高い編み上げロングブーツを履き、魔術的な紋様が刺繍されているケープを羽織っている。


「まだまだ行くわよ! ガンセキ! シッコク! ジュウリョク!」


 灼熱に、吹雪に、電撃。岩礫に、瘴気に、重圧。強力な魔法攻撃に足止めされる。ここまで変幻自在に魔法を使いこなせるならば間違えようが無い。ユニークエネミーで確定だ。

 はっきり言って強敵である。


「シュルル…」

「なっ、アナコンダ!? くっ…!!」


 魔法攻撃ばかりに気を取られ過ぎて蛇の接近に気付かなかった。

 右脚を噛まれてしまった。

 アナコンダは名前の通り、巨大な蛇だ。巨体で有りながら音も無く忍び寄り、噛み付きと巻き付きで相手を弱らせてから、自分より大きな図体であろうと丸呑みにしてしまう。


「あが、くっ…何をする止めろ!」


 魔法攻撃の攻撃に悪戦苦闘、蛇の噛み付き、その隙にアナコンダの巨体が身体に巻き付いて来た。

 俺は、蛇に拘束されてしまった。


「良くやったわアナコンダ! チャンスよ!」

「「今日は死ぬには良い日だ!」」

「あたしも大きいの、いっちゃうわ!」

「さっきは良くもやってくれたな!」


 アマゾネスバニーが2体、勇ましく槍を掲げて迫り来る。

 ソーサレスバニーがより強い魔法を準備している。

 アナコンダが俺を捕食しようと顎を滾らせている。

 シーフバニーが起き上がり、隙を突いて来ようとしている。


「ソラさん!? あぁ、そんな…」


 絶対絶命のピンチだ。

 少女が心配そうに、ヘビーブルの影から伺っている。

 一か八か掛けるしかない。


「う、ぐぅ…アセンション、フェザァアアーーーッ!!」


 力を振り絞って羽根を飛ばす。

 アナコンダの図体に複数の羽根が突き刺さる。迫り来るアマゾネスバニーに羽根が直撃する。

 白と桜が入り混じった朱鷺色、色彩豊かに光り輝く爆発が巻き起こる。


「あ、あぁ…!?」

「くっ、無念…」


 アナコンダの図体が細切れに千切れ飛んだ。


「ぐわぁ…!?」


 俺の肉もアナコンダと同時に削れる。

 痛みよりも痺れる熱さが身に襲いかかる。

 アマゾネスバニーの身体に刳れたような深い穴が複数出現した。

 間近で羽根を爆発させる俺にも全身を鈍器で殴られたような衝撃が襲い掛かった。

 3つの魔結晶が出現し、3体の敵を倒せた。まだ残り2体居る。


「アセンション、フェザァアアアアーーーーーッ!!」


 出し惜しみはしない。ありったけの羽根を飛ばした。

 目を開けられない程に眩く、朱鷺色の爆発で覆い尽くされる。


「そんな、駄目…!?」

「往生際が悪いわね! マモリヌク!」


 シーフバニーの身体が粉々に千切れ飛んだ。魔結晶が残る。

 ソーサレスバニーは、健在だ。

 流石にユニークエネミーは一筋縄では倒せない。

 だが、攻撃される前に防御へと以降させたのは僥倖なのかも知れない。


「上位防壁魔法……くそっ」


 朱鷺色に輝く爆発の中、ソーサレスバニーだけが無傷のままで居る。

 もう魔力が無い。攻撃手段は肉弾戦に限られる。

 あのソーサレスバニーはユニークエネミーで凶悪な魔法の弾幕で押して来る。近付くなら、上位防壁魔法を展開している今の瞬間しかない。


「…シャン!」

「きゃ! 瞬間移動魔法!?」


 短い距離を詰める魔法、シャン。

 どうにか魔力を振り絞り、接近出来たが、無理に魔法を使った為、もう身体に力が入らない。攻撃は、出来そうにない。


「何を、するの…!?」


 最終手段だ。

 さいわいともうこのソーサレスバニーのみで周囲に敵は居ない。

 不服だが、こうするしかない。


「エレクシオン……」

「ふぁ!? ンンッ!? ンーーッ!!」

「うっ、くっ…!」


 ソーサレスバニーに掴み掛り、エレクシオンの魔法を発動した。


「やっ、はぁんっ!?」

「うぐ、んっ……」


 エレクシオンとは、互いの魔力を混ぜ合う魔法だ。

 この魔法を使うとお互いに力が抜けて無力化してしまうので、混戦中は使用してはいけない。

 相手の魔力が熱く俺の中へと届いて来る。


――――――


「くっ、もう、いい加減に!」

「エレクシオン♥ しゅごぃいいいい♥」


 一定時間経過。何故だか相手からエレクシオンをして来ている。

 魔力は、モンスターにとって生命エネルギーそのものだ。奪われてしまうと崩れ落ちる。奪われているにも関わらず、俺に魔力を届けてしまうのはいったいどういう事か。


「あぁ♥ 素敵……っ♥」


 満足したように、満面の笑顔で崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……はぁ…………」


 凄まじい強敵であった。

 バニーがようやくぐったりとへたって倒れ込んでくれた。何はともあれ、とりあえずソーサレスバニーを倒せた。

 幸せそうな顔をしてこの場に寝そべっている。

 通常のバニーであったら軽く行うだけで倒れ込むというのに、このユニークはそう上手く行かなかった。


「んふふ♥ えがったよぉ♥」


 緩みきって幸せな夢でも見ているかのようだ。そんなにエレクシオンが良かったとでもいうのか。俺の方は、その、確かに、凄く、なんて言ったら良いのか分からないけれども、悪くなかった。

 エレクシオンの魔法は、互いの魔力を交換しあい、魔力を柔らかくして活性化させる。バニーがへたるのは何かしらの副作用に過ぎない筈なのだが、夢中になって貪るように求めて来る場合もある。

 戦闘中では副作用で力が抜けて動けなくなる事もあるので気軽には使えない。

 そんな事より今は早い所、撤退をしよう。


「おい、もう大丈夫だ。出て来てくれ」

「あっ、ソラさん! 無事だったのですね!」

「苦戦はしたがな……」


 まずは怪我の治療だ。回復魔法を唱える。

 少女が駆け寄り、周囲の惨劇にうめき声をあげる。死体を見慣れていない者の反応、駆け出し冒険者にはよくある反応だ。

 しかしすぐに飲み込んだ。肝が座っていらっしゃる。

 次に俺の様子を見る。怪我の心配をしてくれているようだ。


「酷い怪我……多勢相手に、この程度で済んだのもさいわいだったのでしょうか」

「大丈夫だ。大した事はない」

「でもっ!」


 この怪我はほぼ自滅によるものだ。

 アナコンダに捕らえられてアセンションフェザーにより倒した所、その余波により俺にも被害が出てしまった。

 加減はしたので実際、見た目より重症ではない。


「アイス……」

「あいす? あっ、怪我が治って!? ……完治には届きませんね…」


 回復魔法はそこまで得意じゃないから、致し方ない。

 まだ少し痛むが支障はないし、後でゆっくり治して行けばいい。

 急激に治すのは本当の所、身体にはあまり良くない。

 急ぎでもないので、アイスルよりアイスで治す方が身体の負担が少なく済む。

 もっとも、回復魔法が上手な人、もしくは回復魔術でならば更に身体の負担を少なく怪我を癒やす事も可能となる。残念ながら俺にはまだ出来ない芸当だ。

 魔法で届かないなら魔術を覚えればいいとは良く言うけれども、単純に言って魔術は面倒臭い。その分効果的ではあるけれども、やっぱり面倒臭いのだ。


「さて、回収するか」


 9つの魔結晶をハコに収納する。

 合計エーテルがかなり多いらしい。やはりあのヘビーブルが特に大きな稼ぎとなったようだ。通常のヘビーブルより多いのでユニークだった様子だが、それにしても多過ぎる気もする。

 死体もついでにソウコへ収納する。魔力で生きている生物なので腐らないから放置すれば良いのだが、何となく気が咎めるし、何より偶にギルドで売れるので稼ぎが増える。あと、ヘビーブルは大変美味しいので丁重に料理して食べたく思う。

 焼き肉にステーキにローストビーフなどなど、色々捗る。


「その……」


 今晩のレシピを検討していると、少女が何かを言いたそうにする。


「助けてくれて、ありがとうございました!」

「成り行きだ。気にするな。それじゃ、外に出よう」

「外? え、外?」


 ここはダンジョン内。

 広大な大地が広がり、突き抜ける大空があるが、紛れもなくダンジョン内である。

 ディスティアダンジョン18階層だ。

 ダンジョン内だからダンジョンの外に出る必要がある。

 少女と手を繋いでカードを取り出す。

 帰還魔法の効果がある特別なカードだ。

 このカードは頻繁には使えない上に使用時間が長く無防備になってしまう。敵が周囲に居る時じゃ絶対に使えない。使っちゃいけない。

 突如、悪寒が奔った。


「これは、いったい……」


 尋常じゃない気配が近付いて来る。


「なんだ…なんなんだ……っ!?」


 背筋が凍り付く。

 喉が乾く。

 脳が危機を訴え掛けて来ている。


「え、なんですか…!?」


 少女もこの異質な気配に恐怖している。

 俺も、耐え切れない位に畏怖を感じている。


「ほう、珍しい来訪者が来たと思ったら、何やら愉快な事になっているな」

「だ、誰だ!?」


 急激に周囲が暗くなった。

 不気味な声が響き渡る。


「誰、か…悠久の時の巡りの最中、我は名乗るべき名も忘れてしまった」


 コツコツと足腰が鳴り響く。

 しかしその足音は想定外の方角から聞こえる。

 真上から、真下から、背後から、正面から。

 方向感覚を失い、正気が失われていく。

 そして、黒い法衣を纏った男が、斜め逆さ向きで朧気に現れた。


「すまんな。他人と次元を合わすのがどうも苦手でな、不格好なのは許してくれ」


 次元が違う。文字通りに次元そのものが違う存在。

 空が赤く染まり、13の月が出現している。

 周囲の光景も先程とは違う場所になっている。

 地面の無い星の海とでもいうような異空間だ。


「怖い……」


 少女が恐怖に怯えている。


「んんっ…なに…? …えっ」


 ソーサレスバニーが目を覚してしまった。

 想定外の事態に驚く。


「そんな…!? ま、まさか」

「安心しろ。危害は加えん」

「そ、そう…」


 複数の月、異質な存在、噂に聞いた事がある。


「もっとも、我以外だと安全は保証出来んが」


 堕妖種。

 目の前の存在がそうだとは限らないが、恐らくこの異常な威圧感は、堕妖種だ。


「そこの少女よ、そなたが来訪者か」

「あうっ」


 来訪者、どういう意味だ。

 小説によくある異世界転移とでもいうつもりか。

 気配を向けられた少女が耐え切れず、気絶してしまった。

 無理もない。こんな威圧感をぶつけられては正気を保つ方が困難だから、気絶してしまったのは常識的なのである。


「おっと、人間には刺激が強過ぎたようだ」

「きゅうぅ…」


 慌てて少女を抱えて支える。

 本当、儚気で簡単に折れてしまいそうな少女だ。


「どうやら害意は無さそうだ。邪魔をしたな」


 黒い法衣の男は一人何かを納得すると、すぐさま消えた。

 訳が分からない。

 風景が元に戻り、空の13の月も消えている。


「堕妖種……じゃなかったのかしら。生きているし」

「堕妖種、か…」


 憶測が漂う、ダンジョンの異常過ぎる化け物。遭遇して生きて帰って来た者は、例外無く居ない。

 実際、堕妖種の情報は遺品からのみ得られている。


「さて、どうしたものか」


 濃厚なエレクシオンをしたというのにもう起きてしまった者を見る。

 さっさと脱出したかったが、変な介入のせいでソーサレスバニーが起きてしまったのだ。

 魔力はエレクシオンで大分回復出来たけれども、体力の方が限界に近い。

 出来ればもう戦いたくないので穏便に解決したく思う。


「ねぇ、あたし、あなたに付いて行くわ」

「は?」


 このムチプリな兎魔女はいきなり何、突拍子もない事を言い出すんだか。

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