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「協力、感謝します」
黒い制服を身に纏ったイタリアの警官が礼を述べる。
「礼を言いたいのはこちらの方です。助けて頂き、感謝します」
警官に対し、ミノルもまた深々と礼をする。
その隣では、エリクも同じように頭を下げていた。
「念のため呼んでおいて、正解でしたね」
「ははは、本当に、助かりました……」
どうやら事前にエリクが警察を呼んでいたらしい。何か危険があれば、通報する。それは当たり前の考えだが、魔術師として長年、危険を排除する側にいたミノルにとっては抜け落ちがちな思考だった。視野狭窄な自分を反省する。
「この後は、イタリアの魔術連盟が、警察とのやり取りを引き継いでくれるようです。正式な書類等はこちらが一区切りついてからでも良いと」
「分かりました」
ならば、こちらはすぐにでも仕事に戻れそうだ。そう思ったミノルは、拘束されて身動きの取れない襲撃者のリーダーに近寄る。
「何の用だ」
「……何故、俺たちを襲った」
「何故? はっ、ビジネスだからに決まっているだろう」
「そうか。なら、お前たちを雇った人物について教えろ」
「さぁな」
淡白に返す男に、ミノルは溜息を吐く。
恨みを買った心当たりはない。だが冷静に考えてみれば、襲われる理由はある。ミノルたちが今追っている事件だ。故にこれは、犯人からの警告と捉えてもいいだろう。
「さて。どうやって口を割らせるか……」
「拷問しますか?」
「いや、エリクさん、拷問って……」
「大丈夫ですよ。彼らは長い間、イタリアの警官を苦しめていましたから。……多少のことなら、目を瞑ってくれます。寧ろ、加勢してくれるかもしれません」
そう言ってエリクが銃を構える。警官たちはエリクの行動に気づいたが、見て見ぬ振りをした。その様子に、ミノルは頬を引き攣らせる。戦闘中はあれほど華やかで神秘的に見えた銀色の拳銃も、間近で見れば、重量感のある冷酷な武器だ。
エリクはその銃口を、男の額に押しつけた。
「ま、待て! 実際のところ、分からないのだ! 俺たちはクライアントの顔を見ていない! そいつはフードで顔を隠していた!」
「本当ですかね? どうしましょう、ミノル様。軽く撃ちますか?」
「あ、ああ、待て! そう言えば、ひとつ奇妙な要望を出されていた!」
とにかくエリクを止めたくて必死なのだろう。慌てて男が言う。
「奇妙な要望ですか。具体的には?」
「部外者には手を出すな。すっかり忘れていたが、確かにそう念を押された」
「……それのどこが、奇妙な要望なんですか?」
「分からないか? 我々が生業としているのは暗殺ではない。あくまで急襲を主とした傭兵の真似事だ。そんな俺たちに殺人を依頼する時点で、人目を憚るという思考は欠落しているに違いない。……にも関わらず、クライアントは、部外者への被害を恐れた」
「成る程。そういうことですか」
エリクと、話を聞いていたミノルが頷いた。対し、セラとヤコは首を傾げる。ミノルとエリクは顔を見合わせた。流れで、エリクが説明を受け持つ。
「つまり、私たちが追っているその犯人には、戦いに巻き込みたくない誰かがいる。それも、襲撃の被害に遭うかもしれない範囲……最低でも、この国に、です」
セラが得心する。まだ首を傾げるヤコには、ミノルが後で説明することにした。
「ミノル様。今後の行動は、どのように?」
情報は引き出せた。エリクの問いに、ミノルは暫し考える。
「そうですね。できれば、情報を整理したいところですが……」
「そう言えば電話で何か私に訊きたがっていましたね」
「はい。その、禁魔兵装について、少し」
「禁魔兵装について、ですか……?」
技術者として、禁魔兵装とは一種のタブーなのだろう。真剣な面構えを浮かべるエリクに対し、ミノルはすぐに説明する。
「犯人の目的の、まあ候補の一つとして、挙った程度ですが。……奪われた精霊回路の使い道について、エリクさんはどう考えますか?」
「そうですね……禁魔兵装は、些か飛躍しすぎかとは思いますが、しかし、それに準ずる兵器というならば、可能性も無くはないですね」
「俺も、そう思います。今の被害状況を考慮した上で、そのような武器が実現するとしたら、それはどんなものになるのか。これを訊きたかったんです」
「成る程。確かにそれは、研究者である私の領分です」
小さく笑みを浮かべた後、エリクは考え込む。やがて、導いた考えを述べた。
「奪われた精霊回路の数は、そのまま出力に直結するでしょう。どのような効果かは知りませんが、もしそれが兵器としての形を持つならば……先程の男とは、比べ物にならない程の脅威が、誕生するかもしれません」
「それは……今の俺たちで、対処できますか?」
「無理、でしょうね」
言葉は濁すものの、判断は一瞬だった。それだけの差があるということだろう。
「……エリクさん。最初に言っていたこと、覚えていますか?」
ミノルの言葉に、エリクは僅かに驚いた様子を見せたが、すぐに微笑み、応えた。
「ええ、勿論。忘れていませんとも」
思い出すのは、襲撃者たちに包囲された直後。無力感を覚えると同時、ミノルは心の底から、今以上の強さを渇望した。脳筋じみた話だが、要は強ければ、あんな風に危険な目には遭わないのだ。……力は、あって困るものではない。
「遠回りになるかもしれませんが、念のために、お願いします。こんな俺でも、強くなれるなら……是非とも、その方法を教えて下さい」
「承知しました」
優しさと、確固たる意志を兼ね揃えたエリクの瞳に射抜かれる。
何故か後戻り出来ない一線を、踏み越えたかのように感じた。
ミノルは小さく首を縦に振る。――隣に佇む、ヤコの青褪めた顔に気づかぬまま。




