メタモルフォーゼ
八番ありすに襲われた四十番れいむは、ゆっくりの寝所とは違う場所に居た。
毛布にくるまれては居るが何処か虚ろな目。
何よりも印象的なのは、額から伸びる枝だろう。
ゆっくりの繁殖力は旺盛であり、卵生、胎生、植物性と種類が在るが、れいむのそれは植物性であった。
伸びる枝に鈴なりにぶら下がるのはピンポン玉より小さい赤ゆ。
親とは対照的に、夢でも見ているかの如く穏やかな顔で枝よりぶら下がる。
そんなれいむの姿を、男は何とも言えない顔で見守っていた。
「すまない。 まさか、あの八番があの様な凶行に及ぶとは……此方の不手際だろう」
いつもであれば、ゆっくりへの男の態度はぞんざいなモノだが、この時はまるで自分の子供を案じる親の様でもあった。
そんな声にも関わらず、れいむの反応は薄い。
だが、虚ろな目が男を見た。
「監督さん……れいむは、どうなるんですか?」
四十番れいむの質問に、男は唇を引き結ぶ。
本来であれば、訓練所のゆっくりに子が出来れば即座に失格と見做され、番号は剥奪される。
当たり前だが、妊娠したまま訓練させる訳にも行かず、周りのゆっくりへの影響も鑑みれば、番号剥奪、訓練打ち切りが通常の手順であった。
但し、れいむの場合は勝手他のゆっくりとスッキリーをした訳ではない。
自らの試験結果を不服とした上に、逆上した八番に襲われた。
その事自体を鑑みれば、れいむは一方的な被害ゆんであり、寧ろ、ゆっくり達を監督している人間側の落ち度でもある。
同室などにせず、完璧に分けるべきであった。
それ故に、男はれいむの質問の答えを悩んだ。
如何に強制的なスッキリーであろうとも、ゆっくりの子を想う心の強さは男も熟知している。
無神経な親ならば、我が子を潰す事も厭わないが、優しい個体や賢しい個体は、時に死に物狂いで子を護ろうとする事もあった。
それ故に【子を処分する】とは口に出せない。
「なぁ、れいむ。 もし、君さえ良ければだが………どうだろう? 私が君を飼いゆとして引き取ろうと想う。 子供も一緒にね。 君の子だ、優秀に育つさ」
本来、男の言葉は一ゆっくりへ掛けるモノではない。
それでも、自ら選び引き上げ、育て上げたという事実が、男に目の前のゆっくりをまるで愛娘の様に想わせていた。
それ故に、男の声は普段以上に優しいモノである。
男も気付いて居ないが、普段ならば番号で呼ぶはずのれいむを名で呼んですら居た。
「もしだ……その上で、どうしても金バッジの試験が受けたければ、子育てが済んでからでも……遅くないと想うんだ。 少し、時間は掛かるかも知れないが……なに、今急ぐ事もないだろう?」
男からの提案に、れいむは自分の額から延びる枝を見た。
ゆっくりと眠る赤ゆの姿は、否が応でもれいむの母性を擽る。
自分とは違い、監督官の提案を受け入れれば、それなりに明るい未来は約束されるだろう。
妹を自ゆんから離した寂しさも加えれば、なおの事、目の前の子が愛しく想えて来てしまう。
在る意味、男からの提案は天の助けとも言えた。
喉から手が生えんばかりに、れいむは【お願いします】と言いたくなる。
れいむは、開きそうになる口を力で閉じて言葉を飲み込んでいた。
本心から言えば、ゆっくりしたい。
妹が誘ってくれた時と同じ様に、酷く欲求に駆られてしまいそうになる。
だが、今この場で安易な道を選べば、プラチナは確実に遠ざかってしまう。
寧ろ子育てに忙殺され、金バッジすら危うい。
いつか自分の前から遠ざかって行ってしまったえーきの背中が、消えかかる。
──それじゃ、嫌──
湧き上がる感覚を、れいむは敢えて無視した。
如何なる障害ですら乗り越えると決めた以上、道を違えるつもりはれいむには無い。
「監督さん……」
「なんだ?」
優しい声に、れいむは迷う。
内なる声は【やめろやめろ】と叫んですら居た。
だが、夢を手放すつもりはれいむには無い。
「……枝……折ってくれますか」
懇願する声に、男の目は見開かれる。
仮にれいむの頼み通り、額から延びる枝を折れば、赤ゆは皆、永遠にゆっくりするだろう。
何が起こったのかを気付く間もなく。
れいむの懇願には、男は動揺を隠せない。
何故なら、言葉こそ直接的には言ってないが【我が子を殺してくれ】と頼まれているからだ。
「……それは……どういう?」
戸惑いを隠せない監督官の声に、れいむの束ねられたらもみあげが上がった。
まるで手の如きそれは、恐る恐る自分の額の枝を触れる。
「自分で……やれれば良いんですが……どうしても……出来なくて」
弱々しい声に、男は目を泳がせる。
その気に成れば、子が実る枝をへし折る事は容易い。
面白い半分でそれを野良の母ゆへする者も珍しくは無いのだが、男はとてもではないが出来る気がしなかった。
「妹と別れた時、決めたんです。 監督さんが前に言ったように、星に成りたいんです」
そんな切実な声に、男は手を握り締め、開いては握り直す。
「それで良いのか?」
そんな声に、れいむは身体を縦に揺すった。
「……良くなんてないですよ。 自ゆんの子供を殺すなんて、そんな事を頼んでる時点でれいむはドゲスですよ……でも、このおチビちゃん達が居たら、階段さんを登れない……だけど、自ゆんじゃ、出来ないから」
切実なれいむの声に、男は、スッと目を閉じる。
「……良いんだな? 処置は直ぐ出来る。 だが………」
男は、言葉を止める。
【お前のおチビちゃん達は死ぬぞ】とは言えなかった。
自ゆんに掛けられる残念そうな声をれいむは有り難く感じていた。
だが、決めた以上は、止めるつもりも無い。
「……お願いします」
静かだが、覚悟を感じさせる声に、男は目を開いた。
これ以上話を引き伸ばした所で、それはれいむの覚悟を汚す行為に他ならない。
「……分かった」
男は、自分はあくまでも監督官である事を思い出す。
背広のポケットへと手を入れた男が取り出したのは、ラムネの錠剤だ。
人間にとってはラムネなどただの駄菓子かも知れないが、ゆっくりに取っては大変効果的な麻酔薬足り得る。
「四十番……口を開けろ」
監督官としての男は、冷たくそう告げた。
れいむもまた、慣れた様に指示に従う。
程なく、錠剤がれいむの口へと放り込まれた。
瞬く間に、れいむの意識は遠退いて行ってしまう。
「……お休み」
消えかかる意識の中、れいむはそんな暖かい声を聞いた気がした。
*
モヤモヤと綿飴の中に居る様な気分のれいむではあるが、其処には何故かあの八番ありすが居た。
『コレであんたもお終いね? この田舎者が。 精々ありすとの子をゆっくり育ててね? シングルマザーさん?』
歪んだ笑みから発せられる声と下卑た笑いに、れいむは自然と身を硬くしていた。
好き好んで作った子ではない。
だが、それを殺してくれと頼んでしまった事は記憶に残っている。
もし、自分に体が在ればとれいむは願う。
人間さんの様な体なら、あんな悲しい事は無かったのに、と。
夢の中のれいむの目に浮かぶのは、妹にも似た赤ゆ達。
その全ゆが、崩れた顔で親であるれいむを睨む。
産んでくれなかった事への怨みか、殺せと頼んだ事を呪うかの如く。
そんな赤ゆに、れいむは静かに心の中で謝った。
──ごめんね、ゆっくりさせてあげられなくて──
せめてもの詫びのつもりで、れいむは自然と子を抱こうとしていた。
*
急にに目覚めたれいむだが、違和感を感じた。
当たり前だが、ゆっくりには本来胴体は無い。
だからこそ、身を起こすという事にれいむは戸惑う。
「………手、さん?」
今までなら束ねられたらもみあげが持ち上がったが、今ではソレはなく、その代わりに、人と似た手が見えた。
首を動かすという動作に関しても、不慣れながらも出来る。
寝ている間に、れいむは胴体を得ていた。
自ゆんが胴付きに成ったという事実もだが、れいむはハッとして額に触れる。
だが、其処には何も無い。
「………当たり前だよね。 取ってって……頼んじゃったんだから」
新しく出来たばかりの胸の奥が、ズキンと痛くなる。
「ごめんなさい」
居なく成った我が子に、れいむはそう詫びた。
四十番れいむが目覚めてから暫く後、病室に監督官が入って来た。
何時もの様に厳めしさが在る顔に、動揺が走る。
昨晩の時は普通のゆっくりだったれいむに、急に胴体が付いたのだから驚くが、男は咳払いをして対面を保った。
「……れ……四十番。 身体の調子は?」
「はい、大丈夫です」
男もれいむも、軽く挨拶を交わす。
だが、お互いに【赤ゆがどうなったのか】に付いては触れなかった。
男もれいむも、互いにソレは振れたくない話題でもある。
「金バッジの試験は近いぞ……体調を整えるんだ」
「分かってます……監督さん」
監督官の声に、れいむは柔らかい笑みを贈った。
*
八番が居なくなろうとも、四十番が欠席しようとも、他のゆっくり達は訓練に余念は無い。
どんな問題が出るのかは試験の時に成らないと分からないからだ。
だが、勉強に勤しむゆっくりの中、三十五番まりさは何処か上の空である。
チラリと外を窺えば、空を飛ぶ雲が見える。
──れいむ、大丈夫かな──
ボヤーッと空を眺めつつ、三十五番まりさはそんな事を考えていた。
「ゆが!?」
唐突に、まりさの自慢の帽子が歪む程の衝撃が走った。
衝撃の正体だが、教師である金ちぇんが教科書で叩いたのだ。
「こら、何してるのかなー?」
若干間延びした声に、まりさは呻きながらも口を開く。
「先生……れいむがどうなったか、知ってます?」
そんな声に、金ちぇんは目を伏せた。
かつて金ちぇんがまだ訓練中の頃、ストレスに負けてスッキリーしてしまった同期の事は記憶に焼き付いている。
喚きながら消えて行ったことも。
「そんなの分からないよー……でも、自分の事に集中してねー」
そういう金ちぇんの声は、少し影が在った。
教師の声には逆らえず、三十五番まりさは勉強を再開する。
そんな時、ガラガラと教室の戸が開かれた。
教室内の目が、一斉に入って来た者を見る。
胴付きがわざわざ入ってくるのは珍しく、同時に頭上のお飾りに在るのは銀バッジ。
「……れいむ?」
訝しむまりさに応えるが如く、胴付きゆっくりとなったれいむは金ちぇんへ頭をぺこりと下げた。
「すみません……遅刻しました」
そんな四十番れいむの声に、金ちぇんは苦く笑う。
「良いから……早く席に付いてねー? みんな一所懸命なんだから、れいむも遅れちゃうぞー」
金ちぇんの声に、れいむは自分の机へ向かう。
何時もならば机の上に置かれるというのがゆっくりの着席だが、この時のれいむは、椅子を引いて其処へと座った。
「……れいむ」
「大丈夫、大丈夫だから」
にこやかに微笑むれいむに、感極まった様なまりさだが、直ぐ後、またしても教科書が落ちたのは御愛嬌だろう。
*
それから暫く後、記念として一枚の写真が撮られる事となる。
写真の中では、四十番と番号が振られたリボンを付けた胴付きゆっくりと、他のゆっくり達のお飾りにも金バッジが輝いていた。