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星を掴むゆっくり  作者: enforcer
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種族の壁


 候補生として登録された元四十番れいむと元三十五番まりさは、揃って他の金バッジゆっくりと共に授業を受けていた。


 専門的な授業とも成ると、流石に人間の指導を請わねば成らない。

 というのも、前年のプラチナバッジの試験問題が練習として出された時など、金バッジゆっくり達ですら唸る内容だったからだ。


 試験問題は多岐に渡る。


 公立高校卒業レベルの五科目学科を基本として、面接、日常の作法検定。

  

 ハッキリ言えば、難しい。

 何の訓練も受けて居ないゆっくりではほぼ確実に落ちる。


 仮に人間にもバッジ認定試験をさせれば、恐らくは大方が金バッジ止まりだろう。

 下手をせずとも、プラチナバッジに届くかどうかすら怪しい。


 そんな難しい試験を課して、わざとゆっくり達を落とそうとしているのかと問われれば、その通りだ。


 誰にでも簡単に取れる認定試験などには何の価値も無い。


 人間の運転免許ですら、徹底的に反復練習と学習をしなければテストに置いて合格は難しいだろう。


 何故そうなのかと言われれば、全ては【責任】を負う為だ。

 重大な事をしているという認識を忘れ去った時、人であろうとゆっくりであろうと堕落するのは変わらない。


 人間が飲酒運転、軽い気持ちの違反で免許を失う様に、ゆっくりもまたほんの些細な事でバッジを失う事も珍しくは無かった。


 である以上、特級鑑札のプラチナバッジともなれば、重大な責務を問われる。


 口頭に置いて【貴方は責務を背負えますか?】という質問に対しては、どんな馬鹿で在ろうとも【はい大丈夫です】と答える事は出来る。


 しかしながら、口で何と言おうとも、それは証明足り得ない。

 議論は可能かも知れないが、所詮は水掛け論である。


【出来る、出来ない】が繰り返された所で意味が無い。


 だからこそ、プラチナバッジ修得には苛烈な迄の試験が課されるのだ。


【言葉ではなく、己の能力と努力で自らの価値とその証を証明せよ】、と。


 それが、特級鑑札に課せられる試験の趣旨であった。


   *


 在る部屋に、学科のチャイムにも似た音が響いた。

 それは授業の終わりを告げる音。


「本日は此処までとする。 各自、次の授業までに復習をわすれないでくれ」


 そんな人間の教官の声に、ゆっくり達は疲労を隠さない。 

 それ程までに、授業は難しいモノとなって居た。


「ゆぐぅうう………厳しいん……だ……よ」


 候補生として参加したものの、頭から湯気でも出しそうな表情のまりさは、ついつい語尾に【だぜ】を付けそうになり焦る。

 

「そだね………しんどいんだよ」


 呻く同期に対して、れいむも机に突っ伏していた。 

 金バッジを取ったのだから、自ゆん達は優秀だろうと自負は在った。


 その事自体は間違いではない。

 野良、もしくは三級鑑札の銅バッジゆっくり程度と比較するならば、この場に集められたゆっくりは正に磨き抜かれたエリートといった差し支えない。


 だが、既に一度や二度は特級鑑札の試験に落ちているゆっくりも珍しくは無かった。

 

「うーん……分かるよー……疲れたよー」


 普段ならば、気丈に振る舞うちぇんですら、この時ばかりは弱音を吐いた。


「せんぱーい、大丈夫ですかぁ?」


 若干間延びしたまりさの声に、ちぇんの腰辺りから伸びる二本の尻尾が左右へ揺れた。 

 そんな先輩ゆっくりの姿は、余り勇気付けられるモノではない。


 当たり前だが、試験問題は毎年更新される。

 だからこそ金バッジとは言え勉強に励む他はない。


 同時に、コレはゆっくり達にとっては酷く辛い事でもあった。


 ゆっくりである以上、ゆっくりしたい。

 だが、候補生にゆっくりしている暇はほぼ無かった。

 毎日作業や他のゆっくりの指導をして、その給金として住処と糧を得ている。

 誰かの庇護下でないのだから当たり前だが、辛いモノであった。


 そんな日々に、ふと、れいむは想う事がある。


 かつて別れた妹の懇願通り銀バッジで我慢していたらどうなっただろう。

 もしくは、監督官の金バッジで満足していたらどうなっていたか。


 ふと、人間の家の中でのんびりと過ごしていたかも知れない自ゆんを想う。

 日々の食事に困る事も無ければ、外敵に怯える必要も無い快適な生活。


 無論、それは今からでも望めば可能だろう。

 それを推してまでプラチナバッジを目指すのには、ゆっくり達各自に理由が在った。


 特級鑑札ともなれば、もはやゆっくりはゆっくりとしては扱われない。

 人間が一個人が【●●さん】と扱われる様に、ほぼ同等の扱いをして貰える。

 殴る蹴るなど論外であり、即座に相手は逮捕される。


 万が一殺傷沙汰ともなれば、加害者側の一家は膨大な賠償金を課せられる事も在るだろう。


 訓練所のゆっくりは、ほぼどん底から拾い上げられたゆっくり達が多い。

 故にこそ、ゆっくり達は立場を欲しがっていた。


 しかしながら、欲しいといって得られるモノではない。


「……ゆぅん……難しいなぁ」


 れいむは自ゆんの参考書に目を落とすが、覚えるべき事は多く、まだまだ道は半ばであった。


  *


 その日の授業は終わったが、勉強は終わらない。

 教えられた事を学び直す為にと、れいむは同期のまりさの部屋を訪れていた。


 この時点で、れいむは自ゆんの部屋に誘えば良かったのではないかと悩む。

 性格の問題か、体格の問題か、まりさの部屋はお世辞にも綺麗とは言い難い。

 ゆっくりの特性上、手足が無いのだから基本的に掃除は難しく、同期のよしみ故か、れいむは時折掃除をしてやる事があった。


「あんまり散らかさない方が良いよ? 後々困るから」

「はいはい、分かってるのぜ。 最近のれいむは人間さん並みにうるさくなって困るんだぜ」


 いつもであれば、【だぜ口調】を引っ込めているまりさだが、周りに人の目さえ無ければ、それを隠さない。

 口振りだけを聞き取れば、寧ろ根本的に根付いたソレを誇らしく想っている風情ですら在った。


「その、だぜって言うのさ……直せって言われたよね?」


 軽い気持ちでれいむはそう言ったが、返ってきたまりさの視線は暖かいモノではない。

 寧ろ、軽蔑すら感じさせるモノであった。


「ねぇれいむ。 聞いても良いのかぜ?」

「何?」

「れいむは、どっちなんだぜ?」

「どっちって……」


 戸惑うれいむから視線を離し、参考書を読むまりさの横顔には冷たい色が窺えた。


「まりさも、れいむも、ホントはゆっくりなのぜ? バッジさんの為に人間さんの真似事はしていてもだぜ?」


 そんな言葉はれいむにとってみれば今更である。

 如何に胴付きとは言えゆっくりはゆっくり。

 ぱっと見ではゆっくりよりも人に近いとは言え、ゆっくりである事に変わりはない。


「そりゃあ……そうだけど」

「れいむ……れいむだから教えるんだぜ? まりさは元々は野良だったんだぜ」


 候補生の中には、元野良も居る。

 だが、殆どは銅バッジを取る前に消えていくのがざらであり、そんな中まりさが此処までのし上がっただけでも大変な進歩と言えた。


 れいむにしても、元々は加工所の生ゴミ処理機扱いであり、余り良い生活を送ってきた訳ではない。

 

「まりさには家族も居たんだぜ。 だけど、野良ゆっくりにはゆっくりしてる暇なんて無かったんだぜ。 毎日毎日ゴミ漁り、それだって人間さんの目に映らない様にそろーりそろーり。 ずーっとそうして居たのぜ」


 まるで昨日の事に様に、過去を語るまりさ。

 辛い日々という事にはれいむも共感する部分も在るが、出来ない部分もあった。

 それは、まりさから漂う人間への恨みだろう。

 

「え、じゃあ何で此処に……」


 ポンと出たれいむの声に、まりさは苦く笑う。

 誰かを嘲笑うという笑いではなく、自分の失敗を咎める様な苦笑であった。


「……何で? 簡単だぜ」


 そう言いながら、まりさはれいむの方を向いた。

 その顔には、歪んだ笑みが浮かぶ。

 悲しい目をしながらも、口は無理に笑っていた。


「まりさは一番のチビ助だったけど、一番おつむは良かったのぜ。 家族から不気味がられる位だったのぜ。 あまあま頂戴ねとか、人間さんを舐めずに、自ゆんだけ助けてくださいって人間さんに頼んだんだぜ」

 

 まりさの家族がどうなったのか、れいむには想像に難くない。


「それじゃ……まりさの家族は……」


 運も在ったのだろう。

 必死に命乞いをするまりさを、作業員の誰かが気紛れに拾い上げた。

 その事自体は別にさして珍しい事でもない。


 野良の中には極稀だが賢しいゆっくりも在り、時には人に拾って貰える。


 その意味で言えば、まりさは運が良かったかも知れない。

 れいむがそんな事を想った時、ゆくくと抑えた笑いが聞こえた。


「まり…………」


 何が可笑しいのかと、れいむが聞こうとした時、まりさは豪快に笑い出した。 


「か ぞ く? 最っ高に馬鹿なゆっくり共だったぜ!? チンケな爪楊枝なんかでぶーすぶーす? 頬を膨らませてプクー? そんなうんうんの役にも立たない事で人間さんと本気で戦えるって信じてるゲス共だぜ!! おかーしゃもおとーしゃもあっという間に潰されて、馬鹿なおねーちゃ達も命乞いしながら全ゆん惨めに永遠にゆっくりしたんだぜ!?」

 

 勉強したからこそ、自ゆんと同じゆっくり達の意味の無い抵抗を笑ったまりさ。

 自ゆんは賢いのだと示さんが為に、かつて見た野良ゆっくり達の勇敢ながらも無意味な抵抗をゲラゲラと嘲笑う。


 ただ、嘲笑うっているのは言葉だけで、声も顔も違った。

 酷く寂しそうな、悲しげなまりさ。

 

 いつの間にか、まりさは泣いていた。

 ボロボロと涙をこぼしながら、それでも無理に笑う。


「まりさは……まりさはとんだゲスなのぜ。 家族を皆見捨てて……自ゆんだけこうしてる……」


 本来であれば、人間に反意を持つゆっくりを報告する義務をれいむは持っていた。

 時には人に襲い掛かるゆっくりも居ないわけではない。

  

 まりさの過去を聞いたれいむは、俯かせていた頭を上げる。


「でも、戦おうとしてくれただけ、良い親じゃない」

「何言ってるのぜ?」

「れいむの親なんか、自ゆん達が助かる為だけにれいむと妹を捨てたんだよ? それに比べれば、まりさの親は凄く立派じゃないの?」

 

 れいむには人間への反意は無かった。


 微塵も無いという訳ではないが、まりさに比べればゼロに等しい。

 それどころか、自ゆんを拾い上げ、育てて貰った恩も在る。

 れいむの場合は、人間よりも自ゆんの親へ恨みが向いていた。


 散らかされたベッドから立ち上がると、れいむは同期であり同族であるまりさへと近づく。


 より人に近くを望んだからこそ、今の姿を得ているれいむと、人を憎んでいるからこそ、ゆっくりのままの姿のまりさ。


 どちらの目的地も同じだが、其処を目指す動機は違った。

 

 時には憎しみも強い向上心へと繋がる以上、無理にそれを咎めるつもりはれいむには無い。

 それどころか、憎しみだけに駆られる同族への憐れみも在る。 

   

 胴付きと成ったれいむの手が、まりさに届くかという時、まりさのお下げが器用に動いてれいむの手を払った。


「まりさ?」


 いきなりの事に、れいむは動揺を見せるが、まりさの目は同族を訝しむ目で見ていた。


「さっきの質問……まだ答えを聞いてないのぜ。 プラチナバッジさんさえ取れば、まりさは人間さんより偉くなる。 どんなゆっくりよりもゆっくり出来る筈なのぜ」

「それは……」


 意気込むまりさに、れいむは口を閉じる。

 

 実のところ、特級鑑札を得た所で何もしなくて良いなどという事には成らない事をれいむは知っていた。


 プラチナバッジ自体は価値在るモノだが、同時にそれはソレを持つゆっくりの価値を示してるだけである。


 裏を返せば、実のところは野良と大差はない。


 日々の糧を得る為の手段が変わるだけであり、精々が死ぬ確率が大幅に減る程度の役にしか立たないとも言えた。


「結局、れいむはどっちなのぜ? まりさから見れば、れいむは人の真似をしようとしてるゆっくりにしか見えないんだぜ? 他のゆっくりも」


 言葉こそ違うが、れいむはまりさの言葉に棘を感じた。

 以前、自ゆんを襲ってきた八番ありすの様な棘を。


「まりさ……」


 れいむは寂しさから声を出すが、まりさは取り合わない。


「別にれいむや先輩が人間さんと仲良くしたいというのは勝手だぜ。 だけど、それをまりさに押しつけないで欲しいんだぜ」


 自ゆんが何かを答え様としたれいむだが、まりさのお下げが部屋のドアを向いた。


「……れいむ、悪いけど出て行ってくれなのぜ。 まりさはコレからプラチナバッジさんを取る為のお勉強が忙しくなるんだぜ」


 突き放す様なまりさに、れいむは唇を噛んだ。


「……ごめんなさい。 邪魔、しちゃって」


 詫びの音を残し、れいむはまりさの部屋から出る。

 だからこそ、机に突っ伏すまりさの嗚咽は、れいむには聞こえなかった。


  *


 まりさの部屋から出たれいむは肩を竦めて息を吐いた。

 以前ならば出来なかった事だ。 


 そして、新たに得た手をじっと見る。

 新しい身体のお陰で、出来る事の幅が遥かに大きくなっていた。

 

 胴付きのゆっくりは、普通のゆっくりに比べれば遥かに人に近い。

 

 それでも、れいむは別に人の真似をしているつもりは無かった。

 ただ、何時か見た同じく胴付きのえーきに憧れたからだ。 


 そして、まりさもまた、ゆっくりのまま人に近付こうとしている。


 同じ様な道の筈なのに、全く違う考えを持つまりさに、れいむの気分は沈んでいた。

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