そして
厚い雲が空を覆っているため昼間なのに少し薄暗いのですが、それでもクマはまぶしそうに目を細めています。
黒いカラスは一瞬ひるみました。冬ごもりしていればクマは出てこないと考え、それでも用心して嵐の前に決行したというのに、今、クマがあらわれているのです。
けれど、その手にある白い羽根が黒いカラス踏みとどませます。
クマは実に器用に白い羽根を傷つけないように持ち、
「体に残ってる羽根は、もう全部傷ついてて使えないのは本当だ。取れたのはこの一枚だけさ」
「そんな……」
黒いカラスの顔に絶望の色が浮かびます。全身から力が抜けていくのが手に取るようにわかり、カラスは小さなネズミのそばに駆けよります。
なんだか申し訳なさそうに首をすくめる小さなネズミに、カラスは小声で、逢えてよかった、と言いました。
クマの話は続きます。
「おれは、この羽根になにも願っていない。長いことここを監視したお前の気力に敬意を表して、こいつはくれてやる。まぁ、主が死の淵に立ったんだ、羽根が願い事を叶える力を持ち続けているかはわからないがな」
そう言って、雪の上に白い羽根を置き、数歩離れていきます。
黒いカラスはクマと羽根を交互に見ながら、ゆっくりと起き上がります。クマから視線をはずさず、いつでも飛べるように構えながら、白い羽根を取りました。
クマは襲ってくる素振りもありません。
羽根をくわえ、黒いカラスは近くの枝にとまると、
「……なぜ、願わなかったのですか?」
そうたずねました。
そばに垂涎のものをおきながら、使わずにいることがどうしても信じないられないのです。
「簡単な話だ。願いが羽根で叶えてはいけないものだった。それだけだ」
「そんなものがあるとは思えません」
「お前は羽根しか見てないからだ」
「――他に価値などありません」
黒いカラスはそう吐き捨て、飛び去っていきました。その影はみるみる遠くなり、ほどなくして、曇天の彼方で見えなくなりました。
氷のような突風が粉雪を連れてきました。
「さっ、さ、寒い!」
ぶるりと震えた小さなネズミが、風から逃げるようにカラスにくっついたと思うと、夢中で羽毛に潜り込みます。カラスはびっくりしてふらつくとクマに抱えられました。
カラスが顔をあげると、クマと目が合いました。
「またご迷惑おかけして申し訳ありません」
「いいんだ。……とにかく早く中に入ろう。あー! 寒い!」
そう叫んだクマも震えています。
そして、温かいカラスをぎゅっと抱えながら、穴ぐらに駆け込みます。
羽毛から顔を出した小さなネズミがくすくすと笑っていました。