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「『劫火ゆえに影は無く、鋭利ゆえに情は無し。愚かにも滾る華よ、永遠に燃え続けるがいい。我等は刃にして焔。語るに足らぬ――《狐火》なり』」


 炎を纏う真紅の刀を手にした瞬間、ミノルは光の弾丸を叩き斬る。

 迷いはない。目の前の男は、セラの兄である以前に自分たちの敵だ。同調する前に殺したかったのか、エリクが舌打ちをする。ミノルはその態度を鼻で笑い、地を蹴った。


「昼間の疲れも抜けていないでしょうに……まったく、元気な糞餓鬼だ」


 軽口を無視して、ひたすらミノルは接近を試みた。幾重もの弾丸、光線を掻い潜り、少しずつだが確実に距離を詰めていく。


「……くそっ、今まで全然本気を出してなかったな」


「手の内を隠すのは基本中の基本ですよ。その点、貴方は随分と手札を晒してくれた。まあ、大半は私が仕組んだわけですが」


 エリクの言葉に、心当たりのあるミノルは、大きく舌打ちをした。


「初日の霊獣。それと、ゴーランたちに手紙を送ったのも、お前の仕業だな」


「ご明察。誤算があったのは、あの脳筋教師との戦いで、貴方が『到達者』の力を使わなかったことだ。だからやむを得ず、あんな傭兵崩れを利用した。……部外者には手を出すなと、言った筈なんですがね。あのゴミども、セラに手を出しやがって……。彼らには心底腹が立っています。消し飛ばしたい気分ですよ。――こんな風に」


 迫り来る光線を刀の腹で凌ぐ。後ろに跳躍したミノルは、そのまま仰け反り、強引に刀を振り切った。弾かれた青白い光線は天井へと昇り、破壊音を散らす。

 直後――巨大な、光の球が放たれた。

 光線とは性質が違う。回避が間に合わないと悟り、防御に回る。刀にのし掛かる光の球は、次の瞬間、轟音と共に爆発した。


「が――っ!?」


 光線とは完全に違う攻撃だ。その威力を殺しきれず、吹き飛んだミノルは、体勢を整えながら一件目の事件現場を思い出す。あの痕跡は、今の攻撃で間違いないだろう。

 砂埃が舞う中、ミノルは再びエリクのもとへ駆ける。


「ヤコ!」


『うむ、《狐火》じゃ!』


 光線を掻い潜った先。可能な限りエリクに近づき、勢い良く《狐火》を叩き込む。それを阻止するべく、エリクは銃口をミノルの胸元へ向けた。

 刹那――真紅の刀に蓄えられた炎の力が、霧散する。

 ミノルは脇を締め、刃の軌道を大振りから小振りへと素早く切り替えた。こちらの技を封じるために、無警戒に突き出された銀色の拳銃。――《狐火》はフェイク。本命は、エリクが持つ拳銃を、弾き飛ばすこと。

 横一文字に閃いた刀は、エリクの拳銃を弾くことに成功する。

 無防備になったエリクへ、今度こそ、炎を滾らせる。


「――甘い」


 だがミノルの攻撃は、エリクが構えるもうひとつの拳銃(・・・・・・・・)によって、阻止された。


「ぐっ!?」


 光弾が脇腹を抉り、思わず呻く。少し距離を取ってから、ミノルは悪態をついた。


「……二挺目? いや、その二つで、ひとつの武器か」


「我ながら、良いギミックだと思っています。禁魔兵装は、火力を重視するあまり、手数が少なくなりがちですからね。子供ながら、創意工夫を凝らしましたよ」


 禁魔兵装を二種使える者などいない。材料となる使用者の精霊回路は、この世で一つだけだからだ。……などと冷静に分析している場合ではない。あの拳銃は、二挺揃うことで真価を発揮する。二挺目を出した今、エリクの攻撃は更に激しくなる筈だ。

 弾かれた拳銃を拾いに向かうエリクへ、ミノルは火球を放つ。それを光球で相殺したエリクは、絶え間なく光を放ち続けた。耐えきれず、ミノルは炎の壁を目の前に展開する。

 二挺目を拾った瞬間、光弾の連射速度は二倍になった。


「携帯武器と見紛いましたか? 残念。これのコンセプトは、持ち歩ける機関銃です」


 眉一つ動かさずに連射するエリク。その時、炎の壁が強く燃え盛り、激しい閃光が放たれた。立ちこめる煙を無数の光弾が射貫く。だが既に、そこにミノルはいない。


「ならこっちは――持ち歩ける大砲だ」


 高く跳び上がったミノルは、鋒にある二メートル程の火球を放つ。

 エリクに、力を溜めて大技を放つことはできない。力の蓄積そのものが、ひとつの魔術として成立するからだ。連射速度は恐ろしいが、弾一発の威力の上限が限られているなら対策も立てられる。連射では凌ぎきれない大技を放てばいい。

 今のは、惜しかったのだろう。対応が遅れたエリクは火球を相殺し切れず、その一部を甘んじて受けた。コートの端が焼け焦げる。


「油断したな」


 挑発的に、ミノルは笑った。


「油断? 馬鹿な――貴方に油断など、出来る筈がない」


 対し、エリクは恨みがましくミノルを睨む。

 その反応が意外だったため、ミノルは目を丸くした。


「……忘れもしない、二年前の東西戦役。関東勢の魔術師として参加していた貴方は、あろうことか、防衛組にも関わらず、敵チームを殲滅寸前まで追いやった。あの日、私は貴方という奇跡を見つけることに成功しましたが、同時にそれは、初めて敵の強大さを思い知る機会でもあった。……だから私は、更に強さを追い求めた」


「強さを、追い求める?」


「ええ」


 恨みがましい声で、エリクは肯定した。


「貴方は強い。ただのB級ではない。勝つためには――この武器だけじゃ足りなかった」


 そう言って、エリクはいつの間にか持っていた青い宝石を、握り潰した。砕けた破片が細かな粒子となり、風のように躍り出る。

 青白い光の粒子が、何か大きな形を得た。

 徐々に光が収まっていく。目の前に顕現したのは、一匹の、獅子型の霊獣だった。


「これは……」


「疑似霊獣――《化身(アバター)》と呼ばれる技術を応用したものです。一匹造るために、最低でも三つの精霊回路を消費しますが……貴方を倒すためだ。背に腹はかえられない」


「……成る程。だからお前は、追加で精霊回路を奪い始めたのか」


 禁魔兵装が七年前に完成しているなら、どうして今更、また精霊回路を奪い始めたのか疑問だったが、それも氷塊する。眼前に顕現したのは、岩の鎧を纏ったライオン。ミノルたちが初日、一件目の現場で戦った霊獣だ。


「回路はまだまだある。その消耗した体力でどこまで保つのか。見物ですね」


 迫り来る光線を避け、霊獣の牙を防ぐ。飛来した礫を炎の壁で防ぐと、次の瞬間、横合いから光球の嵐が放たれた。素早く後方へ跳び、壁を蹴飛ばして回避する。


「《狐火》――《晴天領》ッ!」


 光線と礫。襲いかかる二つの脅威を、全方位に張った炎の壁でやり過ごす。


「貴方の最大の弱点は――底が知れている、ということだ。如何に強くとも、貴方の実力は、ある時点から全く伸びていない。変化していないということは、過去に積み上げた分析が、いつまでも通用するということ! 私が貴方の研究に費やした時間を、舐めないで貰いたい!」


「気色悪いことを言ってんじゃねぇよ!」


 硬い床を荒野のように駆ける獣は、石の礫を放ちながらミノルへ飛びかかる。以前は鎧が厄介で手こずっていた相手だが、改めて相対すると新たな戦術くらい思いつく。何度も何度も獣の攻撃を紙一重で回避し、ひたすらその鎧を炎で熱し続けた。次第に熱を帯びた石の鎧が、内側の獣の四肢を焼き始める。

 唸り声を上げて、霊獣が鎧に使っていた石を、弾丸として射出した。すかさず、ミノルは礫を回避して、丸裸になった獣の体躯を刃で突く。獣はふらりと倒れ伏した。


「まるで北風と太陽ですね。力押しばかりだと思っていましたが、中々頭も回る。……ですが、私の見立てですと、もう限界の筈です」


 拍手の代わりに光線を放ってくるエリク。その見立ては、悔しいが当たっていた。

 襲撃者たちとの戦いによる疲労が、まだ抜けていない。特に魔力が厳しかった。長期戦は好ましくないし、かといって下手に同調率を上げると、失敗した時、再起できない。


「ミノル様も可哀想に。そんな、火の玉を撃ち出すことしか脳のない精霊と契約して。お陰で貴方の才能は台無しだ。……まあ私としては、その方が助かるのですが」


「俺は、才能が無いんじゃなかったのか?」


「セラと比べれば、の話です。貴方もまあ、人並みにはありますよ」


「はっ、――何様だ」


 上から目線のエリクへ、ミノルは苛立ちを露わにする。

 まだ勝機はある筈だ。今は焦らず、隙を窺うことに注力する。エリクの言葉に惑わされることなく、ミノルは火球を放った。その威力は――普段よりも弱かった。


「ヤコ。敵の言葉にいちいち耳を貸すな」


『な、何を言うのじゃ。妾は彼奴(あやつ)の言葉など――』


「出力が落ちている。それに、同調した状態だと隠しても無駄だぞ。全て筒抜けだ」


『わ、わかっておるわ!』


 いいや、まるで分かっていない。戦々恐々としたヤコの感情が、まだ伝わってくる。

 ミノルは溜息交じりに、相棒に語りかけた。


「あんな奴の言うこと、大抵が嘘みたいなものだ。だから、惑わされるな」


「おや、それは失敬ですね。これでも不要な嘘はつかないよう心掛けていますが」


「俺にとっちゃ、全部、不要だっ!」


 叫びながらエリクへと接近する。エリクは光線を放ちながら、足下に転がっていた宝石を踏み潰した。粒子が形作るのは、翼を生やした鳥型の霊獣。それが、確たる形をもって顕現するよりも早く、ミノルは粒子目掛けて火球を放った。


「ちっ」


 霊獣の出現を阻止したミノルは、舌打ちするエリク目掛けて高速の突きを放つ。真紅の刃は、十字に構えられた二挺の拳銃によって防がれた。


「ヤコさん。貴方が気になっているのは、『超越者』のことでしょう」


 エリクが、刀と化したヤコへ、見透かしたような視線を注ぐ。


「結論から言いますが、『超越者』に関する話は――全て、本当のことですよ。私の知る限り、同調率は最大で二二〇%まで向上します。そして、同調率が一〇〇%を超えた時点で、他の精霊と契約できなくなるのも、また事実です」


『な……う、嘘、じゃ。そんなこと、嘘じゃ!』


「はははっ! ミノル様と違って、貴方は実に感情豊かで分かりやすい! ――そりゃあ認めたくもないでしょう。なにせ貴方は気づいている! ミノル様が、魔術師として成長するための最適解を! 貴方はずっと前から、知っていた!」


『う、五月蠅い! 妾は、妾は――ッ!』


 動揺するヤコ。それに呼応するかのように、炎の出力がアンバランスになる。


「ヤ、ヤコ! おい、落ち着け!」


『《狐火》じゃあ!!』


 混乱したまま、ヤコが勝手に魔術を行使する。ミノルが残していた体力の、半分以上が吸い取られた。目眩を感じながら、身体が勝手に刀を振ることを実感する。


「馬鹿が」


 刀を振り切った直後、ほくそ笑むエリクを見た。ミノルの大振りを容易く回避したエリクは、その銃を、真っ直ぐこちらに向けている。

 ヤコに引っ張られていた身体の主導権を、強引に取り返す。慌てて刀を構えたが、目の前には既に光線が走っていた。脇腹を一筋の光が貫通する。


「かは――っ」


 意識が飛びかける。身体から力が抜け、ミノルは膝から崩れ落ちた。


『ミ、ミノル!』


「はははっ、遂に契約者の足を引っ張り出しましたね。……さて、どうしますか、ミノル様。今からでも、その雑魚精霊と決別しますか?」


 ヤコの怯えた感情が伝わってくる。この感情は、以前にもあった。

 初めてギフト・ギブに来る時だ。あの時、ヤコの様子は変だった。まるで何かに怯えているようだった。――エリクの言う通り。ヤコはずっと前から、この可能性に気づいていたらしい。そんなこと、相棒であるミノルには全く感じ取れなかった。


「……ヤコは、雑魚じゃない」


「いいえ、雑魚ですよ。貴方の才能を食い潰す、愚かな害虫だ。……なぁに、心配ご無用です。替えはいくらでもいるんですから。――もう一度、案内してあげましょう」


 炎の出力が落ちたところを狙い撃ちされる。今までに無い猛攻撃に、ミノルは反撃の機会を失い、防御に徹した。だが、生み出した炎の壁は、とても脆い。


「ヤコォッ!!」


『――っ!』


 相棒へ活を入れたミノルは、間近に迫った複数の光球に対し、力強く刀を薙いだ。


「《狐火》――」


『――《炎鎖爆(えんさばく)》!』


 リーチを犠牲に、近くにある、あらゆるものを巻き込んで暴発する炎が、閃く刀から発せられる。足下の床、大気中の塵、そして無数の光の奔流に、火花が走る。

 ミノルとエリクの間に、大きな爆発が起きた。


「な――っ!?」


「ぐっ!!」


 術の効果を知っているミノルと比べ、効果を知らないエリクの反応は僅かに遅れた。その分、エリクはより大きく、遠くへと吹き飛ぶ。だがミノルも無事ではない。激しい衝撃に思わず刀を手放してしまい、ミノルは背中から背後の扉を叩き破った。


「ざまあ、みやがれ……っ!」


 吹き飛ぶ寸前に見た、エリクの焦燥に駆られた面構えを思い出す。余裕綽々としていて気にくわなかったが、一先ず、一矢報いることができた。


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