友達じゃない
まだらになっていたカラスは、右に左にふらつきながら穴ぐらの外に出ました。
お日さまの光がまぶしくて固く目を閉じ、それからゆるゆると開きます。穴ぐらは、群れのねぐらの森から離れた山にありました。季節はいつの間にか秋へ移りかわり、森も山も少し色づき始めていました。
黒く幼い羽根に包まれた翼を広げ、一度、二度と羽ばたきます。風をつかめるほど風切羽が育っていません。飛べるのはまだ先のようです。
「どこへ行くつもりだ」
聞き覚えのある太い声でした。カラスが振り向くと、穴ぐらの脇を通る獣道にクマがいました。
その姿を見た瞬間、あの恐ろしかった記憶が蘇ります。赤と黒の悪夢と共に。
カラスは思わず後ずさりました。
「その……」
口を開いて、また一歩下がります。
「そ、その節はあり、がとうござ、い、ました」
礼を言う声が震えています。カラスはようやく自分の体も震えているのに気がつきました。クマとは友達になったはずなのに、助けてもらったのに、なんてひどい態度でしょう。罪悪感が心を襲いますが、恐怖はどうしても拭えません。
クマは、ゆっくりと一度まばたきをして、そして、駆け出しました。あっという間にカラスの体はクマの鼻っ柱に押し上げられ、倒れてたところを大きな爪に押さえつけられました。
「いいか、よく聞け」
目の前までむき出しの鋭い牙が迫り、カラスは息を飲みました。
クマの言葉は続きます。
「おれは友達じゃない。白い羽根が欲しくて邪魔ものを殺しただけだ。お前をどこにも行かせない。逃げるなら、あいつらのように咬み殺す」
クマはその牙をカラスの首に当てました。カラスの荒い呼吸が顔にかかり、震えを感じます。
十分、怯えきったことを確認すると、手のひらでカラスをすくい上げ、穴ぐらに放り込みました。
◇◇◇◇◇
それから奇妙な生活が始まりました。
クマは昼間に穴ぐらの入り口で眠り、カラスが動かない夜に餌を探しに出ていくのです。戻るのは明方で、カラスの餌を持ってきます。
始めは様々なものを持ってきました。木の実や果物だけでなく、蛇やカエルやトカゲなど。
カエルも蛇もトカゲもまだ生きていて、どうしても食べられず、外へ出ていくのを見送りました。カラスは食べられるものだけ口にし、残ったものはクマが食べました。そうしてだんだん好みを学び、びっくりするようなものは持ち帰らなくなりました。
そして、始めこそ怯えていたカラスの心も徐々に落ち着いていきました。目覚めてすぐにひどくおどされたものの、それ以降、乱暴なことは一切ないのです。カラスも行くあてはなく、大人しく穴ぐらにいるので、お互いに穏やかに過ごせているのかもしれません。
秋が深くなってきました。
木々は赤に黄色に衣替えをしています。カラスの羽根も黒いまますっかり成長しました。