第0.1話 奴隷に落ちた日
楽しかった国外旅行レニス観光も終わり、僕達プリンスタ一家は祖国セラフィエスヘ帰宅する。
「楽しかったねっ、ヒロ」
「うん!」
我が子ら、サクラとヒロも喜んでくれて何よりだ。
マーメイドが暮らす水の都レニスは、噂に聞くよりもずっとずっと美しく、映像で見た風景なんかより、この目で見て肌で感じる光景の方が余程素晴らしく、とても感動した。
「おねーた、りくがみえたよ」
「本当だー」
我が子らが甲板の手摺りまで身を寄せて陸地を眺めている。
危なっかしくて肝が冷える。
レニスから出て二日間の船旅、豪華客船ベルフィータも心地良いものだった。
「サクラ、ヒロ、落ないように気を付けて」
「だいじょうぶだよ」
「心配しないでお母さん」
ヒロはちょっとのんびり屋さんな所もあるが、我慢強くて頼もしい雰囲気のある男の子だ。妻ミルフィスティナと良く似た桜と白の入り混じった色合いをしたセラフ。2歳と2ヶ月で、どんどん大きくなって来ている。
サクラは無邪気で可愛らしく、元気いっぱいな女の子だ。今は4歳で本当にとても可愛くて、将来はきっと男達が放っておかない魔性の美少女に成長するのかも知れない。僕リュートも妻ミルフィスティナも一体一の二枚翼だが、サクラは二体二の四枚翼、ハイセラフで産まれて来た。色合いは僕に似た、淡く濃い桜色をしている。
「ついたー!」
「お父さんお母さん、おりよう!」
豪華客船ベルフィータが重低音を鳴らし、港街ファリアストに到着する。
港に着いてからは列車で移動する。これから駅へと移動だ。
「シャンダルキアで移動する方が良いと思っていたけれど、こうのんびり移動するのも悪くないわね」
「そうだろう。旅行は移動する道のりも楽しんでこそだ。一瞬で移動が完了してしまうのは無粋でしかないよ」
今時はシャンダルキアという空間魔法により瞬間移動の出来る転送港がある。シャンダルキアは世界の名前であり、世界を移動する魔法でもある。
今回の旅行は大陸から西へ海外に出た島国のレニス国まで行くという旅行であった。
「でもやっぱり、疲れるわね。帰りはシャンダルキアが良かったわ」
「それじゃ旅行にはならないじゃないか。そもそも僕の年収じゃシャンダルキアは最初から無理だから勘弁してくれ」
実際その通り。惑星の真逆へも一瞬で行けるシャンダルキアは大変便利なのだが、一人分の値段が一般的なサラリーマンの一生の稼ぎと同等だったりする。
だが、旅行開始から2週間も経つ。そろそろ我が家が恋しい。
「うん…あれ?」
息子のヒロがキョロキョロと余所見をしている。まだ2歳の幼児で歩行がおぼつかなくて危なっかしい。
「ほらヒロ、行くわよ」
「うん!」
妻と手を繋いで、客船の橋を渡って降りる。
4歳児の娘サクラは僕と手を繋いで一緒に降りた。
「今日はこの街で宿を取って、明日に列車でセラフィエスまで行くよ」
「分かったわ」
港街ファリアストはディスティア連合王国のお膝元、フロッディ辺境伯が収めるサフィランス州にある。最も活発な港街とも言われているが、やはり最高だったのはボーデット王国の首都テウスティアだ。しかしながら東の島国である桜花咲国の栄冨も捨て難く思う。駅が寿司詰めのような人口密度をしていたのには度肝を抜かれた。
ディスティアとセラフィエスは隣国、首都の駅と駅は魔導列車を使って片道2時間で済む。だが空間転移のシャンダルキアなら一瞬だ。シャンダルキアなら惑星の裏側にだって一瞬で行ける。しかし費用は列車や船、飛行機を使うより10倍は掛かるので、そう気軽には使えない。
惑星の裏側に行くシャンダルキアは一人分の費用が一般サラリーマンの一生の稼ぎに匹敵する。お貴族様用の移動手段と思って良い。
「宿あったわ。ここにしましょう」
妻が検索をかけてホテルを見付けた。いかがわしくなく、悪くない宿だ。
大人二人と子供二人が入れる一部屋も借りれて良かった。鍵を貰い、部屋で荷物を下ろす。
「時間も余っているし、ここで観光に行くとしようか」
「そうね。隣りの国といえど、そうそう来る機会もないし」
隣国のディスティアだが、案外見る機会は少ない。今日のうちに観光するのも悪くない。
最先端の科学技術を有する軍事国家、最新鋭機たる兵器の数々もディスティアが一番だと言われているがしかし、テウスト大陸一位の経済大国たるボーデットも多大な軍事力を兼ね備えている。
「あなた、ディスティアに来たら何を見るべきか知っている?」
「航空母艦サリスフィーズ!」
「当然よね」
この港にも、一般公開されているディスティアの軍艦がある。それを是非見に行きたく思う。
ディスティア観光=軍艦見学といっても過言ではない。
「サクラ、ヒロ、これから凄い船を見に行くぞ!」
「空母ぉ!」
「ヒロ、せんとーきがみたーい!」
「おう! 勿論、戦闘機も見れるぞ!」
抜かりはない。公開スケジュールには航空演習もある筈だ。ちゃんと戦闘機も見れる。
ホテルに荷物を置き、子供達を連れて飛行バスに乗り、観光地へと赴く。
飛行バスの窓を眺めれば、凄い迫力満点な軍艦が上空を制圧していた。
「ふねー! おおきなそらとぶふねだー!」
「凄い! あれが空母サリスフィーズなのねっ」
「ディスティアに寄った甲斐があったわぁ」
圧倒される程に大きな艦は実物で見ると、思わず腰を抜かしてしまいそうになる。
全長1200mも有る巨大空母の図体が、重力に逆らって空に浮いているのが不思議に思う。
観光地に到着し、チケットを購入し空母サリスフィーズへと入る。
普段見慣れない物の数々が展示されていて非常に興味深い。
「すごいすごい! これなーに?」
「これはな、戦闘機のエンジンだ。エンジンは人の身体でいう心臓の事だ。エーテルを注ぐとこのエンジンが回転して推進力、空を飛ぶ為のエネルギーになるんだぞ」
「へー。よくわからないや」
知識を教える時には難しくても手抜きをしない。それがうちの方針だ。
「ヒロはまだまだお子様ねー」
「なにおーっ!」
そういうサクラも実際はあまり理解は出来ていない。弟に見栄を張りたいだけである。
兵士の装備品や非常食、艦を操作する設備の数々。飽きさせない展示物の数々に惹かれる。
「うわぁおっきいかたまりー」
「何これ凄ーい」
「主砲の徹甲弾だな」
サリスフィーズの6基12門主砲80cm連装砲から放たれる砲弾だ。
「てっこうだん?」
「装甲、敵の守りを貫いて敵をやっつける砲弾だよ」
「つよいの?」
「めっちゃ強い」
「かっこいいー」
子供達の目がキラキラ輝いている。楽しんでくれているみたいで何よりだ。
「子供達も、こういう機械が好きなのね」
「夢があるからな」
兵器はダンジョンの深層攻略という夢のある冒険装備である。冒険者なら誰もが憧れ、子供達も夢見る対象だ。
艦載機のドックに移動する。
ドックの中から濃厚な鉄と油の匂いが漂って来る。
雑誌やニュースで話題沸騰な戦闘機や攻撃機等が並んでいる。
「せんとーきぃ! せんとーきだぁー!」
「凄い! これが物凄いスピードで空を飛ぶ噂の戦闘機なのねっ」
僕も思わず心が踊ってしまう。
冒険者稼業に身をやつしていた時代では、この僕も戦闘機へ乗る事に憧れていたものだ。そんな僕も今ではすっかり膝に矢を受けて冒険者を引退し、一般的な企業の平社員である。
あまり強くない僕は冒険者に向いていなかったと悟り、就職を決意した。
「ようこそ! お客様、我々と一緒に大空を舞いませんか?」
空母サリスフィーズのクルーだ。
艦載機ドックでこの誘い、つまり搭乗の誘いなのか。
「それって…!?」
「戦闘機に乗りましょう! そちらのお子様達も是非!」
子供達と一緒に、音速の壁を突破する大空への飛翔、胸が高鳴る。
「せんとーきにのれるの!? のりたいのりたいっ!!」
「私も! ねぇねぇ私もー!」
ヒロが無邪気にはしゃぐ。
サクラも興奮が押さえきれない。
観光客でも戦闘機に搭乗出来るとは嬉しい誤算だ。是非に乗らせて貰うとしよう。
「宜しくお願いしますっ…!」
「こちらへどうぞ」
「確かスケジュールを見ると、一般人が戦闘機に乗れるとは書いていなかったと思いますが」
「それを売りにしてしまうと大変な事になってしまうんですよ。どうかこの事はご内密にお願いします」
僕の想像も付かない色々な事情があるらしい。
「私の名前はジャック=スルード・ドルフです。サリスフィーズの副提督を務めております」
重い鉄の扉を開ける。すると、より濃密な鉄と油の匂いが漂い、間近に噂の戦闘機の姿を拝められた。
「おっきなひこうき!」
「これが、音速の戦闘機なのねっ」
「FGR−073、通称フォグレイです」
今も尚主戦力で最前線にて大活躍する戦闘機フォグレイ、この膝に矢を受けてから乗れる機会など無いと思っていた。
更衣室でパイロットスーツに着替える。
「お子様達は念の為におむつをお召下さい」
子供だと恐怖で粗相をしてしまいかねないからだとか。今時の戦闘機は子供でも乗れる位に制御の効いた魔導機をしていて余程は大丈夫なのだが、地面から離れて揺さぶられるというのは多大な恐怖が付き纏う。
ヒロにおむつを履かせる。
「もうっ、おねしょはしないってば!」
「そうかあ? 今月の始めにもしていたよなぁ」
「うぐっ、あの時だけだもん!」
まだまだおねしょの治らないお子様だ。結構な頻度で布団を汚している。
さいわいと旅行中はおねしょが無かったように思うが、後で妻に聞けばボロが出るかも知れない。
「何にしても、おむつを履かないと戦闘機には乗れないぞ。お姉ちゃんもおむつを履いているから」
「うぅー、おもらしなんてしないのに」
ふと女子更衣室から、サクラの声が響く。
「そんなのいらないってばぁ!」
「そう言いながらあなたおねしょをこっそりヒロのせいにした事あるでしょ!」
「どうしてそれを!?」
「私が知らないとでも思っていたのかしら。伊達にお母さんやっている訳じゃないのよ」
「お母さん侮り難し…!」
「戦闘機に乗ってみたいんでしょ。そもそもプロのパイロットだっておむつ履く事があるんだから、これは別に恥ずかしい事じゃないの。大人だっておもらししちゃう事もあるのよ」
「ぐぬぬっ…分かった、わ…履けばいいんでしょ!」
母も大変なご様子だ。サクラもどうやらおねしょが治らないらしい。
一家とも着替えが完了し、戦闘機の前に集まる。レンタルでも、お子様用が魔導式耐Gスーツの趣向もなかなか色々凝っている。流行の特撮ヒーローや変身ヒロインなども取り揃えていて関心する。
「無敵に可愛い天使の笑顔! 美しく咲き乱れる桜花のアイドル戦士、サクラキュート! 可憐に参上!」
サクラが日曜朝のアニメヒロインの姿で決めポーズを披露した。最高に可愛い。流石は我が娘だ。この可愛さはシャンダルキア全土を傾けるに違いない。
「じゃきーん! シャンダルキアのへーわをまもるしっぷーのゆーしゃスカイレイ! あくをはたらくものにはおんそくでせいばいしてやる! かくごしろ!」
あぁヒロも可愛い。目に押し込んでしまいたい。
姉と同じく日曜朝に放送しているテレビ番組で、特撮ヒーローの音速勇者スカイレイのコスチュームを着て口頭を真似ている。
「可愛い可愛い可愛い可愛い! あぁもう可愛いっ!! ペロペロしたいペロペロしたいペロペロしたいペロペロペロペロペロペロペロ」
「お、お母さん…」
「おかーさ、こわい…」
妻が変態になってしまった。
身悶えてくねくねして気持ち悪い。
とりあえずハリセンでしばく。
「落ち着け」
ばちぃいいいんと軽快な音を鳴らして妻を正気に戻す。
「はっ!? わたしはしょうきにもどったペロペロペロペロペロペロペロペロ」
その口でしょうきにもどったという奴に限って大抵が正気ではない。正気というより、欲望に正直になっている。ある意味では正気に戻ったというのも正しいのかも知れない。欲望に忠実になり変態顔で子供達に襲い掛かろうとしている。
紛れもなく冷静さを欠いているので、更にハリセンでしばき倒す。
「子供達が怖がっているだろうが! さっさと正気に戻れ!」
「きゃうん!?」
右左と往復でハリセンを振り回す。
我が妻ミルフィスティナとの付き合いも長い故に慣れたものだ。可愛いものを見ると冷静さを失う事があるので、学生の頃から僕がそれを制御して来たという過去がある。
「あう、ごめんなさい…また私ったら正気を失っていたのね」
「毎度の事だ」
「そうそう、写真を撮りましょう!」
「そうだな」
収納魔法ハコからカメラを取り出す。
モビルスーツ端末にも写真機能はあるのだが、流石に専用カメラには性能で及ばない。旅行の記念なのだから綺麗に残したい。
「それじゃ、撮影するぞ」
「お待ち下さい」
空母サリスフィーズのクルー、ジャック=スルードさんに呼び止められた。
もしかして戦闘機を写真撮るのが禁止だったのかも知れないがしかし、ここに来る途中で撮影禁止という話しは特に無かった。
いったい何だ。
「せっかくですから、わたくしがお撮りします」
なるほど観光地ならではのサービスだった。
「ありがとうございます! お言葉に甘えて、宜しくお願い致します」
「掛け声は何に致しましょう」
僕達がいつも使っている掛け声がある。
「青い空でお願い致します」
「青い空…とても良いですね! 畏まりました!」
カメラをジャック=スルードさんに渡し、戦闘機フォグレイの前に我らプリンスタ一家が集合する。
サクラとヒロの姉弟はそれぞれヒーローヒロインのポーズを決めている。
「それでは行きますよ。青い空!」
「「「「青い空!」」」」
パシャリと、カメラがシャッターを切る。アルバムにまたひとつ、思い出が刻まれた。
「これから発艦します。こちらへいらして下さい」