04
次回の投稿で完結します。
リーゼと名付けられた次の日から私の身体は変わっていった。
初めは声が少し高くなり、髪が伸びた。
次に胸が膨らみ身体がまるみをおびて言った。
リーゼは不安に思ったけれども、ジークは何も変わらなかった。
ただいつも優しい目で変わっていくリーゼを見るだけだった。
彼は知っていたんだろうか。いや知っていたに違いない。
今日もリーゼはぐるぐると悩む。鳥から人に変わるときに恥ずかしいと感じたら服を纏ったままの人に変われるようになった。
髪も腰まで伸び、真っ白でよかったとジークが言った髪以外は人間そのものだ。
忙しい合間にジークはリーゼに魔法を教えた。言葉を、文字を、できる限りのことを教えてくれた。
彼はいつも言った。望めば必ずできるよ。それは神様の言葉に似ていた。
そして、今日はマナーの先生が来る日だ。これはジークでは教えられないからと笑って言っていた。
先生は私の白い髪に一瞬ぎょっとしたけれども
「リーゼです。よろしくお願いいたします」
というと。お話は伺っています。とうっすら微笑んでくれた。
マナーはマリアンナと呼ばれる少女と一緒だった。
リーゼは仲良くなろうと微笑みかけてみたけれども、マリアンナはキッと鋭い目で睨んで来た。
先生の授業は歩き方からはじまる。
「背筋を伸ばして、顎を引いて、吊り下げられている感じで」
と声をかける。
「いいですよマリアンナさん。」
これに勝ち誇ったかのようにマリアンナがこちらを見る。
これには困ってしまった。何を言われてもピンとこないのだ。ジークに何か習った時にはそんなことはなかったからだ、彼はいつも見て、感じてと教えてくれた。
「先生、お願いがあります。お手本をみせていただけませんか」
全くできないリーゼに困ったような顔をしていた先生は不思議そうな顔をしたけれども
「このようにやるのですよ」
とゆっくりとあるいて見せてくれた。
「もう一度お願いします」
何度か見せてもらって歩き出す
「リーゼさん……」
「何かおかしいでしょうか」
「よく出来ています。あなたは不思議な方ですね」
「一年間です。一年であなた達を淑女にしてみせます」
先生は最初に宣言をした。あと一年それは次の王様が決まる日までと言う意味だ。マリアンナはものすごく神妙な顔をして頷いていたし、おそらくマリアンナは第二王子の派閥の方なんだわと私は思った。
マナーの授業が進んでダンスのレッスンを終えるとジークに伴って夜会に出席しなければならなかった。初めはジークと私、アレクサンドラとマリアンナが組んで踊り出す。アレクサンドラとマリアンナはよく見れば金髪に碧眼だ。人の噂に同じ髪と瞳の色のパートナーを選ぶと祝福されるとマナーのレッスンで聞いていた。白い髪は当たり前だけれど浮いていて、私はとても緊張してしまった。数ヶ月前ならなんてことなかったのに私はすでに緊張というものを知ってしまった。ガチガチになっているとゆるく腕をなだめるようになでられる。ジークだ。なんだか久しぶりにジークが側にいる気がした。
思い切って言う。
「同じ色の髪と瞳のパートナーじゃなくてごめんなさい」
場の空気に飲まれて泣きそうな私に彼はびっくりしたような顔をして言った。
「リーゼ、何か最近困っていることはないか? 俺はリーゼがすっかり人間になってしまってちょっと寂しいよ。」
ジークはよく意味のわからないことを言う。
「リーゼはリーゼじゃないの?」
と小首を傾げると
「そうだな。お前は御使いで真っ白な鳥で、俺の名付けたリーゼだ」
そう微笑んでなめらかにステップを踏んだ。
ジークが踊っているのはイメージになかったけれど、いつものような私へのやさしさを感じて、つつまれているかのようなダンスだった。相手役の先生と踊ったことはあったけど、その時にはなかった一体感を感じる。弦の優雅な音に合わせてジークと私はその音そのものになったかのようだった。
曲が終わると、皆が踊り出すと聞いていたのに音が止み、一瞬シンと静まり返るとわっと拍手が起こった。
「御使様」
と上がる声、涙ぐんで手を合わせている人もいる。
困ったようにジークを見る。彼も困ったように
「リーゼが御使様だと改めてわかった」
と言った。
どう言う意味だろうというのが顔に出ていたのか
「綺麗すぎて困るってことだよ」
とふわっと笑った。思わず見とれて頬が熱くなる。
綺麗なのはジークの方だとリーゼは思った。忙しく動き回っている彼はまさしく水を得た魚だった。一年前まで自分を殺して生きていたのが嘘のように、いやそのころの経験があるからこそ、冷淡な交渉や華やかな社交でのあしらう手腕、それに加えて垣間見せる。素の豊かな表情が素敵だと令嬢達の噂は持ちきりだった。
その後も夜会ではマリアンナが蝶のように軽やかに舞っていた。私はジークの隣で大人しくしている。ここで人脈を掴まなければやっていけないのはわかっていたけど、彼ならばきっと大丈夫だろう。そう信じていた。
月日の巡るのは早い。
次の王の選定まで残すところ一週間を切った。その頃、私は毎日胸騒ぎがしていた。暗殺者は毎日のようにやってくるが、腕利きの騎士に守られているから大丈夫だとジークは言っていた。そんな折、選定まであと3日にとなった時のことだった。昼食に向かう彼と私が庭に面した回廊に差し掛かった時だった。その男は文官の服を着て、しかし隠しきれない嫌な気配を出していた。足を止めた私たちに控えていた二人の騎士が気づき、警戒する。いつもの光景だった。違ったのは暗殺者がジークでなく一緒にいた私を狙ってきたこと、思ったより俊敏に動く彼はまごうことなき殺気を放っていて私はとっさに鳥になって逃げることすら出来なかった。じっとりと汗をかき目が放せない。
___刺される!
振りかざした刹那、炎を纏った短剣はまっすぐに振り下ろされ、私をかばったジークの肩に深々と刺さっていた。
ジークは騎士に叫ぶ
「うろたえるな! 捕えよ!」
二人の騎士が駆けて言ったのを確認しジークは私に離れるように言った。
彼に刺さった短剣はまだ燃えていてこのままでは____
「どうして消えないの!?」
取り乱しながらとってに赤黒い文様があることをつげると彼は一瞬、表情を抜け落ちさせ、それから苦しげながらも困ったように微笑んだ。
「これはおそらく呪いの類だ。ただの属性付与ではない。おそらくあの男の命か何かを媒介にして俺が死ぬまで燃え続けるようなものだ」
彼は静かに呼吸する。
「リーゼ、お前を人に縛り付けてしまったのに俺は先に逝く。許せとは言わん、恨んで、くれ。」
私の目からは涙がとうとうと溢れている。先ほどからどんなに“火よ消えて”と願っても消えてくれないからだ。
「私がジークを恨む?」
口が勝手に言葉を紡ぐ。目の前の光景が信じられない。火が彼の腕を侵食して行く。
「そうだろう? お前は人でいる時間が前よりずっと長くなった。なぜ、俺がリーゼという名前をつけたか教えておこう。」
きっと恨まずにはいられなくなる。と彼は陶然とした表情で笑う。
「どうして?」
何が彼にこんな表情をさせるのかがわからなかった。
「リーゼという名前はね。女の子の名前なんだよ。お前は性別がなかっただろう? だから賭けたんだ。もしかしたら“リーゼ”という名前で縛ることで女の子にならないかなって」
「……どうして?」
「……リーゼのことが好きだったからさ。女の子になれば子を産んで空に帰れなくなるだろう?」
「どうしてっ」
ぽたぽたと涙が地面に落ちる。なんて甘美な言葉を残酷なときに言うのだろう。
「リーゼが恨んでくれるように。そうしたら俺のことを忘れない、だろう?」
彼はもうほとんど炎に包まれてしまって、私はわっとくずおれてしまった。
「忘れられるわけなんてないわ……」
そんなことをしなくても忘れられるはずなんてない。
私にリーゼという彼を好きな気持ちをくれたのはジークだもの。
神様。___かみさま。
私はどうなってもいいから“リーゼからジークを取り上げないで”
強く悲鳴のように思った時だった。
真っ白な光と共に、神の存在を”確かに”感じた
ずるりと何かが私の中から抜けていく。
「リーゼ!?」
驚いたようなジークの声を聞きながら私は意識を失った。