02
小鳥は見ていた。
一人の青年が剣を構えひたすらに振っている。目にかかるくらいのこげ茶の髪は額に張り付きもっと色素の薄い金の瞳にも汗が滴っていたが、それに構うこともなく一心に。触れれば切らんとでもいうひどく怖い顔だった。それが終わると精神を集中させ落ち着けるように剣に力を流していく、赤、緑、青と次々と変わる剣の美しさに思わず口からさえずりが漏れる。
ヒョロロロロという間抜けな音に彼はやっと顔を上げやわらかな笑みを浮かべる。
「またお前か」
持っていた剣を納めちょいちょいと手招きするので誘われるまま腕に止まる。
「俺は何も持っていないぞ?毎日お前も飽きないな」
あちこち飛び回り噂を集める。それが神の眼である自分の使命だと生まれた時から知っていた。そして、もう一つ、ここは王城の外れである。ここの様子を見ることもまた定められたことだった。遥か昔自分が生まれた時からの日課だった。
今代の王は二人の子を設けたらしい。が、この小鳥の相手をしてくれる青年はたしか第二王子つきの侍従だ。
今まで人と関わったことはなかった。だがこの青年には不思議と眼を惹かれる。
「ジーク!ジーク!いないのか?」
向こうから第二王子が走ってくる。確かアレクサンドラといったと思う。金色に輝く髪と大きな青い瞳。ジークと呼ばれた彼は一瞬冷ややかな表情を浮かべた後、それを消し去り人好きする柔和な表情を浮かべる。
「アレク殿下、そのように走っては危ないですよ」
そっと手を上に掲げ「また来いよ」と小さな声で送り出してくれる。
寂しいような嬉しいような。ヒョロロロと小さく鳴き返して小鳥は飛び立った。
今日はアレクサンドラの15歳の式典がある。小鳥は昨日初めて見た夢のお告げを思い出していた。
___見きわめよ。愛し子よ。汝が試練は大きい。瞳は醜さも美しさも同じく写すだろう。望め。そなたは何でもあり、また何でもない、それをゆめゆめ忘るるな。
どういう意味なのだろう。小鳥のちっぽけな頭では考えても考えてもよくわからなかった。
大勢の兵士が表の方へとどこか浮き足立ったように急いでいく。式典とはおめでたいものらしい。ふっとあの重苦しい瞳が浮かぶ。ここのところ毎日ジークと呼ばれる彼に会いに来ていたが、今日は一段とひどい顔をしていたように思う。小鳥は昼間の彼をあまり知らないが、噂は入ってくる。いつも人当たりがよく穏やかな笑みを浮かべて、第二王子の後ろに控えたり、王太子の話し相手をしたりしているらしい。
彼はどういう人物なのだろう。朝、垣間見せるあの冷ややかなものは一体何なのだろう。
そこまでつらつらと考えたが突如鳴り響いた晴れやかな楽器の音に思考は持って行かれた。
バルコニーの方だ。羽を動かし飛ぶ。太陽の光がアレク王子の髪を照らしている。王様と側妃様に囲まれ、輝かんばかりの笑顔だ。順々に見て、王太子がいないことに気づく。そういえば最近王太子はあまり公の場に出てこない。正妃様は3年ほど前にお亡くなりになり、公の場に側妃様を伴われるようになってから、第二王子派は活気づいている。
その時だった、
「大変です!どうか陛下に!」
駆け込んで来た兵士は上官に何や告げると、上官は蒼白になった。
「どうしたら……」
「いや式典の方が大事なのでは」
「せめて陛下にだけでも」
初めは2、3人で行われていた話し合いはさざ波のように広がって小鳥の耳にも入って来た。
「第一王子が男爵令嬢と駆け落ちしたらしい。」
「式典の混乱をついたのか?」
「まさか手引きしたものが……」
人間て面倒臭いな。と小鳥は考える。観衆が集まっていたのが災いして一気に噂は広まってしまった。ざわざわする観衆にただならぬものを感じたのか王様が側近を呼び寄せている。王様の顔がこわばる。
結局式典は中止になった。
ヒョロロロロ。薄暗い空間にもの悲しげなさえずりが響く。
伏せていた顔を上げた彼は片手をひらりと振って見せた。
ここは牢である。第一王子の失踪の責任を果たすのに適任なものがいなかったのだ。式典の中止に怒ってジークに当り散らしたアレク王子が“お前のせいだ”と言ったから、ちょうどいいとばかりに放り込まれてしまったのだ。
当然実際に責任があるわけでもないし、第二王子の気がすむまでということで扱いはあまりひどくはないようだ。
「一人は気楽でいいな」
と小鳥に言う割に彼は物思いに沈んでいて、思わず髪を引っ張ってしまった。
痛っと顔をしかめるので今度は肩口に止まって身体をすり寄せてみる。
「慰めてるつもりなのか?」
どこか遠くに向けて呟いたかのような言葉が寂しくて、
「つれないな。お前は僕の友達じゃないか」
万感を込めた想いは、けれどさえずりにならず、僕の唇から発せられた。
思わず目を向いて固まる。それは彼も同じで金の瞳が交差する。浮いていた身体は彼に重なるように下に落ち、普段より随分重量感がある。
「お前……」
彼の瞳はひたと僕を見据えている。
「……鳥か?」
まだ信じられないような顔をしている。
「僕は小鳥……だった」
思わず首をかしげてしまう。だって僕だってこれはあんまりだと思うのだ。
その時人の動く気配がした気がした。“ここにいてはまずい”強く思うと僕の身体は小鳥に戻っていた。
食事を。兵士の短い声に彼はああ、と呆然と僕の方をみたまま答える。
兵士が去っていくと、僕は今度ははっきり自分の意思で“この人と言葉を交わしたい”と願った。
ちょっとの浮遊感とかかる重量感。痛みを覚悟したが彼は抱きとめるようにして支えてくれた。ついでに寝場所にあった布で僕の体をすっぽり覆ってくれた。
人間が着ている“服”というものを着ていないからだろう。
「で、お前は御使いか何かか?」
御使いってなんだろう。首をかしげる僕に彼は語った。
「この国は白い鳥に守られていると言われている。神と言葉を代わし、神の意思を告げ、鳥に選ばれたものが王となる。建国のおとぎ話だよ」
「僕はそんなに大層なものじゃないよ。神様の一つの“眼”ではあったかもしれないけど」
言いながらどんどん自信がなくなってきた。僕が神様のお告げを聞いたのはただの一度だったし、暗くなっていく表情に何か察したのか彼は頭をぽんと撫でて言った。
「お前は神の御使いだよ。御使いは何にも染まっていないと言う意味で白い髪をしているんだそうだ。」
ハッとして肩口ぐらいの髪をつまんでみると確かに白かった。
「お前が白くてよかったよ。白い鳥だったのに違う色の髪をしていたらお前が鳥なのに気づけなかっただろう?」
あやすように言われて気がついたらぼろぼろ泣いていた。
ずっと独りだったのだ。生まれてから鳥でありながら鳥ではなく、ずっと孤独を埋めてくれる何かを探していた。それが本能的なものであるとわかったのだ。
「ねえ、これからどうするの?第二王子殿下が王様になるの?」
ジークは王子のことが好きじゃないのに、と思わず口を滑らせてしまう。
はっと彼を見ると凍りついたかのような表情でこちらを見ている。こわい。思わずガクガクと身体がふるえる。
「ごめんなさい」
出た言葉は彼に指先で止められた。
「いや、いい。悪かった」
怯えさせた。とカタカタいっている手をそっと握ってくれた。
ほぅとつめていた息がもどると彼の身体からも力が抜けた。
「俺は、王の子、庶子なんだ。」
わからなくて首をかしげると
「人間は、この国は、身分が違いすぎると結婚できないんだ」
これならわかる。
「身分の低すぎた俺の母は妾にもなれず、見舞いに来た王の側妃様からだという薬を飲んで死んだ。」
「王は手の内に入れたものに甘い。母が毒殺されたなんて疑いもせず、素直に嘆き悲しみ、哀れんで俺を臣下として引き取った。この国は傾きかけているのかもしれないな」
「王太子様はよくできたお人だった。面白くもない俺の話をよく聞いてくれた。今回の駆け落ちも国としては許せないが、人間として誇りに思うよ。」
ただ僕はそれを黙って聞いていた。国を憂い胸を痛めるその様は、まるで彼が話したおとぎ話の王のようだった。
僕らは日が落ちるまで静かに寄り添っていた。