プラチナバッジ候補生
金バッジ試験を合格した段階で、ゆっくり達にまたしても監督官から選択が迫られていた。
「先ずは、おめでとうと言おう。 金バッジ保持ゆっくりともなれば、今後の生活はがわりと変わる。 と、同時に、諸君は特級鑑札、プラチナバッジの試験を受ける権利を得た」
監督官の説明に、れいむはやっとのことで此処まで来たという実感を感じる。
過ぎてしまえば短い間とは言え、その道程は楽ではなかった。
数多くのゆっくりが篩いから落とされ、道程半ばで消えていく。
それでも、そんな厳しい道を乗り越えたゆっくり達。
以前の頼りない顔は無く、自信が見て取れる。
そんなゆっくり達を、男は見渡した。
皆頭上のお飾りに金バッジを輝かせるが、一際目立つのは胴付きとなった四十番れいむ。
以前に個人的な会話をした男ではあるが、この場にて胸の内を開かすつもりは無い。
「……さて、此処まで来た諸君であれば、説明するまでも無いだろうが、一応は話して置かなければ成らない。 諸君らを指導、教育したゆっくり達は、この養成所の出だ」
以前、教官であるゆっくり、のうかりんから多少話を聞いたれいむはそれを忘れては居ない。
「かのゆっくり達は此方の所属ゆっくりとして働いて貰っている。 まぁ、要約すれば、自立しているとでも言うべきか。 ともかく、君達にも選んで貰いたい。 此処で働き、プラチナバッジを目指すのか、もしくは、誰かに飼われるか、だ」
当たり前だが、試験費用はタダではない。
だからこそ、れいむ達を指導したゆっくり達も自ゆんに合った仕事をしながら勉強がてらにその費用を捻出している。
金バッジとは言え、中には身体を傾けて悩むような素振りを見せるゆっくりも居ることから、男は更に説明を続けた。
「プラチナバッジともなれば、それなりの立場に立ち、ほぼ人と同じだけの責任を負うことにも成る」
監督官の声に、三十五番まりさが口を開いた。
「監督さん。 疑問なのですが……それはもう、ゆっくり何ですか?」
そんな質問に、男は苦く笑った。
「ゆっくりはゆっくりに違いない。 が、ハッキリ言えばプラチナバッジ持ちのゆっくりは人と同じか、それ以上の価値が在る事は断言出来るな。 正直に打ち明ければ、私の代わりは居るが、プラチナバッジの代わりはない。 もし、此処の所長が、私とそのゆっくりを天秤に掛けたなら、落ちるのは私だろう」
自嘲する男の声に、れいむは目を丸くする。
以前、初めて見た時も監督官はプラチナバッジ持ちのえーきに頭を下げていた事は記憶に焼き付いていた。
実際、男は嘘は言っては居ない。
街で迷惑がられている野良ゆっくりなどは、迷惑な動くナマモノとしか想われて居ないが、特級鑑札持ちともなれば話は違う。
下手な人間以上の価値を持って居り、必要以上の保護が成されていた。
「さて、諸君に問おう。 此処を出て主を探すのか、更に上を目指すのか、選んで欲しい」
監督官の声に、ゆっくり達は悩んだ。
ゆっくりショップへ行けば、国営発行の金バッジゆっくりともなれば引く手数多である。
無論、個人の飼い主の中には粉骨砕身し、自らの飼いゆっくりにバッジを取らせる場合も在るが、合格率はさして高くない。
対して、既に金バッジ持ちのゆっくりともなれば、最低数十万から数百万という車が買えそうな値段で取り引きされる事も珍しくはない。
監督官の声に、れいむは悩む事なく手を挙げる。
「れいむは、此処に残ります」
宣言とも取れる声に、他のゆっくり達ですら驚いた。
本来ならば、【ゆっくりしたい】というのがゆっくりの本質である。
そんな本能を蹴ってでも、上を目指す覚悟を見せるれいむに、ゆっくり達は迷いを見せていた。
如何にプラチナバッジが魅力的とは言え、試験の難しさに付いては知っている。
迷うゆっくり達に関わらず、男は頷いた。
「分かった……四十番をプラチナバッジ候補生として採用としよう。 さて、他の者は?」
男の促す声に、三十五番まりさがもみあげを上げる。
「まりさも残るのぜ……残ります」
試験中は気を付けて【だぜ】を引っ込めていた三十五番だが、ついつい地が出てしまった。
それを聞いた監督官は少し残念そうにフゥと息を吐く。
「三十五番……まぁいい、君もプラチナバッジを目指すつもりなら、否が応でも口調は何とか成るだろう。 宜しい、君も候補生として採用だ」
監督官の声を聞きながらも、れいむはまりさを見た。
言葉こそ無いが、二ゆんの間には何か絆の様なモノが窺える。
結局の所、プラチナバッジを受けたいと申し出たのは四十番号と三十五番だけであった。
*
特級鑑札候補生となると、一つ変わった事も在る。
れいむとまりさはからは番号が外されていた。
もはや二ゆんしか居ないのだから、わざわざ番号で呼ばずとも分かる。
それだけではなく、住処も変わった。
れいむにもまりさにも今までとは違い、完全な個室が与えられ、がらりと生活が変わったとも言える。
今までとの一番の違いは、ゆっくりとは言えそれなりの自由を与えられている事だろう。
誰かが見張る事もなく、任されている。
だが、それは同時に責任を預けられているとも言えた。
部屋の清掃や排泄、食事など、本来ならば飼い主に頼る事が多いゆっくりに対して、自主性が求められている。
要するに、今までならば誰かが用意し、片付けて貰えた事も、自分でしなければ成らないのだ。
プラチナバッジの試験の一部を抜粋するならばこう在る。
【当該ゆっくりは十八歳以上の人間とほぼ同等の精神、責任能力を有する事を証明せねば成らない】と。
コレに加えて学科試験の内容などは、普通の人間が受けた場合でも落ちる可能性が在るほどに難しいモノであった。
個室にて、れいむは新たな寝床と成ったベッドへ腰掛ける。
座るという事か出来るのは胴付きの特徴だろう。
腕と脚を得た事により、行動の幅も広まる。
これから先の事を考える時間はたっぷりと在った。
誰も周りに居ないからこそ、ふとれいむは最近癖に成りつつある事をする。
それは、額に触れる事だ。 当たり前だが、何も無い。
思い出すだけでも、胸に痛みが走った。
もし、監督官の言葉に甘えて居た自ゆんならどうして居ただろうとれいむは想像する。
恐らくは、快適な環境下にて、子育てに励んでいたかも知れない。
なんだかんだと手間が掛かる我が子を愛でながら、ゆっくりしていた筈の自ゆんを想う。
だが、それは既に存在しない世界であった。
我が子を処分してくれと頼んだのは、他でもないれいむである。
その重さと辛さに、れいむは顔をしかめる。
それでも、ベッドから立ち上がると机へ向かった。
今すべきなのはひたすらに勉強である。
特級鑑札を習得するのならば、それ相応の学力が求められる。
特に勉強が好きというゆっくりではないが、単純に何かをする事で気を紛らわせたい。
人間の学生がそうする様に、れいむはただ黙々と【プラチナバッジ試験参考書】を読み、記される例題などに目を向けた。
*
プラチナバッジ候補生に成ったれいむとまりさには、先輩方が居る。
今更互いに自己紹介しなくても知っているが、一応の礼儀として、元四十番と元三十五番にとの軽い対面式が行われていた。
「お世話に成ります! 候補生れいむです!」
「宜しくお願いします! 同じく候補生のまりさです!」
金バッジ以上ともなれば、それなり以上の品格も求められる。
候補生の挨拶として、上々なのか、返事として拍手が返ってきた。
「むきゅ、流石はぱちゅの教え子ね、よくぞ此処まで来たわ、誉めたげる」
「やったねー! 嬉しいのは分かるよー! でもこれからも頑張ってねー!」
「おぉ、怖い怖い。 まさか此処まで来るとは想像の外でしたよ」
中には多少ぞんざいな挨拶も在ったが、暖かい歓迎とも言えた。
ゆっくり達の仕事は多岐に渡るが、選ぶのは本ゆんである。
授業を受け持つも良し、作業ゆんに成るも良し、全ては自ゆんの判断に委ねられる。
何をして、糧を得るのか、それを学ぶ為に。
*
其処で、まりさとれいむは差が現れていた。
身体の問題でまりさは授業を手伝い、れいむはと言えば、のうかりんの手伝いで畑へ。
日差しの下、農作業へ勤しむれいむに、麦わら帽子被ったのうかりんが近付く。
「……ホントに此処まで来たんだ?」
意外そうなのうかりんの声に、れいむは肩を竦める。
運動によって、日々の頭脳労働から離れたかったが、コレはコレで大変なのは変わらない。
「まぁ、教官の教えの賜物ですよ」
無論、金バッジ拾得にはゆっくり独自の努力が多々要求されるが、それをわざわざ【自ゆんは偉い】と公言するほどにれいむは自信過多でもない。
寧ろ、そんな発言はバッジ拾得の妨げにしか成らない事も分かっていた。
「ふぅん? 謙遜も出来る様に成ったんだ? うん、プラチナバッジ取るならそれくらいは出来ないとね」
感心したという風情を醸し出すのうかりんに、れいむはフゥと息を吐いた。
農場自体は広く、他にも働いているゆっくりや人間も多い。
機械を用いる高度な作業は専ら人間が行うが、草むしりや虫取りなどの単純作業はゆっくりが担当していた。
「前は分からなかったんですが、ゆっくりはいっぱい居たんですね」
以前ならば柵に目隠しされ周りが見えなかった。
胴付きとなった今なら更に遠くまで見渡せる。
そんなれいむの声に、のうかりんも柔らかい笑みを浮かべた。
「うん、そうだね。 此処だけでも五十ぐらいは居るかな」
そう言うと、のうかりんは何故かニヤリと笑う。
何事かとれいむは思うが、聞くよりも早くのうかりんは口を開いた。
「あぁ、そう言えばね、今日は銀バッジ候補生来るから。 指導の方も手伝ってね?」
「……ゆぅ?」
「だってほら、後輩の指導ぐらいは出来ないとね」
「いきなりですか?」
戸惑うれいむに、のうかりんは笑みを絶やさない。
「誰にだって初めてって在るでしょ?」
教官にして先輩からそう言われれば、れいむには反論も無い。
どの道いずれは通るべき道なのだと、覚悟を決めた。
それから暫く後、れいむとのうかりんの居る区画に新たに銀バッジ候補生として選ばれたゆっくり達が姿を見せる。
少し怯えた様にオドオドするゆっくりから、何処か挑む様な目つきを持つゆっくりまで様々。
そんなゆっくり達は、れいむに以前の自ゆんを思い起こさせる。
ともかくも、ゆっくり達の前に立つれいむとのうかりん。
「ようこそ。 野外専門教官のうかりんです」
そんな先輩の声に、れいむも続く。
「こんにちは、作業補佐のれいむです。 ゆっくりしていってね」
ふと、れいむがゆっくり特有の挨拶をすると、生徒達からは当然の様に「ゆっくりしていってね!」と返事が帰ってきた。
以前の自ゆんの事を想うと、目の前のゆっくり達が飢えている事はれいむ分かる。
以前なら止められなかったが、今の自ゆんなら指導してやれるだろうという気概は在った。
だが、やる気だけでは全てを庇いきれない。
何をどうするという事を教えている間に、賢しいゆっくりがこっそりと赤々と実る実を口にしてしまう。
無論、そんな行動をすれば即座に指導モノだが、盗み食いしたゆっくりが身を震わせるのをのうかりんは愉しげに、れいむは心配そうに見た。
「あ、食べちゃった……」
「あらら、ご愁傷様ね」
以前の授業中の事を鑑みてか、のうかりんは畑を吟味した。
食べてしまったゆっくりを指導する事は出来るが、どうせなら残ってほしい。
だからこそ、数多く実り食べてられないモノを選んだのだ。
そして、その畑で栽培されている野菜はと言うと、唐辛子である。
ゆっくり自体は専ら雑食性であり、専門のゆっくりフードから人間の食べ残しや生ゴミ等、果てはその辺に生えている雑草ですら食べられる。
が、そんなゆっくりでも駄目なモノは多い。
刺激性の在るモノや苦味の在るモノはゆっくりにとっては食べ物とはいえず、寧ろ毒足り得る。
希少種の中には、蓼喰う虫も好きずきという言葉の通り辛いモノでも問題無く食べられる個体も居るのだが、悲しいかな、れいむの見ている個体はそうではなかった。
「ゆぎゃぁぁあああ!? ごれどぐはいっじぇるぅぅうう!?」
悲しげなゆっくりの慟哭が、空に響いた。