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星を掴むゆっくり  作者: enforcer
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銀バッジ



 授業と訓練も続き、脱落者も多く出たのだが、全員がそうでもない。

 あの姉妹を含めたゆっくり達の半数が残っていた。


 最初は四十だったが、とうとう半数に成ってしまっている。

 見る人が見れば分かるが、コレはかなり上々な数字と言えた。


 赤ゆから育て上げたとしても、先ず八割は切り捨てられる。

 更に其処からのし上がれるのはもはや一割に届くか怪しい。


 馬鹿な失態をして削られた分を省いたとしても、それなりには優秀な個体が集まって居たと言えよう。


 仲間を失い、それでも、ゆっくり達は悩むよりも期待に目を輝かせていた。


 何故なら、これから残った全員に銀バッジが配られるからだ。

 それも、きちんと国営機関の試験を突破したという証である。


 金に及ばずとも、コレ即ち優秀なゆっくりの証明であった。

 もし、ゆっくりショップ等へ銀バッジ付きを並べればべらぼうな値段が着けられる。


 金銭的な価値だけでも、バッジ在り無しでは雲泥の差があった。


 一例ではあるが、バッジ無し、餡統書無しの赤ゆが五~六匹で数百円なのに対して、銀バッジ付きともなれば数万円からという市場の値段を見れば、如何にその価値が違うのがが明白だろう。


 作業員がバッジをゆっくり達のお飾りに付ける間。

 あの背広姿の男が口を開く。


「残った諸君。 よくぞ此処まで耐えた。 先ずはそれを評価しよう。 諸君は立派に銀バッジのゆっくりと成ったのだ」


 そんな声に、四十番れいむの妹が微笑む。


「やったねおねーちゃ……ぎんばっじさんだよ……ゆぐゆぐぐ」

「うん、そう……だね」


 必死に涙を堪える妹の姿に、れいむは素直には喜べなかった。

 此処まで来るだけでも、既に半分が切り捨てられている。

 あの面接だけでも、どれだけのゆっくりが消えていったかを考えると喜べない。


「さて、これにて諸君は立派な飼いゆに成れる権利を得た訳だが、どうする?」

 

 唐突な声に、ゆっくり達は戸惑った。


「これ以上のランクを目指すとなると、ソレ相応の努力、地獄を見るだろう。 だが、其処までは強制する気はない。 嫌なら、もしくは実力的に無理だと判断したなら降りて結構だ」


 銀バッジともなればもはや野良や野生では及び付かない特権階級である。

 頑強な家は冬でも寒くなく、飢える心配も無ければ外敵に狙われる頻度も格段に下がる。


 但し、それはあくまでも人間の庇護下での話だ。


 同じ様に努力し、バッジを得た者でも容易く堕落するゆっくりもそう珍しい事ではない。

 

「既に諸君には十分な評価を下している。 これ以上を望まない者であれば、今すぐ申し出て欲しい」


 そんな男の声に、れいむの妹は姉を揺する。


「おねーちゃ、もういいでしょ? もう、ゆっくりしようよ」


 妹の声は姉を揺さぶった。

 産まれてから直ぐに狭い世界をさ迷った。

 毎日毎日ゴミにまみれて地獄を這いずった。

 

 それに比べれば、今の生活のなんと甘いこと。


 だが、れいむは諦めきれない。

 あの輝く星の様なえーきが、瞼に焼き付いていた。


「さ、どうする? もう良い、十分だという者は、右へ。 まだ上へと登らん者は左へ別れてくれ」


 部屋の真ん中に見えない境界線が敷かれた。


 最初こそ動揺していたゆっくり達だが、段々と動く。

 銀バッジに満足した者は、約七割。

 三割はまだ行けるという自信に満ちた顔で居る。


 残ったのは三十九番と四十番であった。


「おねーちゃ? いこう? ね?」


 必死に姉を引く妹の声に、四十番れいむは悩む。

 このままなら、それなりの暮らしは出来るかも知れない。


 人に媚び、美味いご飯を貰ってゆっくりする。


 だが、それはれいむにとって出来ない相談であった。

 自分が欲しいのはゆっくりする権利ではない。

 何ものにも怯えぬ確固たる立場だ。


 れいむは、ソッと妹を押しやった。


「おねーちゃ?」

「此処までだよ」


 歪む視界にもかかわらず、れいむは妹を見る。


「妹、頑張ってればゆっくり出来ると思うんだけどね。 それじゃお姉ちゃんは嫌なの。 分かってね?」


 以前、三十五番まりさにも言われたが、足手纏いは要らないとれいむは思う。

 上手く行けば、姉妹でゆっくり出来るかも知れないが、ソレではれいむは嫌だった。


 誰かに言われてやるのではなく、自ゆんで考えてそうしたいと思うれいむ。 

 例えその結果、また地獄へ落ちたとしても、その覚悟を持っていた。


「おねーちゃ!? いっしょにいこう! ね!」


 妹の鳴き声を聞きながらも、れいむは止まらない。 

 ただ、最後に身体を回して妹を見た。


「今までありがとうね妹。 ゆっくりしていってね!」


 本来なら軽い挨拶に使われるソレを、れいむは敢えて別れの言葉とした。

 

 結局は三割の方へと残ったれいむに、同じく残った三十五番まりさが笑う。


「お前ばかなのぜ……向こうへ行ってれば、ゆっくり出来たかも知れないのに」

「そう言うまりさはどうなの? 何でコッチへ?」


 れいむの声に、まりさは笑う。


「そりゃあ簡単だぜ? 銀バッジさんより金バッジさん……金バッジさんよりもプラチナバッジさんの方がゆっくり出来そうだからだぜ?」


 そんな声に、四十番れいむは少しだけ頷いた。


 ゆっくり達が分かれた所で、男が手を叩く。


「よし、今回のバッジ配布は終了する! 銀バッジのゆっくり達は別室へ、残った者は改めて今後の説明をする、以上!」


 未来への希望を話ながら作業員に運ばれていく銀バッジのゆっくり達。

 その作業に関して言えば、通常のゆっくりには考えられない程に丁寧なモノであった。 


 そして運ばれていく中には、れいむの妹も居た。


「さ、残った者は並び直して貰おう」


 すっかり広くなってしまった教室に残るゆっくりは僅かに六ゆ。

 些か寂しさは残るが、そんなゆっくり達の都合は男には関係がない。


「残った諸君には更に訓練と授業が続く。 今まで以上に難しい事が諸君には降りかかるだろう。 更なる努力を期待する」


 残った六ゆは互いを見合う。

 金を目指す以上、居残ったのはそれなりに能力が高いゆっくりである。

 それでも、誰もが自分が金を、果てはプラチナを手に入れるのだと意気巻いていた。


   *


 翌日から、授業は始まったがコレがれいむを悩ませた。

 今までは小学校程度の学力であったが、更に高い学力を求められる。

 義務教育並みの教育水準を叩き込む速成教育は、正に地獄と言えた。


 それだけではない。

 基本的には、ほぼ人間と同じ様な基準が求められる。


 頭のお飾りを取っての就寝など、普通の人間ならば大して気にしない事であろうとも、特にそれが辛かった。


 人ではないゆっくりにとってみれば、実に大変な事であった。

 全く違う生き方を強いられる。


 生き方を強制される事の辛さが、れいむを苛む全ては過程だと自分に信じさせる。

 いずれは輝く星であるプラチナと成るために。


 この頃に成ると、残った六ゆには個室が与えられていた。

 最も、個室とは名ばかりで就寝部屋にゆっくりが入る事が出来る箱を設置しただけではある。


 それでも、自分の家が出来たも最初こそれいむは喜んだ。


 ただ、何かも上手く行かない。

  

 生物の特性上、【個人的な空間】を欲しがる。


 だが、それがかえってれいむの寂しさを与えていた。

 今までは妹がずーっと居てくれたからこそ、気にもしていなかった。

 しかしながら、今は違う。


 手間の掛かる妹だったからこそ、居なくなってその暖かみが懐かしく思えた。


「ゆっくりしたい……」


 思わず、れいむの口からはそんな声が漏れた。

 今までは寝る時だけがそうだったが、底無しの何かがれいむの奥で口を開けている。

 

 ふと、れいむは自得した。 


 コレがあるからこそ、ゆっくりはおチビという我が子を欲しがるのだと。

 しかしながら、今や自分はそれなりの責任を負っても居た。

 欲に負け、勝手に繁殖でもしようものなら、即座に捨てられるゆっくりなど珍しくもない。


 若い人間ですら、時には後先考えずにすっきりーしてしまい、結果として不幸を産むだけなのだと。

 

 そんな事は授業でとっくに教わっていた。

 

 理解はしている、だが、納得しようとすればするほどに辛くなる。

 

──れいむは平気、れいむは平気、独ゆんでも大丈夫──


 とある授業の際、そんな風に自ゆんに唱えろと教わっている。


 そう考えると、れいむは不思議とゆっくりと眠る事が出来てた。

 

   *


 毎日が過酷な授業の連続だったが、それにもれいむは耐えた。

 欲しいのは誰にも怯まぬ立場である。

 それさえ手に入れば、何物も恐れる必要が無くなる。


 そうなれば、妹を自分の元へと戻せる筈だとすられいむは考えていた。

 

「どうも、清く正しいきめぇ丸です」 


 ゆっくりを見下す様な視線は異様だが、言葉自体はそれなりに丁重な自己紹介。

 未だに踏ん張っている六ゆんは、怪しい教師に少しおののく。


「おぉ、怖い怖い。 そんなに怯えずとも脅かす様な真似は致しませんよ」


 あまり抑揚の無い声でそう言うと、見た目に似合わぬ動きをきめぇ丸は見せた。


「ま、ともかくは本日の課題として……」

 

 風でも巻き起こしそうな勢いで動き回る。


「優秀なゆっくりなら簡単なモノを……」


 スッと始めの位置へと戻るきめぇ丸。


「御用意致しました」


 ゆっくりという名には相応しくない速さで動き回った先生だが、驚くのも束の間、れいむは、自分の前に置かれたモノに気付いた。


「……あの、きめぇ丸先生。 コレは?」

 

 そう言うれいむは、自身の手の代わり足り得るもみあげで硬貨を持ち上げる。

 金バッジではないが、それなりの輝きを持つ。


「おぉ、これはこれは? 銀バッジともなればお金というモノくらいは知っていそうですが?」

「知ってますよ。 でもコレでどうしろと?」  


 れいむの質問に、きめぇ丸は体を少し揺らした。

 笑って居るのだろうが、イマイチ表情が変わらないので分からない、


「簡単なお話しですよ。 良いですか? 金バッジ足り得るゆっくりともなれば、時にはお使い程度こなせないといけません。 社会勉強の一環として。 と、言うわけで、今から皆さんにはお買い物へ行って貰います」


 そう言うと、きめぇ丸は特設の台の上で器用に回る。

 まるでコマの様に回るが、目は回らないらしい。

 唐突に、ぴたりと止まるきめぇ丸。


「決めました」


 そう言うと、きめぇ丸の目玉だけがグリっと動く。  

 相も変わらず人を舐めた様な目つきではあるが、元々からそんな顔をしている為に変化とは言えない。


「先ずは四十番。 今すぐ売店へ行ってゆっくり用のオヤツを買ってきてください」


 授業と呼べるかどうか全く分からない指示かれいむに下った。


   *


 最初こそ、お買い物なんてと文句を言いそうにも成ったが、よくよく考えてみれば新鮮ですら在る。

 いつもならば、決められたら範囲だけを行ったり来たりするだけであり、とてもではないが広いとは思えなかった。


 だが、いざ探ってみると、思いのほか施設は広い。

 売店とやらを探すだけでも一苦労だ。


 この他、買い物を楽しめそうだと思ったれいむではあるが、同時に恐ろしさも浮かび上がってくる。

 今や銀バッジを習得し、離れて行ってしまったゆっくりの中には、元野良も混じっていた。


 時折話す事も在ったが、そのゆっくり達の云う【にんげんさん】の恐ろしさについては聞かされても居た。


 曰わく、特に理由もなく蹴り飛ばされる。 

 曰わく、力で勝つことは絶対に出来ない。

 曰わく、向こうがその気に成れば、容易くゆっくりを引き千切るのだと。


 授業などにおいては、時折人と接する事も在るれいむでは在るが、通路の端を出来るだけ選んでいた。


 誰にも見つからぬ様、こっそりと。

 とは言え、別段隠密の術に長けている訳ではない。

 結果的にはあっさりと見つかってしまう。


「うん? あぁ、訓練所のゆっくりか。 どうした?」


 見上げる程に大きい人間と出会い、れいむは固まる。

 だが、意外な程に気さくに話し掛けられ、ホッとしていた。


「あ、あの……」

「お?」

「売店は、何処ですか?」


 コレが野良ゆっくりで在れば、目に付いた人間にゆっくり独自の【取引】を持ちかける者も少なくない。

 専らは取引とは言わず、ただの要求である事が殆どなのであっという間に蹴られてしまう。

 蹴られるだけならまだしも、そのまま踏み潰される事も多かった。


 が、バッジ付きともなれば、話は違う。


「あぁ、売店ならもう少し先だよ」


 れいむに道を問われた職員は特に何かする事もなく、尋ねられた事をれいむに教えてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 頭を下げるのは無理があるが、全身を下へ傾ける事で礼の真似事は出来る。


「いや、なに……しっかりな」


 しっかりと礼を述べるれいむに、職員は片手を軽く挙げて見せた。


 職員がゆっくりに対して友好的なのは理由が在る。

 バッジ付きともなれば、その辺を勝手に彷徨くゆっくりとは立場が違う。

 おいそれと勝手に手を出そうものなら、ソレ相応の覚悟が要るのだ。


 人の所有物足り得るゆっくりともなれば、裁判沙汰に成ることも少なくない。


 かの職員の腕章には【加工所】と在る。

 そんな職員は、在る目的を持って歩いていた。


   *


 れいむと少し話した職員は、地域の相談から在る場所へ向かっていた。

 其処は、どうという事のない住宅街。

 

 彼を含めた職員の数名は、車から降りるとテキパキと準備を始める。


「おーし、ちゃちゃっと片付けて飯にすべぇや」


 そんな声に、職員は散った。


 男は目的がだいたい居るところは把握している。

 そして、さして苦もなくそれは見つかった。

 と言うよりも、向こうから近付いて来たという方が近い。


「おい! くそじじい! ぼさーっとしてないであまあまちょうだいね! すぐでいいよ!」

「くしょどりぇい! でいぶゅをかいゆっくりにしちぇにぇ! でいぶゅをゆっくりさせちぇね! すぐでいいよ!」


 見ず知らずの人間を奴隷だと見做す。

 そんな声に、職員はニヤリと笑う。


「あー……うん。 やっぱりゆっくりってのはこうでなくっちゃ……なぁ?」


 職員は鼻で笑いつつ、噴霧器を構える。


「馬鹿共が。 大人しくさえしてればよ、まだ可愛げが在るってのに……」


 そう言う職員が手や脚で野良を潰さないのは、ただ単に服や靴が汚れるのを嫌がったからに他ならない。

 背負い式の噴霧器から、シューッと霧状のモノがばら撒かれていた。


 噴霧されたのは殺虫剤ではなく、ゆ殺剤である。

 ゆっくりにとっては、害の有るモノを混合した液体に過ぎない。


 唐辛子、ブラックコーヒーを主な物としてゆっくり以外には害が出ない工夫が為されているのだが、標的であるゆっくりにとっては、硫酸を浴びせられたに等しい。


「ゆ? ゆが!? ゆがげぼがばぁ!?」

「ゆびゃあ!? だじゅげでぇ!! ゆんぎゃあ!!」


 全身に走る激痛と、身体の内側から抉られる様な痛みに悶絶しつつのたうち回る。


 聞くに堪えない悲鳴が上がるが、ソレをした職員は、マスクの内側で口を三日月の様に歪めながら嗤い出していた。

 

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