05(完)
本編完結です。次の番外編のSideジークを加えてひとまず完結とします。
審判の日、空は晴れ渡りバルコニーの左サイドにはアレクサンドラ派、右サイドにはジークベルト派の重臣がならび、重々しい空気に包まれていた。ジークベルトは3日前から病に伏しているとの噂があり、その間御使いの姿も見られなかったからだ。中央には王が立ち、また公平を期すひらかれた場にするために仕切りの向こうは民にも解放されている。
民にはあらかじめ絵師にかかせた姿絵を街で売らせ、税収政策の一環として売り上げを上げていた。
王様がさっと手を上げるとまずは前哨戦とばかりに重臣がそれぞれの推す人物がいかに王にふさわしいかを説く。
サッと一人が手を述べ立ち上がった。
「アレクサンドラ様には高貴なる血が流れています。あの方は全ての者に労いの言葉をかけてくださります。それだけで血を粉にしてお仕えしましょうぞ」
向かいの文官が反論する。
「ジークベルト様は物事の外側だけでなく中を見て、先を読まれます。自らが率先して動くことで我々に道を示してくださるのです。あの方はこの国から膿を出すおつもりなのだ」
言葉を切って向かいの身に覚えのある者達の顔を見やる。
「愚弄するかっ」
「身に覚えがなければそんなことは言えませんよ」
一気に場が騒がしくなる。
「お待ちください。そろそろアレクサンドラ様とジークベルト様をお呼びになっては。」
声をあげたのはアレクサンドラ派の文官だった。
「聞けばジークベルト様は3日前から臥せっているとか。大事な今日この場に立てないなどとなれば、王とすることなどできますまい」
いかにも自信ありげな様子で話す彼にジークベルト派は怯む。何しろ何も聞かされていないからだ。もし、万が一の事があったら? 顔色が悪くなる。
静まり返ったのを破ったのはパンパンと王の手を打ち鳴らす音だった。
「いかにもその通りだ。二人とも入ってこい」
左からアレクサンドラが、右からジークベルトが入るとざわざわと波紋が広がる。自信ありげにジークベルトの不在を疑っていた彼は真っ青になってしまった。アレクサンドラはしきりに真っ青になっている文官を不安げに見つめている。
「陛下、発言をお許しください」
ジークベルトは真摯にしかし重々しく発言を乞う。
「よい。話せ」
うやうやしく頷いて彼は言った
「3日前私は命を狙われました。」
ざわっとその場で声が上がる。
それを制して
「暗殺者の顔を見ました。仕掛けたのはそこの者です。」
と先ほど答弁を振るっていた文官を指し示す。
彼はアレクサンドラの視線に気づくとジークベルトを睨み据えた。
「私が暗殺者だったという証拠でもあるのですか?」
ジークベルトは淡々と告げる。
「証拠ならあります。あれは確実に命を奪う禁術、呪術ですから。あなたもわかっていたでしょうに」
取り調べをとジークベルトが言いかけると遮るようにかの文官は言った。
「矛盾しておりますぞ。あなた様はそこに立っておられる。」
「取り調べなど無用。私は誰一人殺していない」
言った彼をジークベルトは凍てつくような眼で射抜いた。
「誰も殺していないだと? お前は殺した御使いを!」
悲鳴が起こった。民からだ。神の伝説はおとぎ話として広く知れておりなんて罪深いことだと阿鼻叫喚となった。王すらもこれは聞かされていないらしく真っ青だ。ジークベルトは控えていた騎士に短剣を渡すと柄のところの赤黒い文様を示して言った。
「これと同じ文様が手に刻まれているはずだ。」
そしてアレクサンドラ側の騎士に頭を下げた。
「頼む。一緒に確認してくれ。確たる証拠が欲しい」
頭を下げて請われた騎士は戸惑ったような顔をしたが、犯罪者をそのままにしておくわけにもいかず、
「失礼を」
手袋を外すと確かにくっきりとした短剣と同じ文様が現れた。
「ここに確かに」
というアレクサンドラ側の騎士の声にアレクサンドラは呆然とした顔を向けた。
まさか任せてくれと言った臣下が禁術に手を染めているなどとは思いもしなかったのだ。ガクガクとふるえる腕を側に控えていたマリアンナはぎゅっと握る。
「良かったではありませんか」
連行されていく文官を尻目にマリアンナは微笑みかける。
「あの女が死んだとなれば王の座はアレク様のもの。いくら有能でも子が成せなければ王にはなれませんわ」
アレクサンドラは混乱していた。マリアンナが急に別の生き物に見えてきたからだ。いつも美しいマリアンナ。しかし、その唇は他者の死を心から喜んでいるように見えた。
王は静かに口を開く。
「事情はわかった。してジークベルト、お前はどうするもりだ?」
「多大な犠牲があった。私はお前を王に推したい。だが伴侶のいない王は認められぬ」
ジークベルトは静かに微笑んでいた。
「王よ、いえ。父上。奇跡を信じますか?」
ジークベルトの後ろからこげ茶の髪に金の瞳の少女が滑り出る。
王や重臣は目を向いた。色彩こそ変わっていたが、それはまぎれもなく
「御使様?」
彼女は静かに微笑んで言った。
「もう御使いではございません。ただのリーゼにございます」
民から喝采が起こった。奇跡を起こした御使いは王と同じ姿になってこの地に留まった。まさに言い伝えそのものだったからだ。
割れんばかりの拍手に、もう異を唱えるものはいなかった。
そののち一年後、ジークベルトは王として即位した。もともと娘が欲しかった前王はリーゼを可愛がった。あまりにも構い倒すので側妃は呆れ果て実家に戻り、アレクサンドラは不器用ながらも城に残り兄弟を支えている。
リーゼは御使いだった頃と何が変わったのかいまいちわかっていない。
神様と夢で会うことはなくなったし、小鳥になることも出来なくなったが、髪の色が変わった他に変化がわからないのだ。
それをジークに言うと、彼は意味深な顔で笑った。
「それを人は愛というのさ」
翼をなくした小鳥は愛に生きた。生涯仲のよかった王と王妃はその手腕を含めて伝説の再来と呼ばれ、これがイシューリアの第二のおとぎ話として語り継がれることとなる。




