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イタリアの昼下がり。
珈琲とピザを乗せたテーブルを挟んで、熱い議論を交わす、一組の男女がそこにいた。
「ヤコ、本場イタリアのピザは、B級か否か。長らく俺たちの頭を悩ませてきたこの命題に、遂に決着をつける時が来たぞ」
「お、おお! うむ、聞こうではないか!」
「切り売りはB級。それ以外はA級だ」
「む、認めん! それはおかしいのじゃ! どちらも同じピザではないか!」
椅子から腰を上げ、テーブルを両手で叩くヤコ。
ミノルは、やれやれと、馬鹿にするような態度を示しつつ、説明する。
「いいや、違う。油の量とか、多分、色々違う。何より見た目が違う。例えばお前、ハンバーガーを考えてみろ。袋に丸ごと包まれていたら、それはまさしくB級グルメだ。けれど、それが皿に乗せられていて、しかも具材ごとに分けられていたら? どう思う? とてもB級には見えないだろう。サラダがバーニャカウダーになったようなもんだ。つまり見た目の違いが大切なんだよ。味だけが料理の等級を左右するわけじゃない」
「バーニャカウダーは見た目とは無関係に美味いと思うのじゃ。妾は嫌いじゃが」
「美味いけど嫌いってどういうことだよ」
「野菜が嫌いなのじゃ」
「タレでも舐めとけ」
切って捨てるように告げるミノルに、ヤコは膨れっ面をした。その膨れっ面を見て、どこか日常に戻ってきたような気分になっていると、ふと、気づく。
「顔にソースついてるぞ」
「む? 何処じゃ。取ってくれなのじゃ」
「はいはい」
席を立ち、隣に歩み寄ってきたヤコの頬を、ナプキンで拭う。柔らかい感触が指に伝わった。ヤコが、撫でられるペットのように脱力した笑みを浮かべる。
「ミーノルー♪」
「お、おいおい、どうした急に」
甘えるような声を出して、自ら頬を突き出すヤコ。擦り寄ってくる少女に対し、ミノルは苦笑した。しかし内心、動揺する。なんだこの可愛い生物は。もっと撫で続けたい。
「妾、言った筈じゃ。もう我慢せんと」
「ああ、そう言えば言ってたな」
「それに、こうしたらロリコンが喜ぶって、聞いたことがあるのじゃ」
「今すぐ離れろ」
「いーやーなーのーじゃー」
「くそっ、急に可愛くなりやがって、こいつ……っ!」
満更でもない気分になってきたミノル。気恥ずかしさよりも、愛おしさが勝ってきた。
「あ、セラじゃ」
「離れろ」
第三者の名前を出され、一瞬で正気に戻る。
多少強引に突き放すと、ヤコがふて腐れた表情を浮かべた。
振り返ると、そこには実に気まずそうに、視線を微妙に逸らしたセラがいた。
「あの、えっと、その……わ、私、お邪魔でしたら、帰ります」
「いや、全然邪魔じゃないです。さっき見たことは忘れて下さい」
立ち去ろうとするセラを、ミノルは敬語で呼び止めた。ヤコに抱いている感情は、愛情は愛情でも、親愛である。その辺りを間違って認識されていたら非常に困る。
テーブルに座ったセラが、ふて腐れた様子のヤコに苦笑する。
しかし、その表情は徐々に暗くなった。
「事情聴取、終わったか?」
「……はい」
セラが小さく頷いた。
エリク=ハギリは、精霊回路強奪事件の犯人として、イタリアの刑務所に収容されることになった。エリクが最終的に盗んだ回路の数は、約一〇〇〇個。エリクは、ミノルを倒すために、ギフト・ギブの憑霊器の殆どを《化身》に改造していた。
「警察からも、色んな話を聞きました。……兄さんは、私のために、あんなことを」
エリクの行動の動機が、セラにあることも知れ渡った。エリクの住んでいる家を捜査したところ、セラの欠陥に対する書類が、大量に見つかったのだ。無論、それらの書類からミノルの精霊回路が標的にされていた事実も発覚した。書類に記されている理論は、エリクの同僚であるギフト・ギブの研究者が見たところ、完璧だったらしい。後は本当に、ミノルの精霊回路さえ手に入っていれば、セラの欠陥は回復していた。
「こんなこと言うのもなんだけどさ。……俺、エリクさんのこと、ちょっとだけ、格好いいと思ってるんだ」
「……え?」
「エリクさんは、大切な誰かを守るために、自分の全てを賭けて戦うと決めた。それも今の俺たちと同じ年齢で……十五歳の時にだ。視点を変えれば、エリクさんは、セラを魔術社会の闇から救おうとした、ヒーローだよ」
別の視点でエリクを見れば、彼こそまさしく物語の主人公だ。
妹を守るために、自らの魔術師としての人生を犠牲にし、泥臭い戦いの道を選んだ。はした金で食いつなぎながら、努力を続けたのだろう。そして二年前、エリクは決意したのだ。神童と呼ばれる魔術師に、戦いを挑むことを。
「不謹慎なのは、分かってるけどな。でも、見習うところも多かった。……ははっ、いつの間にか、エリクさんのファンになってるな、俺」
自分で言いながら、初めて自分の気持ちを自覚したミノル。笑みを浮かべてエリクを語るミノルは、ふと、隣でセラが泣いていることに気づいた。
「え、あ、あれ? あの、ごめん! やっぱ、不謹慎だったよな……」
「ちが、違うんです。その、安心して……」
涙を拭いながら、セラが言う。
「兄さんが、許されないことをしたことは、分かっています。でも、兄さんが捕まってから、ずっと怖かったんです。兄さんの積み上げてきたものが、全て否定されるような気がして。兄さんの全てが、悪いものにされてしまうのかなって、ずっと思っていました。でも、ミノルさんが、兄さんのことを、格好良いって言ってくれて……嬉しくて」
拭っても拭っても、セラの目頭から涙が溢れる。
確かに、エリクはしてはならないことをした。けれど、これまでの人生の全てが悪かったと言われると、決してそうではない。少なくとも、エリクの行動によって救われた者がいる。その事実は、何があろうと覆らない。
「エリクさんは、格好良いよ」
「そうです。兄さんは、本当に、格好良くて、凄い人なんです……」
「頭もいいし、研究者としての腕も、優れていた」
「はい……はい……っ!」
嬉しそうに、涙をこぼしながら笑うセラ。
暫くして、彼女が落ち着いた頃。ヤコが唐突に告げた。
「セラは、イギリスの学院に行くのじゃったな?」
「え? あ、はい。そうですけど」
「妾も行きたいのじゃ!」
「へ?」
「イギリスには、かの有名なB級グルメ、フィッシュ&チップスがあるのじゃ! どうせヨーロッパにいるのじゃから、このまま行ってもよいじゃろう!?」
イタリアでの仕事を解決し、今後のことを全く考えていなかったミノルにとって、ヤコの提案は寝耳に水だった。ミノルはイギリスに行った自分を想像する。
「悪くないな。丁度、俺たちも、魔術師として再出発したいと思っていたところだ。日本の学院に戻るのも手だが……ヤコの言う通り。どうせ既に海外にいるなら、そのまま海外の学院に通ってみるのも悪くない。……セラ、確かイギリスの学院は、まだ生徒を募集してるんだったよな?」
「は、はい! してます! していますっ!」
尻尾を振る犬のように、嬉しそうに笑うセラ。それを見て、ミノルもまた笑った。
「良かった。じゃあ、また、よろしく頼む」
若干の恥ずかしさを堪えて、ミノルは言う。
セラは、満面の笑みを浮かべて応えた。
「こちらこそっ! よろしくお願いします!」
もう一度、魔術師として強く生きる。その第一歩が今、決まった。
――かつて神童と謳われていた少年は、少し前まで惨めに燻っていた。
だが、逃げた先の異国の地にて。一人の少女に励まされ、そして一人の青年の覚悟を感じて。少年は、失っていた夢を取り戻すことができた。
天才の皮を被った凡人は、どうやら無事に脱皮できたらしい。
夢を思い出した少年は、今――新たな旅路へ、踏み出そうとしている。
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