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 襲撃者と応戦者。その立場が逆転した。エリクの急襲に、彼らは明らかに対応仕切れていない。留めにもう一発、と言わんばかりにエリクが光線を射出した。

 元々、最初の霊獣との戦闘で、エリクがある程度、戦えることは知っていた。

 とは言えこれは少々、いや、かなり予想外。覆る状況に、ミノルは暫し呆然とする。


「お待たせしました」


 いつの間にか隣に来ていたエリクが、声を掛けてきた。

 ミノルは笑みを浮かべながら、口を開く。


「いつから、いたんですか?」


「少し前からですね」


「……趣味が悪いですよ」


「申し訳ありません。タイミングを窺っていましたので」


 地の利だの数の利は、敵が口にした台詞だ。先程の言い回しは、間違いなくそれを意識している。ということは、あの台詞が吐かれた時点で、既にエリクはいたのだろう。

 とは言え臆していたわけではない。エリクが介入したタイミングはまさにベストだ。相手が最も勢いに乗った瞬間、その頭を叩いた。この混乱は簡単には収まらない。


「怯むな! たかが一人、増えただけだ!」


 襲撃者たちが体勢を立て直す。それよりも早くエリクが三発ほど光線を放った。立ち上がった者を再び吹き飛ばし、行動を起こそうとした者を牽制。最後の一発はリーダー格の男へ。飛来する光線に対し、襲撃者たちの長は左手に盾を展開し、凌いで見せた。


「盾の精霊、属性は……水ですね」


 冷静に分析するエリク。――そういうエリクは、魔術を行使していなかった。

 青白い光線を放つ銀色の銃。あれは魔術兵装だ。間近で目視して思わず息を呑む。ミノルがこれまでに見知った魔術兵装の中でも、特に高性能な代物だった。


「それ、何処に売ってるんですか……」


 思わず素っ頓狂なことを訊いてしまう。


「何処にも売っていませんよ。これは私にとって、最高の研究成果……魔術を使えない人間が、魔術師と渡り合うための、手段です」


「魔術を、使えない人間のための、魔術兵装……?」


「ええ。……私の欠陥についても、セラから話を聞いているのでしょう?」


 エリクの問いに、ミノルは小さく頷いた。


「とは言え、この魔術兵装も万能ではありません。私はサポート中心で立ち回ります」


「……十分です。助かります」


 こちらが会話している間、敵も黙ってはいない。バスの窓から、次は機関銃だけでなくあらゆる銃火器が姿を見せる。そして一斉掃射が始まった。


「エリクさん、後ろへ!」


 床も壁も削りながら、弾丸の嵐が迫り来る。エリクとすれ違って前に出たミノルは、刀の鋒を前方へ向け、炎の壁を生み出した。


「バスに搭載された銃火器が邪魔ですね……移動しましょうか」


 忌々しげに、エリクが提案した。


『移動って、何処にじゃ?』


「ついて来て下さい!」


 言葉で答えるよりも早く、エリクが後方へ動き出した。セラの移動を優先させ、ミノルは隙を窺っては炎の壁を展開したままエリクを追う。

 街路樹を横切り、角を曲がったところで、黄色いオープンカーが停車していた。


「乗って下さい!」


 エリクが運転席。セラは助手席。ミノルが後部座席に飛び乗った瞬間、車のエンジンが唸る。クラクションを鳴らし、通行人を強引に押しのけながら車は走った。

 後方を見る。数台のバイクと、銃火器を詰め込んだバスが追って来ていた。


「カーアクションかよ……」


 思わず愚痴る。疲れた表情で、ミノルは諦めの悪い襲撃者たちを睨んだ。


「き、貴重な経験ですね」


『これで四度目なのじゃ……』


「……け、経験、豊富なんですね」


『妾……この戦い方は、酔うから嫌いじゃ……』


 セラが明るい声音でミノルを慰めようとしたが、失敗したことに気づき、気まずそうに笑う。セラは悪くない。カーアクションを何度も経験しているなんて、誰が思うものか。

 襲撃者たちとの距離が徐々に詰められていく。位置関係の都合上、どうしても追いつかれてしまう。彼らと違ってこちらは、通行人を掻き分けて進まねばならない。


「ヤコ」


 二大のバイクが接近する中、ミノルは相棒を呼びながら、ゆっくりと立ち上がった。座席に足を乗せ、襲撃者たちが確実に視界へ入るよう体勢を整える。


『うむ。――《狐火(小)》じゃ』


 規模を小さく、代わりに連射する。下手にバイクを燃やし、爆発でもしたら大変だ。本人は魔術で致命傷を避けられるだろうが、周囲の無関係者を巻き込む可能性がある。

 小さな火球は、それぞれバイクを運転する襲撃者たちの頭に命中した。だが、よく見れば片方が防いでいる。使用した魔術は――《水刃(すいじん)》。文字通り、水の刃を放つ技だ。敵はそれを用いてミノルの火球を掻き消したのだろう。

 火球をくらい、バイクを運転する襲撃者の一人が転倒した。次の瞬間、もう一方の襲撃者が、横に倒れるバイクを足蹴にして、車のトランクの上へ飛び乗って来る。


「貰ったッ!」


「てめぇにやるものなんか、何も無ぇよ!」


 炎の斬撃と水の斬撃が幾重にも衝突する。その度、白い蒸気が生じた。

 薄い流水の刃が首元へ滑り込む。それを紙一重で躱したミノルは、真紅の刀を横一文字に薙いだ。攻撃の直後、《水刃》を用いた防御では間に合わない。そしてこの狭い空間で回避するには、上か下かの二択になる。襲撃者は――下に屈んだ。


「しッ!」


 敢えて大振りに見せかけた横薙ぎの一撃はフェイク。斬撃の勢いを緩め、ミノルは即座に刀を振り下ろした。襲撃者は咄嗟に水の刀を頭上に掲げるが、遅い。《水刃》の刀身を滑り、炎の刃は襲撃者の肩を裂いた。

 男の呻き声が漏れる。すかさずミノルは蹴りを放った。

 為す術もなく、車から宙へ弾き出される男。そこへ――青白い弾丸が追い打ちした。


「セラに手を出したんだ。生きて帰れると、思わないでくださいよ」


 空中で完全に無防備だった男が、光弾の爆発によって更に勢いよく吹き飛んだ。あまりに冷たい、氷点下の声が聞こえ、ミノルは思わず振り返る。ゆっくりと銃口を下ろすエリクの表情は、静かな怒りに燃えていた。


「もしかして、エリクさんって……シスコン?」


「す、すみません。すみません、本当にすみません。ああ、恥ずかしい……っ!」


 つい、口に出してしまったミノル。セラは真っ赤な顔を両手で隠した。


『何が恥ずかしいのじゃ。仲が良いことは良いことではないか? ほれ、ミノルもあれじゃぞ。ええと、ロリコン? というやつじゃ。だから妾のことが大好きなのじゃ!』


「――――えっ」


「待て。真に受けるな」


 セラが真顔を浮かべる。それだけは誤解されたくない。色々と異を唱えたかった。


「街中は人が邪魔ですね。――あそこに入ります!」


 運転席からエリクが告げる。

 車の向かう先には、暗い地下へと通じる大きな入り口があった。


「あれは……駐車場? いや、でも、それじゃあ俺たちが不利に――」


 銃弾と魔術から身を守りつつ、ミノルは車の行き先に不安を抱く。車体が十度ほど下へ向くと同時、空は隠れ、安っぽい照明の光が視界を照らした。

 程なくして、バスと数台のバイクが追いかけてくる。

 地上と比べて遮蔽物の多い地下ならば、機関銃の射線からは逸れやすい。だが、同時に袋小路に追い込まれたことになる。バスに搭載された銃火器は重機関銃の他にも持ち歩けるものが数多く存在した。これでは結局、時間が経つにつれて追い詰められてしまう。


「大丈夫ですよ」


 エリクの言葉に、ミノルが眉間に皺を寄せる。

 直後。迫り来るバスは――唐突に、急ブレーキを踏んだ。


「ここ、入り口が広いだけで、中は狭いんです。バスは奥に入れません」


 途端に天井が低くなり、おまけに道幅も狭くなる。運転をエリクに任せ、後方で襲撃者たちを警戒していたミノルは気づくのが少し遅れた。

 バスは停車しきれず、派手にスリップし、横転した。鉄の擦れる音と、大きな衝突音が地下空間にけたたましく反響する。


「ふむ。どうやら私の方が、この辺りには詳しいみたいですね」


「設計が、滅茶苦茶だ……」


「イタリアではよくあることです」


 そう言えば一つ目の現場で初めて顔を合わせた時に、そのような話をしていた。まさかそれに救われるとは、思いもしなかった。


「さて。これで大幅に戦力は削れた筈ですが、相手はどう出るか」


 呟くエリクに、ミノルも無言で頷いた。


「潰せッ!」


 姿は見えないが、声で分かる。どうやらリーダー格の男はまだ無事らしい。

 しかし、聞こえてくる指示は徐々に曖昧なものとなっていた。ただの罵倒と化した男の言葉は、部下たちに生き長らえる道を与えない。柱や車の影を利用して次々と襲いかかってくるが、そこに連携による動きはなく、ミノルたちは一人一人、的確に処理する。相手が単独ならば確実に負けない。数の利を放棄したのは悪手と言えよう。

 だが時折、手練れがいる。

 小柄な二人組の男がミノル目掛けて疾駆していた。ミノルは鼻白むことなく火球を放って応戦する。だが、片割れが火球を、火の魔術で相殺した。生じた爆炎に姿を眩ませた男たちは、次の瞬間、ミノルを通り過ぎてエリクの方へ接近を試みる。


「エリクさん、右!」


「分かってますっ!」


 一方がエリクの光線を弾き、もう一方が牽制に火の魔術を放った。すぐにその役割は逆転する。敵は間断なく、連撃を――エリクを仕留める一撃を、放ってきた。


「やらせるかッ!」


『《狐火》――《白閃花(はくせんか)》!』


 ミノルが腕を振るう。刹那、大量の酸素が柳葉刀に集った。そこから生まれた炎は真っ白な色に染まる。焼くための炎ではない。視界を照らし尽くす、輝きの炎が放たれる。

 目にダメージを負ったのか。襲撃者の呻き声を背に、ミノルたちは移動した。


「……ヤコ。今の同調率は」


『八〇%じゃ。……もう一つ、上げるのじゃ?』


「いや。このままで済むなら、それに越したことはない……」


 同調率を増せば魔術の出力は向上する。だが同時に、体力の消耗も激しかった。同調とは、相手と存在を同化させること。人は精霊に近づき、精霊は人に近づく。だがそれは生物としての在り方に、真っ向から喧嘩を売る行いだ。

 人間の肉体は精霊ほど超常の力に慣れていないし、精霊は人間という狭い器には収まりきらない。その差が、不整合が、体力・精神の消費として表れる。

 気配を殺し、ミノルたちは柱の影で体力の回復を待つ。

 その時――背筋が凍った。


「ヤコ」


『うむ』


 逡巡する間もない。即座に腹を括り、ミノルは立ち上がった。


「……二人は、ここにいて下さい」


 言葉数少なく、エリクとセラにそう言ってから、ミノルは柱の影から出た。

 精霊と契約した者だからこそ、理解できるこの感覚。少しずつ、確実に近づくその気配からは難敵の香りがした。どうやら相手にも、質に長けた者がいるらしい。


「我々も暇ではない。ここまで手こずったのは想定外だが、そろそろ終わらせてもらう」


 相対した人影は、一目散に襲ってくることはなく、まず声を掛けてきた。それは余裕の表れだろうか。真っ当に答えてやる義理はない。ミノルは唇を引き結ぶ。

 その男は間違いなく、襲撃者たちを統率するリーダーだった。度々、厄介な相手だとは思っていたが、今、初めて間近で対峙して……ミノルは漸く、男の実力を肌で感じた。

 身に纏うは他の者と同じ、漆黒の外套。だがその程度の布きれで、男の筋骨隆々とした肉体は隠し切れない。薄闇の中、チカチカと明滅する蛍光灯の光が男を照らす。褐色の頬には、捻れたナイフの入れ墨が彫ってあった。

 男は左手に、水の盾を持っていた。

 そして、男は右手に、鋼の剣を持っていた。


「『二重契約者(デュオ)』……また、面倒な相手だな」


 ミノルは眉間に皺を寄せ、呟いた。

 世の中には、複数の精霊と契約する者がいる。通常、人間は一体の精霊と契約するだけで精一杯だ。複数と契約すれば、分け与える魔力の量が増えるのは勿論のこと、同調率を高めるための信頼関係の構築も難しくなる。精霊は二足のわらじが許されるほど安い存在ではない。魔術師の生涯は大抵、たった一体の精霊と共に歩むことで潰える。

 故に、その例外である者は、間違いなく天才だった。

 水の盾。鉄の剣。これらはどちらも精霊の武器化だろう。光沢、圧力から察するに、どちらも同調率は六〇%を超えている。

 二種の精霊と契約し、なおかつ使いこなしている敵。――そう捉えるべきだろう。

 ふと、少し前にセラから告げられたことを思い出した。波長が読み取りにくい。別々のものが重なり合っている。……まさかセラは、これを感覚で理解していたのだろうか。

 戦いに関係のない思考を断ち切る。今は、目の前の敵に集中だ。


「――《狐火》」


 まずは一発放つ。その瞬間、ミノルは頭の中でスイッチを入れた。学院でゴーランと戦った時と同じ。肉体と精神、自分を象る全てを戦いに集中させる。


「《水陣(すいじん)》――」


 男の持つ青い盾から、幾何学模様に水の粒子が伸びた。日の当たるところで見れば、さぞや神秘的に映っただろう。円と四角形を組み合わせた淡い青色のラインは、さながら虹の如く大気に留まる。そして、飛来する火球を防いで見せた。


「――《砕棘(さいきょく)》ッ!」


 水のラインと火球が衝突し、それぞれが蒸気を発して消滅しようとする中、男は右手に握る剣の鋒を構えた。メキメキと音を立て、その刀身は徐々に土を纏い大きくなる。やがて刀身が巨大な土の棘と化した瞬間、男は勢い良く剣を振るった。

 大砲の如く、棘はミノルへ迫る。

 土属性の魔術――火属性との相性は、可も無く不可も無くといった具合だ。刀身に炎を纏わせ、ミノルは迫り来る棘を切り払おうして――。

 刹那、眼前の棘が放射状に破砕した。


「く――っ!!」


 一点集中の斬撃を中断、咄嗟の思考で炎の壁を展開する。小粒となった礫なら、それほど強靱な防御もいらない。だが――間に合わない。

 石の礫は散弾と化してミノルの四肢を襲った。身体の中心部から外れるにつれ、防御が間に合わず、攻撃を受けてしまう。左手首と右肩が掠り、足の甲を貫かれた。


『ミノルっ!』


「大丈夫だ。それより――前ッ!」


 狼狽するヤコに対し、歪めた顔で返事をするミノル。直後、棘だらけの剣が、喉元を引き千切らんと接近する。ミノルはそれを刀で受け流し、一歩後退した。

 防戦一方となる前に反撃に出る。ミノルの一閃は、またしても盾によって防がれた。

 剣はともかく盾が拙い。なにせ属性の相性が最悪だ。これを打ち破るには力押しか、絡め手かの二択しか無いだろう。しかし絡め手を狙おうにも隙がない。二体の精霊と契約している敵の方が、手数が上だ。

 後方を一瞥する。

 流石に、エリクに手伝ってもらうわけにはいかない。何処か、悔しげなその表情を見てミノルは唇を噛んだ。――となれば、残る道はひとつしかない。


「ヤコ、準備しろ」


『――っ! うむ! 任せるのじゃ!』


 無数の剣戟が捌かれる。敵の剣は形状が独特だ。下手に受け流そうとすると、棘に刀身を絡め取られそうになる。刀身が弾かれそうになった時、ミノルは一瞬だけ柄から手を離した。拮抗していた剣と刀、その一方が途端に力を失ったことで、男は体勢を崩す。すかさずミノルは逆の手で再び柄を握り、男の鼻先で《狐火》を爆発させた。

 水の盾が火球の半分を削り取る。もう半分は、外套を破るだけで終えた。両者共に舌打ちし、再び斬り合いにもつれ込む。

 剣と盾。オーソドックスなスタイルは、とにかく破りづらい。しかも男の戦い方は熟練の域に達していた。盾があるのに剣で防ぐこともある。剣があるのに盾を鈍器のように用いることもある。特筆すべきはその使い分けだ。舞うように剣を振ると思いきや、次の瞬間には巨人の如く、鈍さと重さを兼ね揃えた盾の一撃を繰り出してくる。

 準備はできた。だが踏み出すタイミングがない。

 手数の差から自然と受け身になっていく。

 その時、後方から放たれた何かが、ミノルの頬を掠めた。


「ミノルさん!」


 声が聞こえたのが先か、それとも頬に冷気を感じたのが先か。振り向けば、柱の影に隠れていた筈のセラが、掌をこちらに向けていた。

 旧魔術。氷の弾丸だ。

 氷の属性は、珍しいとされているが――感心している場合ではない。


「邪魔だッ!」


 男が剣を振るい、棘を散乱させる。その内のひとつが、迫り来る氷の弾丸を撃ち落とした。そして、残る棘の全てがセラ目掛けて突き進む。

 肉薄する凶器。それでもセラは、覚悟を灯した瞳でミノルを見ていた。

 分かっている――ありがとう、最高の手助けだ。

 棘がセラの顔面を貫く寸前、エリクが片腕でセラの腰を抱えて引き、もう一方の手で拳銃の引き金を引いた。青白いマズルフラッシュと共に、数多の棘が宙で霧散する。

 同時に、ミノルとヤコは、完璧に息を合わせた。


「『かつて、虚無が満ちた世界』」


 絆を紡ぐ。契りを唱える。セラの作った貴重な隙だ。

 謳うミノルに、襲撃者は目を剥いた。


「『指先ほどの灯火が、運命を刻んだ』」


「まさか――っ!?」


「『開闢の狼煙は命を(いざな)い、光と闇、善と悪を周知した』」


 驚愕する男を無視して、ミノルは語る。体内の魔力が練り上がると共に、右手に握る真紅の刀からもまた、強大で、暖かい力を感じた。


「『創造主よ。生みの親であるならば、老いる前に背中で語れ。無知のまま生きる俺/妾たちに、正しき姿を見せてくれ。我等は暁の後継者。語るに足らぬ――《狐火》なり』」


 互いに寄り添い、重なり合う。

 刀に纏う炎は徐々に大きく、そして、密度を高めた。

 嵐の如く溢れ出た炎は、綺麗に刀身へ収まった。荒れ狂う奔流が、まるで嘘だったかのように消えていく。だがそれは、確かにそこへ存在したのだ。目には見えなくとも、圧力は変わらない。あらゆる炎が、無駄なく刀に閉じ込められた。

 一切の無駄がない。完璧なまでに、安定した力。

 精霊と魔術師。双方の間にある筈の摩擦が、完全に消えた証拠である。


「二度目の詠唱……貴様、『到達者』か」


 男の警戒した声音に、ミノルは薄く笑む。

 ――同調率一〇〇%。人間と精霊が到達できる、限界の領域。その領域に至った魔術師は、畏怖を込めて『到達者』と呼ばれた。

 男が驚くのも無理はない。『二重契約者』は珍しいが、『到達者』は更に希少だ。センスが試される『二重契約者』と違い、『到達者』になるためには、ひたすら精霊と向き合うことが要求される。精神、覚悟、感情、そして生死。あらゆるものを共有する必要がある。故に、これは、幾多の戦いを共にした、戦友としての絆の証明。

 そして――精霊回路が打ち止めであるミノルにとっての、終着点である。


「く、くくっ、面白い。戦ってみたいと、思っていたところだ」


 構えるミノルに、襲撃者は獰猛な笑みを浮かべる。


「『到達者』と『二重契約者』。どちらが強いのか、試させて貰うぞッ!」


 そう言って、男は一瞬でミノルの背後へ回り込んだ。

 だがミノルはそれを、そっくりそのまま返す。


「こっちだ!」


「ぐっ!?」


 背後から斬りかかり、男が吹き飛んだ。

 瞬間移動としか思えない現象。だがその原理は、これまでと同じ、足裏で炎を爆発させているだけだ。変わったのはその出力である。

 同調率一〇〇%は、完全なる同化を示す。精霊と化したミノルは、精霊の力を頭でなく感覚でも支配できるようになった。いわば、全ての力を意のままに操れる。無駄を削ぎ落とし、指向性を選べる「安定」は、出力の上昇にも繋がった。

 男が体勢を整え、再び迫り来る。構えられた男の盾目掛けて、ミノルは刀を薙いだ。刀と盾が触れたその時、僅か一瞬だけ、溢れんばかりの炎が流れ出る。実態のない炎が斬撃という枠に収まることで生まれる、莫大な力が炸裂する。

 それでも、盾は崩れない。


「ははは! その程度か!」


「んなわけ、ねぇだろ!」


 笑う襲撃者に、ミノルは吠えた。真紅の柳葉刀を、大きく振り絞る。


「――《狐火》」


 直径三メートルを超える巨大な火球。それが、男の構える鉄の剣を押し潰した。大気が唸り、暴風が吹き荒れる。辺りに停められた車がこちらに腹を向けて転がった。

 手応えあり。砂埃の中から、呻き声が聞こえる。


「……成る程。これは、情報以上だな」


 立ち上がれない程の傷は与えたという確信がある。見れば、そこには蹲りながらも睨みをきかせる男がいた。拘束するために、油断することなく歩み寄る。


「実力はB級以上と聞いていたが……『到達者』ともなれば当然か。そうだな……これを言葉にするならば。限りなくA級に近いB級、といったところか」


「褒められているような気がしないな」


「褒めているさ。だが――勝つのは俺たち(・・)だ」


 男が告げた直後、嫌な予感がしたミノルは、後方へ跳んだ。――その直感は、すぐに正しかったと悟る。先程までミノルの立っていた位置に、複数の銃痕が走っていた。


「悪いな。俺たちは、組織だ。個人での勝負は本懐ではない」


 周囲を見渡し、大きく舌打ちした。目の前の男との戦いに専念した結果、いつの間にか包囲されている。……自分のミスではない。先程までの戦いは、本気で集中する必要があった。相手が手練れだったとしか言い様がない。


「くそ……っ!」


 同調率を限界まで引き上げたとは言え、力には限りがある。ミノルを囲う襲撃者の数は目測で三十人強。流石に、勝てそうにない。

 もっと力があれば、変わっていたのだろうか。無い物ねだりと分かっていても、思わずにはいられない。自分が本当の意味での神童ならば、どうにかなったのだろうか。

 所詮、凡才である自分には、この程度が限界なのか。

 ――なら、それ以上の力を出せばいいじゃない。

 あの時。ソフィーに言われた言葉を思い出す。

 それ以上の力? ――何だよ、それ。知らねぇよ。『到達者』は、精霊の力を限界まで引き出せる極致。魔術師である以上、それより先は無い筈だ。


「そこのハーフ二人も来て貰うぞ」


 襲撃者が、エリクとセラにも目を向ける。


「……私が好きな、日本の諺を教えてあげましょう」


 その時、エリクが顔を伏せたまま、ポツリと呟いた。


「目には目を、歯には歯を――です」


 エリクが笑むと同時、大量の足音が、一斉に響いた。

 ミノルたちを囲う包囲網。それを更に囲う包囲網が露わになる。

 動くな――そんな荒々しい声が、耳を劈いた。


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