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星を掴むゆっくり  作者: enforcer
9/15

天職


 自室に戻ったれいむは、同期であるまりさの言葉を吟味していた。


「人間さんの真似してるだけ……かぁ……」


 まりさの言葉は強ち間違いでもない。

 今のれいむの生活は、ゆっくりと言うよりは何処かの学校に所属し、その寮に住まわせて貰っているという形に近い。

 勉強に励み、時には同族のゆっくりの授業、訓練を施す事に因って、日々の糧を得ている。


 授業でも習いはしたが、野良や野生とも違い、人に飼われる飼いゆっくりともまた違っていた。


 ソッと手で椅子を引き、それに腰を下ろす。

 学習机に肘を付き、顎を手に乗せた。


「……そんなにいけないことかなぁ」


 まりさの意見はともかくも、れいむには今の生活に不満は無い。

 それどころか、特に問題らしい問題も無く、仮にプラチナバッジの試験に落ちた所で、雇って貰える事は確定していた。


 だからこそ、将来への不安は無いとも言える。

 だが、れいむはまりさに倣い、参考書を取った。


 開いた参考書を眺めながらも、額に触れる。

 監督官の言った【処置】は完璧なのか、既に痕すらなく、振れても特に問題は無い。

 それでも、れいむの胸に寂しさが募った。


「ごめんなさい、おちびちゃん達……お母さんを許してね」


 既に居ない我が子へ、れいむは詫びる。 

 目尻に浮いた涙を拭って、参考書を睨む。

 

 まりさにもプラチナバッジを目指す理由が在るように、れいむにもそれは在った。

 既に同期の仲間も、妹も我が子すら見捨てた。

 今更振り返った所で意味は無い。


 れいむは、もう過去の生活は嫌だった。


 汚泥に塗れ、ゆかびに脅え、不味い餌を喰い、生きたまま腐り苦しみながらもこの世を呪う同族達の慟哭漂うゆ獄へは戻らないと決めていた。


   * 

 

 れいむはまりさと衝突した訳ではない。 

 にも関わらず、二ゆんの間には壁が出来てしまった様な気がした。


 プラチナバッジ候補生ともなれば、ゆっくり同士の喧嘩沙汰など御法度である。

 だからこそ、表立ったぶつかり合いは無いものの、今まで仲が良かった筈のれいむとまりさは必要が無い限り喋らない。


 端から見ている分には、れいむをまりさが避けている様にも見えた。


 普段から見ている監督官には特にそれが見えている。

 ある日の授業の終わりを見計らい、男はれいむへと近付いていた。


 優秀な候補生が特級鑑札を取らせる為にも、配慮ケアは欠かせない。


「候補生れいむ。 少し話せるか?」

 

 金バッジを修得した以上、れいむからは既に番号は外されていた。

 既に別のゆっくりが四十番を預かっている事から、男はれいむを番号では呼ばない。


 男の声に、れいむは目に見えて慌てた。 

 普段ならば成績優秀なゆっくりの筈のれいむではあるが、この時は少し目を泳がせる。


「……あの……監督さん。 今……ですか?」

「ん? 今日は授業は終わりの筈だな」


 鼻を唸らせ、首を傾げる男に、れいむはまりさの方を見る。

 僅かの間だが、まりさの目は監督官を睨んでいた。


 ただ、まりさは直ぐに目を反らす。

 些か気になる目つきではあるが、極僅かな時間であり、単なる見間違いとも見えなくもない。


「か、監督さん!」


 れいむの呼び声に、男はハッと顔を戻した。


「あぁ、此方から呼んでおいて済まない。 でだ、少し時間は取れるのか?」

  

 本来ならば監督官が指示をしたならゆっくり達は従わねば成らない。

 とは言え、それはあくまでも銀バッジまでの話であり、金バッジ以上のゆっくりともなればそれなりの自由が確保されている。


 無論、人間に対する暴言、禁止されている行為などを行えば、即座にバッジ没収という厳しい掟も在るが、それさえ護っていれば後はほぼゆっくり任されていた。

 

 何せ、プラチナバッジには【責任感】が強く要求される。

 である以上、候補生の間では目立った問題は起きては居ない。

 少なくとも、人の前では。


 とにもかくにも、目を掛けていたれいむの元気の無さに気を揉んだ男は、それとなくれいむを呼び出す事に成功はした。

 ただ、監督官の後に続くれいむに向けられるまりさの視線にまでは、誰も気付いては居なかったのだ。


  * 


 監督官がれいむを連れてきたのは加工所の食堂である。

 一般的には対ゆっくり用の処刑所とすら揶揄されている加工所ではあるが、何もかもが巷の噂通りでもない。


 そして、ゆっくり達の休憩所としても食堂は使われた。

 専らの理由は、ゆっくり達が人間に慣れさせる為でもある。 

  

 そんな場所で、男とれいむはテーブルを挟んで座っていた。

 

「調子はどうだ?」


 若干気まずいといったれいむに、先ずはと男は軽い挨拶。

 それに対して、れいむはチラリと監督官を窺う。


「……はぃ……大丈夫です」


 そんな候補生の声に、男は少し唸る。


 実際、れいむの成績は未だに優秀であった。

 このまま順調に行けばプラチナバッジは問題無く取れるという段階ですらある。


 しかしながら、以前の八番ありすの件が男を悩ませる。

 極稀とは言え、ゆっくり同士のいざこざでゆっくりが怪我、もしくは再起不能に成ることも在り、余計に男はれいむを気に掛けていた。


「回りくどいのは苦手でな。 早速本題に入ろう。 他のゆっくり達からは既に話を聞いてある」


 男の声に、れいむは目を見えて慌てた。


 同じく特級鑑札候補生であるきめぇ丸は全くといって良いほどに感情の起伏が薄いが、それに比べるとれいむは感情が顔に出やすい。

 だからこそ、監督官でもれいむの変化は察知できていた。

 

「元、三十五番まりさと、何かあったのか?」


 男の質問に、れいむは焦る。

 当たり前だが、人間に反意を持つゆっくりの通報はバッジ持ちの義務である。


 密告同然だが、勿論コレには理由が在った。


 ゆっくりに因る何らかの害は総じて【ゆ害】と呼ばれ、多岐に渡る。

 田畑を荒らす事に始まり、捨てたゴミを勝手散らかす、人家への侵入、不法占拠、飲食物の強奪、飼いゆっくりや他の同族へ対する暴行、奴隷化、強制スッキリー。


 上げればキリがない。


 だからこそ、男は如何にまりさが成績優秀であろうとも、必要ならばバッジ剥奪、即座に退去を命じるつもりで居た。


 無論、そんな規則を知っているれいむではあるが、まりさの事を想うと声が出せない。

 同族のよしみも在り、同じく星を掴もうとしている仲間を想うと、多少酷い態度を取られたからといって裏切る様な真似はしたくなかった。


 れいむは、既にまりさの過去を知ってしまっている。

 だからこそ、より不幸のどん底へと叩き落とそうとは思えない。


「……皆、試験の勉強が忙しいから………だと思います」


 この時のれいむの返答は完璧とも言えた。


 事実、候補生のゆっくり達は皆が努力に努力を重ねている。

 そう思えば、まりさには余裕が無いだけとも考えられた。


 悲しいかな、れいむはゆっくりである。

 そして、如何に胴付きとは言え種族特有の欠点はそのまま残っていた。


 ゆっくりは嘘をつく時、必ずと云って良いほどに目がそっぽを向いている。

 寧ろ本当の事を語る時ほど、話す相手の目を真摯に見るという癖があった。


 無論、意識して種族特有の癖を隠す事は出来るが、生憎とれいむはそんな訓練を受けてはいない。


「候補生れいむ。 この場に限り、嘘は止めろ」


 ずっとれいむを見守って来た男からすれば、嘘は直ぐにバレていた。


「何があった?」


 そんな男の声は、愛娘を心配する様な暖かみが在る。

 しかしながら、まりさの事で頭が一杯なれいむは気付けない。


 ただ、監督官の質問に応えるべく頭を悩ませていた。


 答えない訳にも行かず、嘘もバレてしまう。

 だからといって、まりさの事を売ることも出来ない。

 

 悩むれいむだが、対面に座る男は実のところ件の裏を既に知っていた。


 かつて、れいむがまだ金バッジ未満のゆっくりだった頃、寝所には監視カメラが仕掛けられて居た。

 そして、今れいむ達候補生が住まう部屋にも、実は盗聴器が仕掛けられている。


 理由としては単純に、貴重な金バッジ以上のゆっくりを保護する為だ。

 時には人に見えない所で喧嘩、いざこざ、制っ裁などの私刑が行われる事も無くはない。

 それを未然に防止するために、盗聴器は在る。

 

 無論、こんな方法を人間相手に施そうモノなら裁判沙汰だが、相手はゆっくりであり、咎める人間は加工所には居なかった。


 つまり、男はその気に成ればまりさを即座に候補生から外せる。

 にもかかわらずそうしないのは、れいむを気に掛けているのが理由であった。

 いきなりまりさを連れ出したのでは、疑われるのはれいむである。

 

 一番長い付き合いである以上、誰が密告したのかとゆっくり達は訝しむだろう。 

 そして、良く部屋に通う間柄であったれいむ以外、犯ゆんは考え辛い。


 そうなると、今度は他のゆっくり達からの反感がれいむに向くのは必然であった。

 如何に候補生が優秀とは言え、精神的な外圧は時に直接的な暴力を上回る。

 人間ですら、虐めに耐えかね死を選んでしまう者も居た。


 だからこそ、男はまりさの裏に気付いていても沈黙していた。

 

 何も言えず俯くれいむに、男はフゥと息を吐く。

 このままでは膠着状態であり前に進めない。


「候補生れいむ。 二、三日以内に仕事を頼みたい」


 男の声に、れいむは顔を上げた。


「お仕事……ですか?」

 

 いつもならば、加工所の仕事で忙しいれいむからすれば、何かを頼まれるということ自体珍しい。

 

「そうだ。 社会ゆっくりとして、一仕事してもらいたいんだ」

「それは………構いませんが」

「なら良い、おって予定を伝える。 今日はありがとう」


 サッと立ち上がる監督官に、れいむは肩から力を抜いていた。


   *


 監督官の言葉に嘘は無く、ゆっくり達には在る仕事が託された。

 それは、盲導犬成らぬ盲導ゆっくりとしての仕事である。


 加工所の空き区画に特設された、盲導ゆっくり体験会。


 そして、れいむを含めた候補生ゆっくり達は、人間の手伝いをするという仕事を仰せつかって居た。


 盲導犬にしても、優れた教育者によって訓練されれば並の犬など寄せ付けないだけの能力を示す。

 ただ、一点だけゆっくり達の方が優れている点もあった。


 それは、言葉による伝え合い(コミュニケーション)だ。


 如何に犬が優れているとしても、動作や仕草だけでは伝えきれない。

 何を思い、何を伝えたいのか。

 その点、ゆっくり達の最大の特徴とも言える言葉は、目の見えない人間に対しても的確に伝える事が出来る。


 但し、如何に喋れるとは言え生半可なゆっくりではかえって参加者を不愉快にさせる事も多い。

 銅バッジ以下のゆっくりなど、相手の目が見えない事を良いことに好き放題する個体も珍しくはなかった。


 が、候補生ゆっくり達は抜きん出て優秀である。

 普段から面倒くさい銅未満のゆっくり達の指導をしている候補生達からすれば、遥かに容易い仕事でもあった。


「はい、どうぞ」


 目の見えない女性に、れいむはソッと飲み物を手渡す。

 受け取った女性はと言うと、見えないれいむへ笑みを贈った。


「ありがとうね、れいむちゃん」


 そんな人間の声に、れいむは頬を緩ませる。 

 普段から冷たい教師相手に勉強仕事漬けの毎日に比べれば、今の仕事は実に気が楽であった。


 少し目を向ければ、他のゆっくり達も四苦八苦しながらも笑顔で仕事を楽しんでいる風情すら在る。


「はい、どうぞどうぞ」

「あー、うん。 ありがとうな、きめぇ丸さん」


 相も変わらず抑揚の無い声と上から目線のきめぇ丸ではあるが、一応仕事はキチンとこなしているらしい。


 先輩方は良しとしてた、れいむの同期であるまりさだけは違った。


 授業の一環だからこそ受けたのだが、させられている事が気に食わない。

 殊更に人を嫌っているまりさからすれば、盲導ゆっくりなど気に入る筈もない。


 ただ、返答さえ丁重にしていれば相手からは顔が見えない点だけは、まりさにとっても有り難い事でもあった。

 どんな顔をしたところで、相手からソレが見えることはない。


「はぃ、どーぞ」


 如何にも面倒くさいといった顔で、飲み物を人間へ渡すまりさ。

 見えて居ない者からすれば、まりさがどんな顔をして居ようが関係が無い。

 それどころか、ゆっくりながらも献身的な介護をしてくれるまりさに、盲目の少年は笑ってすら居た。


「ありがと。 まりさが僕の飼いゆっくりだったら良かったのにね」


 少年の楽しげな声は、まりさにとっては顔を歪ませる程のモノだった。

 人の上に立ちたいからこそプラチナバッジを目指すのであり、人の世話をしたい訳ではない。


 今にも飛びかかりそうなまりさだが、それは少年からは見えなかった。


「そ、そりゃあ……どうも」


 まりさは怒りの余り声を震わせる、聞いている方からすれば恥ずかしがっている様にも聞こえなくもない。


「僕はさ、せんてんせい? じゃなくて、えーと、事故で見えなく成っちゃって……ずーっと、邪魔者にされてたから」


 自嘲めいた少年の声に、まりさのお下げからは力が抜けていた。


「邪魔者?」

「あー、うん。 急に目が見えませんなんて言ってもさ、誰だって迷惑だよね。 今日だってさ、ホントは期待してなかったんだ。 あぁ、ゆっくりなんてって……でもさ、君は凄く優しくしてくれたし、感謝してるんだ。 ありがとう、まりさちゃん」


 少年は感謝を述べながら、握手せんと手を伸ばす。

 そんな手に、まりさは恐る恐るお下げを延ばしていた。


 少年の手は、やんわりとまりさの金色のお下げに触れる。 

 まるで卵でも扱う様に優しく。


「体験会ってだけがホント残念だよ。 もし、君が家に居てくれたら、凄くゆっくり出来るのにね」 


 心の底から残念そうな声は、まりさを揺さぶった。


「そ、そんな事言われても……困るのぜ。 まりさは……まりさは……」


 戸惑いを隠せないまりさに、少年は微笑む。

 

「分かってるよ。 まりさちゃんと、えーと……他のゆっくり達だってプラチナバッジ目指してるんだよね? ソレだと、僕じゃ手がでないからさ」


 目が見えずとも、少年は特級鑑札(プラチナバッジ)持ちのゆっくりの値段を知っては居た。

 とてもではないが若い少年に出せる金額ではない。

 最低でも数百万から数千万、果ては億単位のゆっくりも珍しくは無い。


 残念そうな少年の世話を任せられていたまりさだが、この時ばかりは何か神妙な面持ちであった。


   *


 盲導ゆっくり体験会は、つつがなく終わった。

 良く訓練されているゆっくり達だけ在り、体験者の殆どはゆっくり達と別れる事を悔やみ、中には涙すら零す人もいる。


 まりさが世話をした少年もまた、例外ではない。

 

 去っていく体験者を見送るゆっくり達だが、まりさの隣にはれいむ。


「良かったよね? 皆、ゆっくりしてくれたみたいだし」


 いつもとは違う何とも言えない顔を見せるまりさに、れいむがそう言うと、まりさに変化が在った。


「別に……どうって事無いんだぜ」


 強がるまりさは、お飾りである帽子をお下げで器用に深く被る。

 誰にも顔が見えぬように。


 人を憎む筈のまりさの変化に、れいむもまた静かに目を閉じていた。

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