第四節 棒の勇者、山を下る
「早く来い、追い付かれるぞ!」
「一介の元モブキャラにそんな機能を求めないで下さいよ!」
『ふごがあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!』
カイナ村を出て約三時間。勇者カヨと付き人ショウは必死で森の中を走っている。
「ひぃひぃ、ひぃ、死む……! 死むよおぉえ!」
カヨは時々痰を地面に吐き捨てながらも鬼の形相で走り続けている。
「待ってぇ! 待ってくださぁい!」
その後ろをショウが必死に追い掛けている。この間まで道行く人に「僕も旅したいなぁ……」みたいな台詞を言って教会の周りを回る少年Dだったのでしょうがないだろう。
『ふごがあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!』
心なしかさっきより追い掛ける魔物の数が増えている気がする。着実に追い込まれているのだろうか。
「ホント……カヨさん待っ! あっ!」
「ちょっ! こんなタイミングでこけるとかそんなベタな事しないでいいから!? お前早くも足引っ張りまくってんじゃんかよぉ!」
ショウがこけるのと同時に魔物が群がる。
カヨはそれを棍棒で薙ぎ払う。もう少し遅かったら挽肉になって魔物の餌になっていたかもしれない。
「あぶねぇあぶねぇ……」
しかし一体何故カヨ達は開始三時間にして早くも危機に見舞われているのか。話は約三時間前に遡る。
「いやあ、ホントに夢みたいですよ! こうやって旅できるなんて!」
興奮気味にショウはそう話している。彼は村から出たことがただの一度も無いのだ。
「……はあ。その話もういいって。お前それしか喋ってねぇじゃねぇかよ」
「この日のために僕むっちゃ歯磨きして来たんすよ……、なんと週三ですよ! 凄くないすか!?」
「いや、凄くねぇからな!? 週七で一日三回磨けよ!」
「風呂なんて前まで週二だったのに今では……」
「もういいからっ!!」
ショウは恐ろしいくらい不潔だった。見た感じはこざっぱりとしているのだが。
「あれ? カヨさんあそこに誰か居ますよ」
「どれ……」
カヨはショウが指差した方にいる男を見た。青白い肌、不気味な黒い鎧、人間離れした筋肉、いかつい顔、そして頭部の角……
「怪しさ満開じゃないか! 何だよアイツ!」
男の右腕には赤く太い文字で『魔王軍』と書いてある。魔王軍もかなりの直球だった。
「危険臭がプンプンすんじゃねぇか……、触らぬ神に祟りなしだな。おいショウ! 今の内にこの場を離れ……あれ? ショウ!?」
「へいへいそこのワイルド系のお兄さん、何してるんですか?」
「ショオオオ!!」
ショウはにこにこと手を振りながら魔王の手下に話し掛けてしまった。悪気は無いのだろうがそれが却って腹立たしい。
「大丈夫か? アイツ……」
まだ旅立って間もないがもう既にショウは足を引っ張っていた。
「いやね、ここら辺に棒の勇者がいるって聞いたんで探してるんですよ。もう半日近く探し回っているんですが……」
意外にも魔王の手下は紳士的にショウへと返した。困った顔をして喋るあたり未だカヨの存在には気付いていないようだ。
「勇者を見つけたらどうするんですか?」
「どうするってそりゃ……、抹殺っていう形になると思いますよ。こっちも仕事で派遣されて来ましたから……あっ、でも大丈夫ですよ。一般市民には危害加えるつもりはありませんから」
魔王軍の男はそう優しげに言ったがやはり信用性に欠ける。悪の権化たる魔王軍が村人達をそのまま放っておくはずがない。
ショウはどうやってこの場を凌ぐのか……
「勇者ならそこの茂みにいますよ! カヨさんっていう女の人です」
ショウは草むらを指差し妙ににやにやしながら言った。
「って、うぉい!! おまえ何でわざわざ敵に居場所を教えるんだよ!!」
ショウはカヨの言葉に小首を傾げてひとしきり考え込むとハッ、と重大な何かに気付いたような顔になって、
「はっ! しまった!」
とほざきやがった。想像を遥かに越えたバカだったようだ。
「しまったじゃねぇよ、くそ! おい、逃げるぞ」
その言葉と同時に一気にカヨは駆け出す。後からショウもそれに続く。
「ほうほう、あれが勇者か……、おいお前達。餌の時間だぞ」
魔王軍の男が頷きながらそう言うと、木の上や茂みの中からたくさんの豚のような魔物が飛び出した。どうやら隠れていたようだ。
「いやあ、いよいよ冒険らしくなってきましたね!」
「誰が作った冒険だよ! くそ、数が多い……!」
カヨは魔物と激しい追い駆けっこを繰り広げるはめになった。そして冒頭へと続くのである……
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「僕ね、このままじゃ二人ともやられると思うんですよ」
難を逃れた二人は今山道を必死に下っていた。もう既に辺りは薄暗くなってきている。
『ふごがぁぁぁぁぁあ!!』
カヨ達を追い掛ける魔物の数はますます多くなってきている。このままでは捕まるのも時間の問題であろう。
「誰がこの状態を作ったと思ってんだよ……で、どうするつもりなんだよ?」
「いやですね……簡単な事なんですが……」
ショウは言い辛そうに口籠もった。
「早くしろ! 魔物がすぐそこまで来てるぞ!!」
魔物が次々にカヨ達に飛び掛かってくる。それに合わせてショウはカヨを押した。
「よいしょっと」
「お? ……うわわぁぁぁ!?」
「あ、カヨさんがこけてしまった!! これは僕だけでも逃げなければ~」
「ショオオオ! てめえぇぇ!」
「こうでもしなければみんな死んでしまうんですよ……、カヨさん、分かってください」
「いやただ単にお前が助かりたいだけだろ!? お前後で覚えてろよ!」
「棒の勇者よ、生きてたらまた会いましょう……でわでわ」
その言葉と同時にショウは物凄いスピードで逃げ出した。それは周りの魔物も反応できぬ程の健脚であった。
「勘弁してくれよ……」
カヨに飛び付かんとする魔物達を必死に棍棒で払いながらカヨは嘆息を吐いた。
「やれやれ……、いっちょやってやるか!」
その言葉とともにカヨは自ら魔物の山に飛び込んだ。
十五分後。
「ごぼぼっ!!」
カヨは魔物に袋叩きにされていた。顔からは血が沢山流れ、もともと血塗れだった服はもう血でびしょびしょの血塗れである。
「不様だな、棒の勇者よ」
「てめえ! さっきの角大男!」
魔物の隙間から魔王の部下の大男が見える。ついでにショウも何故か居た。
「ふふ、不様だな……カヨさんよ♪」
「てめえぇぇぇショオオオ!!」
「貴様ももう終わりだ。案外あっけなかったな……」
「カヨさんをやれ、オークどもよ!」
「何でお前が魔物の指示してんだよ!?」
オークと呼ばれた魔物の山が一斉に襲い掛かる。人生とは余りにも不条理だ。勝手に勇者呼ばわりされて、旅立って一日も経たずに殺されてしまうなんて。……しかも味方に裏切られて。
カヨは自身の運命を呪いながら星の瞬く空を仰いだ。