1−1
私は天才的科学者、入宮誠の一人娘だ。父は名門国立大学を卒業した後、世界の最前線で活躍する研究チームに研究者として配属した。そこで、様々な理由で親を失くしてしまった子どものために、教育ロボット「GEL」を開発した。その後、更なる発展が望まれたが、研究の実験中に、不慮の事故で父は亡くなった。「GEL」もまた、開発当初のプロトタイプしか残らなかった。
母も同じ不慮の事故で亡くなった。母は父と同じ研究チームに配属していた。どうやら父は一目惚れしたらしい。その末付き合うことになり、結婚し、私が生まれた。
こうして、両親を失くした私は唯一現存する「GEL」によって育てられることになった。私が六歳の頃だった。私は「GEL」のことをジェルと呼ぶことにした。ジェルとの生活は、一般的な子育てと何の遜色もない。あえて違いをいうのであれば、両親ともに若くして世界で活躍していたため、金銭面には困らなかったことだ。普通子育てというものは、仕事に働きながら子どもの面倒を見るのが一般的である。しかし、お金があり、ジェルもいたため、私はどこかの保育施設に預けられることもなく、常にジェルと共にすることができたのだ。ジェルもまた、私の幼い記憶頼りになるので少し曖昧だが、父の姿に似ていた。父親の整髪してないボサボサの髪と、使い古した黒縁眼鏡は、もう父そっくりである。開発者が父だったからなのだろうか、音声も父の声色を若干感じ取れる。母こそいないものの、私は父子家庭として、所謂普通に育てられたのだ。
しかし、ジェルはどうやら私の将来を危惧していたらしい。学業のことや、料理の仕方、買い物の仕方、洗濯の仕方から、排泄の仕方、マナー、女としての性知識まで教えてもらった。男に襲われないため、護身術も教えてもらった。あとお金を自分で稼げる年になれば、私は自立ができる人間だった。教育としては完璧なはずだった私には何が欠けているのだろうか。将来を危惧する理由がどこにあるのだろうか。
ジェルはある日こう言った。
「識様。所詮私は機械なのです。機械は、人の子を産みません。機械を産むのです」
何を言っているのか分からなかった。
「識様。学校へ行きましょう。学校で、 人の子として育ててもらうのです」
「ジェルに分からないことなんてあるの?」
「私には人工知能によって、知識はいくらでも蓄えられます。しかし識様、私機械にはどうしても教えられないものがあるのです」
私はここで、ジェルのことを訝しんだ記憶がある。そして、問いただす。
「それは?」
「それは……人との関わりと、感情です」
果たして、人間関係と感情が、生活していく上で必要なのか分からなかった。現に、両親を亡くしてから約十年の歳月が過ぎようとしているが、生活に困ったことはない。しかし、その時の私は特に何も考えもせず、ジェルが言ったことだからと頷き、高校へ入学することを決意したのだ。
そうして私、入宮識は私立星見台高校へ入学した。