side ジーク
※先に本編をお読みください。
青年は知っていた。この世に慈悲などないことを。
そうでなければなぜこんなところに自分はいるのだろう。
「ジーク! もうすぐ式典だ。私ももう大人なんだ」
輝くように笑う少年を見て殺意が湧く。ああ___まただ。
ぐっと腹に力を入れ、柔和な笑みを浮かべる。
「ようございました。俺もお役御免ですかね?」
茶化すように少しの本音を混ぜて言うと、
少年、第二王子は無垢な瞳で言った。
「そんなことはないさ、お前にはずっと私を支えてほしい」
俺は答えずただ頭を垂れる。
ああ___なんという拷問だろう。
朝はいい。静かで何も考えず、自分の中の暴力的な思考に飲まれてしまえる。
闇雲に剣を振り、来るはずのない復讐に備える。最後に行う属性付与は剣が壊れてしまうぎりぎりまで。
そんな時だった。
ヒョロロロロと澄んだ鳴き声がした。
鳥というものは、普通殺気に敏感なのではないか? と、的外れなことを考えて、だがしかし、どうやら鳥は何が気に入ったのかこちらの周りをぐるぐると飛び回っている。まるで子供が初めて見たものに興奮しているかのようだった。
知らず笑みが浮かぶ。もうずっと素直に笑ったことがなかった気がする。
何より人に見つかるよりずっといい。俺は考えることをやめた。
手を差し出して見ると少し迷ったようにしつつも素直に腕に止まった。
これが全ての始まりだった。やたらと警戒心のないその鳥は、毎朝ジークの元へやって来るようになった。しかも不思議なことに来たことに毎回気づかないのだ。鍛錬が終わる頃、ヒョロロロロという声を聞いて、初めてそこにいることに気づく。
不思議な奴だ。というその疑問の答えは案外早くにわかることになる。
王太子が失踪し、第二王子に甘い家臣が俺を牢にぶち込んだ日のことだ。こんな馬鹿げたことをするくらいなら、王太子の捜索に人手を割いたほうがいいものを。と考えていると白い鳥がやってきたのだ。
こいつに昼間会うのは初めてだ。というより表情を取り繕っている時に会ったことがないというべきか。なんというかこの頃には不思議な感覚に陥ることがあった。こいつがいると腹の底のすさんだ飢餓にもにた感情がおさまるのだ。
人化したのにはさすがに驚いたが、それよりそのあまりの美しさに目が離せなかった。両性具有という言葉が浮かぶ。彼、もしくは彼女には男性器も女性の胸の膨らみもなかったからだ。ただひたすらに美しい造形だった。
「御使いか?」
と声をかけたのはそのあんまりに現実離れした様に、声をかけねば消えてしまうと思ったからだ。
それはあまり自分のことがよくわかっていないようだった。ただこれは俺にとって大変都合が良かった。
___欲しい
___この美しいものが欲しい。
突如浮かんで来た欲求はあまりに甘美なものですんなりと納得してしまった。
___君には足りないものが一つある。僕には叶えたい夢が二つある。
ふと頭によぎったのは失踪する前に王太子が残して言った謎かけだった。
彼が何を思ってそんなことを言ったのかわからなかったが、この欲求と執着は間違いなく今まで感じたことのないものだった。
翌日、思いもしなかった王の来訪に愕然としつつ、頭はどこか冷めていた。
王の苦しみに満ちた顔を見て、俺の中のとうに欠け落ちた人間らしい感情が動こうとする。
王位を争って欲しい。王の話を聞いて、そんな虫のいいことがあるものかと、その話を受けるか葛藤していた。だがそれは“自称友達”のおかしな鳥の発言によって、気づいたらあっさり頷いていた。
それからいくばくかの月日が流れた。美しい鳥はすっかり俺になついている。
御使いだということを疑ったことはなかったつもりだ。だがあの静かな夜、胸に押し付けられた耳に鼓動が聞こえなかった時に俺は知らしめられたのだ。これはお前が手を出してはいけない領域なのだと。
悔しかった。だから名前をつけていいか?と尋ねた。
「……リーゼ。お前は御使いで真っ白な鳥で、人間でもあるリーゼだ。」
声はきっと震えていた。これで彼、もしくは彼女が消えてしまったらどうしようとそればかり考えて。しかし、俺は賭けに勝った。彼女は消えなかった。
そうして次の日から彼女は目まぐるしく変わって行った。
そう俺は___神から彼女を奪い取ることにしたのだ。
時間を見つけては俺だけの“リーゼ”にいろいろなことを教えた。身体も頭もどんどん重くなって空など飛べなくなってしまえばいい。
すべてがうまく回っていて、だから自分が死にかけたとき。ああやっとか。と思ったのだ。神は俺をお許しにはならなかった。だったらとせめて“リーゼ”の記憶に傷をつけることにしたのだ。
意識が飛びそうな熱い痛みに襲われながら
「お前が好きだ」
と告げる。
かわいいリーゼ。手に入らないならば壊れてしまえばいいのにと。
だが、リーゼは俺なんかでは汚せやしなかったんだ。
彼女の祈りによって俺は生きながらえ、そうして彼女は翼を失った。
愛しくて愛しくてしょうがなかった。だってここにいるのは俺に愛を注がれ、他でもない俺のために翼を手放してしまうくらい重い愛を捧げた“リーゼ”だから。
だから、王に選ばれた時、彼女を誰よりも大切にすると誓った。より良い国に、彼女の笑顔を守ると誓った。
そう。だから確信していることがある。きっとイシューリア建国の賢王とやらは俺のように愛に溺れたろくでなしだったに違いない、と。